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ネオニッポンの亡霊達:帰還

河村は中央制御パネルの前に立ち、システム停止の最終確認を待っていた。


しかし、その瞬間、彼の目に再び狂気の光が宿った。


「やはり……できない……」


河村の声が変わった。マモンの残滓が、まだ彼の心に巣食っていたのだ。


「俺の帝国を……手放すわけにはいかない……」


河村は急に振り返り、魂切りを握りしめていた。いつの間にか、短剣を手に取っていたのだ。


「クラル王!あんたさえいなければ!」


河村は叫びながら魂切りを振りかざした。不意を突かれたクラル王は、完全に回避することができなかった。


魂切りの刃が、クラル王の胸を深く切り裂いた。


「ぐああああ……!」


しかし、これは単なる肉体への攻撃ではなかった。魂切りの真の力が発動し、クラル王の魂そのものが切り裂かれた。


その瞬間、信じられないことが起こった。


クラル王の体が光に包まれ、その中から別の人格が現れ始めた。長い銀髪、深紅の瞳、そして背中には黒い翼。


「この感覚は……久しぶりだな」


現れたのは、アスモデウスだった。


河村は恐怖で後ずさった。


「ま、まさか……アスモデウス?なぜここに?」


「魂切りの力で、クラルとの魂の結合が断ち切られたのだ」


アスモデウスは自分の手を見つめた。


「封印されていた私の人格が、再び表に出てきた」


地下室の床に、クラル王の体が倒れていた。しかし、その体には魂が宿っておらず、まるで抜け殻のような状態だった。


「クラルの魂は……どこに?」


アスモデウスは困惑していた。魂切りによって切り裂かれたクラルの魂が、どこに行ったのか分からない。


「く、来るな!」


河村は魂切りを構えたが、その手は恐怖で震えていた。


「河村雄斗」


アスモデウスは冷静に河村を見つめた。


「お前は、私の後輩でもあるマモンの弟子だったな」


「そ、そうだ!だから手出しはできないはずだ!」


「できるさ」アスモデウスの目が冷たく光った。「私とマモンの間に、師弟関係はない。我々は対等だった」


アスモデウスは一歩前に出た。


「そして何より、お前はクラルを傷つけた」


「クラル?」河村が困惑した。「あんたにとって、あいつは何なんだ?」


「……愛する者だ」


アスモデウスの答えに、河村は愕然とした。


「悪魔が、人間を愛する?」


「愛することを教えてくれたのは、クラルだった」アスモデウスは続けた。「15万人を救うために、私は彼と魂を融合し、人間として生きることを選んだ」


アスモデウスの周囲に、強大な魔力が渦巻き始めた。


「その大切な人を傷つけた罪は、重い」


河村は魂切りを振り回したが、アスモデウスには全く通用しなかった。


悪魔の王の一人であるアスモデウスにとって、マモンの残滓程度の力は物の数ではなかった。


「無駄だ」


アスモデウスは片手で河村の攻撃を受け止めた。


「魂切りは確かに強力な武器だが、使い手の力量が全てを決める」


アスモデウスは河村の手から魂切りを奪い取った。


「マモンから力を借りている程度では、私には敵わない」


「な、なんで……俺は完璧な存在になったはずなのに……」


河村は絶望的な表情を浮かべた。


「完璧?」アスモデウスが嘲笑した。「お前のどこが完璧だというのだ?」


「俺は経済を支配し、数万人を従わせ……」


「それは支配ではない」アスモデウスは首を振った。「単なる搾取だ」


アスモデウスは魂切りを手の中で回転させた。


「真の支配とは、相手の心を完全に掌握することだ。恐怖や利益で縛るのではなく、相手が自発的に従うようにする」


「そんなこと……」


「私は、かつてそれを目指していた」アスモデウスの目が遠くを見つめた。「しかし、クラルと出会って理解した。真の支配など、愛には敵わないということを」


アスモデウスは河村に向き直った。


「お前は愛を理解していない。だから、真の意味で人を支配することもできない」


「愛だと?」河村が叫んだ。「そんなものは弱者の逃げ場だ!」


「弱者?」アスモデウスが微笑んだ。「クラルを見てもそう言えるか?」


アスモデウスは倒れているクラル王の体を見下ろした。


「彼は愛のために、私という悪魔と魂を融合した。15万人の命を救うために、自分の存在すら犠牲にしようとした」


「それのどこが強いというんだ?」


「それは、お前には理解できないだろう」アスモデウスは悲しそうに言った。「愛を知らない者には、愛の強さは分からない」


アスモデウスは魂切りを掲げた。


「さて、お前をどう処理するか」


河村は恐怖で声も出なかった。


しかし、その時、アスモデウスの表情が変わった。


「待て……この魂切りを使えば……」


アスモデウスは何かを思いついたようだった。


「魂を切り裂くことができるなら、逆に魂を繋ぎ直すこともできるはずだ」


アスモデウスは床に倒れているクラル王の体に近づいた。


「クラルの魂は、切り裂かれて散らばっているだけだ。完全に消滅したわけではない」


アスモデウスは魂切りに特殊な魔法をかけ始めた。


「魂切りの性質を逆転させ、『魂繋ぎ』の武器に変える」


短剣の刃が、邪悪な光から神聖な光に変化した。


「これで、クラルの魂を集めて繋ぎ直すことができる」


アスモデウスは改造した魂切りを、クラル王の胸に当てた。


「戻れ、クラル。お前の愛する家族が待っている」


光が溢れ、散らばっていたクラル王の魂の欠片が集まってきた。


やがて、クラル王の体に魂が戻り、彼の瞼がゆっくりと開いた。


「アスモデウス……?」


「目が覚めたか」


「なぜ、お前が……私の記憶では、お前は封印されていたはずだが……」


「魂切りの攻撃で、一時的に分離してしまった」アスモデウスは説明した。「しかし、今度は正しく融合し直そう」


アスモデウスは魂切りを自分の胸に当てた。


「今度は、お前が主人格として残る。私は再び封印されるが、それで良い」


「しかし……」


「良いのだ」アスモデウスは微笑んだ。「お前には、守るべき家族がいる。私の出る幕ではない」


光が二人を包み込み、再び魂の融合が始まった。


しかし、今度は以前とは違っていた。クラル王が主導権を握り、アスモデウスの人格は深く封印された。


融合が完了すると、クラル王は立ち上がった。


「これで……終わりだ」


クラル王は河村の前に立った。


河村は完全に戦意を失い、床に座り込んでいた。


「俺の負けだ……」


河村は虚ろな目で呟いた。


「10年間かけて築いた帝国も、結局は砂上の楼閣だった……」


「河村雄斗」クラル王は静かに言った。「まだ終わりではない」


「終わりじゃない?」河村が顔を上げた。「俺はもう、何もかも失った」


「システムを停止すれば、人々は解放される」クラル王は続けた。「それが、お前にできる最後の償いだ」


河村は長い間考えていた。


「……分かった」


河村は重い足取りで制御パネルに向かった。


「俺が作った地獄を、俺の手で終わらせる」


河村は最終確認ボタンを押した。


「全システム停止を実行します」


機械音が響き、地下室の全ての装置が停止し始めた。


「これで……俺の罪は……」


その時、河村の体が突然光に包まれた。


「何が……?」


クラル王も驚いた。


「マモンの力が……完全に抜けていく……」


河村の体から、黒いオーラが立ち上っていく。それは、長年彼の中に蓄積されていた悪魔の力だった。


「ああ……やっと……楽になれる……」


河村の表情が穏やかになった。マモンの影響から完全に解放されたのだ。


「クラル王……ありがとう……」


河村の体が光の粒子となって消えていく。


「俺を……最後まで人間として扱ってくれて……」


「河村……」


「頼む……みんなに……謝ってくれ……」


河村の最後の言葉と共に、彼の姿は完全に消えた。残ったのは、静寂だけだった。


クラル王は一人、地下室に立ち尽くしていた。


「また……救えなかった……」


しかし、今度は違った。河村は最後に、正しい選択をした。システムを停止し、人々を解放することを選んだ。


「安らかに眠れ、河村雄斗」


クラル王は静かに祈りを捧げた。


システムの停止により、河村の組織は完全に崩壊した。


支配下にあった人々は次々と解放され、長い悪夢から目覚めた。シルバーポートの経済は一時的に混乱したが、徐々に正常化していった。


クラル王は、後始末を済ませてからグランベルク王国への帰路についた。


10年間の長い旅を終えて、ついに故郷に帰るのだ。


しかし、王宮に到着した時、クラル王は予想外の光景を目にした。


「父上!」


アレクサンダー王子が出迎えてくれたが、彼はもう29歳の立派な大人になっていた。そして、その隣には……


「ミリリィア?」


かつての幼龍は、美しい女性の姿に変化していた。虹色の髪と大きな瞳は変わらないが、完全に成人した龍族の女性になっていた。


「お帰りなさい、クラル様」


ミリリィアが深くお辞儀をした。


「私とアレクサンダーは……結婚させていただきました」


クラル王は驚愕した。


「結婚?いつ?」


「3年前です」アレクサンダーが答えた。「父上がお留守の間に、僭越ながら……」


「そして」ミリリィアが恥ずかしそうに言った。「お子様も……」


その時、小さな足音が聞こえてきた。現れたのは、5歳ほどの愛らしい女の子だった。


「おじいちゃま!」


女の子がクラル王に抱きついてきた。


「この子は……」


「私たちの娘、エリー・ミリリアです」アレクサンダーが紹介した。「父上の初孫です」


クラル王は感動で言葉を失った。自分が旅をしている間に、家族が増えていたのだ。


「エリザベスは……?」


「母上は元気です」アレクサンダーが答えた。「今、イザベラと一緒に買い物に出ています」


「イザベラも、もう18歳になりました」ミリリィアが付け加えた。「とても美しい女性に成長されて」


クラル王は、失われた10年間の重みを感じていた。しかし、同時に深い喜びも感じていた。


家族は皆無事で、王国も平和だった。アレクサンダーは立派な王として成長し、新しい家族も築いていた。


「アル=ゼイル様はお元気ですか?」


「はい、相変わらずお元気です」アレクサンダーが笑った。「エリーのことをとても可愛がってくださっています」


その時、大きな影が城の上空を通り過ぎた。


「あ、アル=ゼイル様だ」エリーが手を振った。


アル=ゼイルが人間の姿で降り立った。10年の歳月を経ても、神の姿は全く変わっていなかった。


『クラル、よく帰ってきた』


「アル=ゼイル様、お久しぶりです」


『10年間、大変だったな』アル=ゼイルの目に慈愛が宿っていた。『しかし、よくやり遂げた』


「皆さんのおかげです」


『そして』アル=ゼイルはエリーを見つめた。『素晴らしい孫ができたな』


「はい。まさか、ミリリィアとアレクサンダーが……」


『愛に種族の違いは関係ない』アル=ゼイルが微笑んだ。『我も、この10年でそれを学んだ』


その夜、王宮では盛大な帰還祝賀会が開かれた。


エリザベス王妃とイザベラ王女も帰ってきて、家族全員が揃った。


「お帰りなさい、クラル」


エリザベス王妃は涙を流しながら夫を迎えた。


「長い間、お疲れ様でした」


「ただいま、エリザベス」


クラル王は妻を抱きしめた。10年間の孤独が、ようやく癒された瞬間だった。


「お父様!」


イザベラ王女も駆け寄ってきた。18歳になった彼女は、美しい女性に成長していた。


「イザベラ、大きくなったな」


「当たり前です!10年も留守にしたんですから」


イザベラは涙ながらに抗議したが、その表情は喜びに満ちていた。


祝賀会では、クラル王の10年間の冒険が語られた。ただし、詳細は控えめに、家族を心配させないように配慮された。


「つまり、父上は世界を救う旅をしていたのですね」


アレクサンダーが感心して言った。


「大げさな」クラル王は苦笑した。「ただ、責任を果たしただけだ」


「でも、とても大変だったでしょう?」


ミリリィアが心配そうに尋ねた。


「ええ。しかし、皆さんのことを思うと、頑張れました」


クラル王は家族を見回した。


「この温かい家庭に帰ってくるためなら、どんな困難でも乗り越えられる」


『その通りだ』アル=ゼイルが頷いた。『愛は最強の力だ』


祝賀会は深夜まで続いた。久しぶりに家族全員が揃った夜は、かけがえのない時間だった。


翌朝、クラル王は久しぶりに王の執務を再開した。


「父上、この10年間の政務報告です」


アレクサンダーが厚い書類を持参した。


「よくやってくれた」


クラル王は息子の功績を称えた。アレクサンダーの統治により、王国はさらに発展していた。


「龍族との関係も良好で、アル=ゼイル様の守護により、王国は平和そのものです」


「そうか……」


クラル王は安堵した。自分がいない間も、王国は確実に成長を続けていた。


「しかし、父上」アレクサンダーが真剣な表情になった。「そろそろ正式に王位を譲っていただきたいのです」


「王位継承?」


「はい。父上は十分に責任を果たされました。もう、ゆっくりと休んでください」


クラル王は考え込んだ。確かに、自分はもう58歳だった。アレクサンダーも29歳の立派な大人で、統治能力も十分に証明されている。


「分かった」クラル王は決断した。「正式な王位継承の準備を始めよう」


「ありがとうございます、父上」


アレクサンダーが深くお辞儀をした。


「ただし」クラル王は付け加えた。「顧問として、まだしばらくは助言させてもらう」


「もちろんです。父上の知恵は、まだまだ必要です」


こうして、グランベルク王国は新たな時代を迎えることになった。


クラル王の長い統治が終わり、アレクサンダー王の時代が始まる。


それは、人間と龍族と神が共に歩む、史上類を見ない王国の新章の始まりだった。


王位継承式から一年後。


クラル王は王宮の庭園で、孫のエリーと遊んでいた。


「おじいちゃま、お話しして」


「何の話がいい?」


「おじいちゃまの冒険のお話」


クラル王は微笑んだ。


「そうだな……昔、おじいちゃまが旅をしていた時のことを話そうか」


「うん!」


エリーは目を輝かせて聞き入った。


クラル王は、自分の冒険を子供向けにアレンジして語り始めた。悪い人たちを善い人に変える旅の話として。


「そして、みんな仲良く暮らしましたとさ」


「本当?」


「本当だよ」


実際には、全てがハッピーエンドというわけではなかった。救えなかった人たちもいた。


しかし、それでも意味はあった。彼らの犠牲により、多くの人が救われ、平和が守られた。


「おじいちゃまは英雄ね」


「英雄ではないよ」クラル王は首を振った。「ただの、家族を愛する父親だ」


その時、アレクサンダー王がやってきた。


「父上、お疲れ様です」


「アレクサンダー、政務はどうだ?」


「順調です。今日も平和な一日でした」


アレクサンダーはエリーを抱き上げた。


「エリー、おじいちゃまを困らせてはダメだよ」


「困らせてないもん」


エリーが抗議すると、クラル王は笑った。


「困らせてなんかいない。むしろ、癒されている」


ミリリィアもやってきて、家族四人で夕日を眺めた。


「平和ですね」ミリリィアが呟いた。


「ああ」クラル王は頷いた。「これが、私が守りたかったものだ」


『美しい光景だな』


アル=ゼイルの声が聞こえた。見上げると、空中に神の姿があった。


『クラル、お前の旅は終わった。後は、次の世代に任せて、ゆっくりと休むが良い』


「はい。そうさせていただきます」


クラル王は空を見上げた。夕日が美しく輝き、平和な一日の終わりを告げていた。


長い戦いは終わった。

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