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緊急招集、くたばれギルド。俺、冒険者やめようかな・・・

その日の朝、王都全体が騒然となった。南部の山間地域にドラゴンが出現したという報告が、王宮に届いたのだ。


「レッドドラゴンの成体、体長推定20メートル」


王立騎士団の斥候が持参した報告書は、最悪の事態を告げていた。ドラゴンは既に三つの村を襲撃し、数十名の犠牲者を出している。このまま放置すれば、被害は拡大の一途を辿るだろう。


「緊急事態だ。すぐに討伐隊を編成せよ」


国王の勅命により、王都および周辺地域のすべての高ランク冒険者に招集命令が発せられた。Aランク以上の冒険者は例外なく、強制召集の対象となった。


クラルがこの報告を受けたのは、昼過ぎのことだった。咬鉄亀狩りから帰還したばかりの彼を、ギルドの使者が待ち受けていた。


「クラル・ヴァイス、緊急召集命令です」


使者は厳粛な表情で勅命書を手渡した。「明日朝、王城前広場に集合してください。討伐作戦の詳細説明があります」


クラルは勅命書に目を通しながら、状況を冷静に分析していた。ドラゴン討伐は冒険者にとって最高難度の任務だが、同時に最高の栄誉でもある。成功すれば、名声と富を同時に手にできる。


しかし、リスクも相応に高い。これまでのドラゴン討伐作戦では、参加者の三割が命を落とすのが常だった。


それでも断ることはできない。王命による強制召集は、冒険者の義務として従わなければならない。


## 王城前広場での集結


翌朝、王城前広場には20名余りの高ランク冒険者が集結していた。普段は滅多に一堂に会することのない精鋭たちが、重厚な雰囲気を醸し出している。


クラルは広場の一角で、他の冒険者たちを観察していた。それぞれが独特の装備と雰囲気を持っており、長年の実戦経験が滲み出ている。


「まさか、あなたがここにいるとは」


背後から聞き覚えのある声がかけられた。振り返ると、見覚えのある三人組が立っていた。ガレス、エリナ、トムの「五戒の剣」の面々だった。


「ガレスさん、お久しぶりです」


クラルは笑顔で挨拶した。彼らとの出会いが、現在の人生への転機となったのだ。


「君が村を出てから、もう一年以上になるのか」ガレスは感慨深そうに言った。「まさかAランク冒険者になっているとは思わなかった」


「しかも、咬鉄亀の単独討伐で有名になったそうじゃないか」エリナが付け加えた。「あの硬い甲羅を一人で破るなんて、信じられない」


「運が良かっただけです」クラルは謙遜したが、内心では彼らの驚きを楽しんでいた。


トムは興味深そうにクラルの装備を見回していた。「その武器...見たことない形だな。剣でも槍でもない」


「獣砕きと名付けた、自作の武器です」


クラルは腰に下げた武器を軽く叩いて見せた。刃のない鉄の棒という外見は、確かに他の冒険者たちの装備とは一線を画していた。


午前9時、王立騎士団長のセルゲイ・ヴォルコフ将軍が現れた。50代の貫禄ある男性で、数々の戦場を潜り抜けてきた歴戦の勇士だった。


「諸君、集まってくれてありがとう」


将軍の声は広場全体に響いた。「今回のドラゴンは、過去10年間で最大級の脅威だ。迅速かつ確実に討伐しなければならない」


詳細な作戦説明が始まった。ドラゴンの出現位置、移動パターン、これまでの被害状況。すべてが綿密に分析され、討伐作戦が練り上げられていた。


「作戦は明日の夜明けに開始する。各自、準備を怠らないように」


説明が終わると、冒険者たちは自然に小グループに分かれて話し合いを始めた。パーティーの編成、役割分担、装備の確認。それぞれが経験に基づいて準備を進めている。


クラルは一人で装備の最終点検を行っていたが、そこに一人の男性が近づいてきた。


「君がクラル・ヴァイスか」


声をかけてきたのは、40代前半の精悍な男性だった。背中には見事な魔剣を背負い、全身から威圧感を放っている。


「はい、そうですが」


「俺はドレイク・アシュフォード。今回の討伐隊のリーダーを務める」


ドレイクは王都でも屈指のSランク冒険者で、数々のドラゴン討伐経験を持つ伝説的存在だった。彼がリーダーに選ばれたのは、当然の人事と言える。


「君の装備に疑問がある」ドレイクはクラルの獣砕きを見つめて言った。「ドラゴンの鱗を破れるのか、その鈍器で?」


周囲の冒険者たちも注目していた。ドラゴンの鱗は魔法的な硬度を持ち、並の武器では傷一つつけることができない。刃のない武器でどう立ち向かうのか、疑問に思うのは当然だった。


クラルは笑顔でドレイクの疑問に答えた。感情的にならず、論理的な説明を心がけた。


「確かに、見た目は頼りないかもしれません」


彼は獣砕きを取り出し、その構造を示した。「しかし、この武器には明確な利点があります」


「まず、メンテナンスの容易さです」クラルは武器の表面を指で撫でた。「刃がないため、研ぎ直しの必要がありません。戦闘中に刃こぼれする心配もない」


確かに、長時間の戦闘が予想されるドラゴン討伐では、武器の耐久性は重要な要素だった。


「次に、攻撃方法の違いです」クラルは獣砕きを軽く振って見せた。「剣は切る、槍は刺す。しかし、この武器は砕きます」


「砕く、だと?」ドレイクは眉をひそめた。


「ドラゴンの鱗は確かに硬い。しかし、鱗の下には肉と骨があります」クラルは冷静に説明を続けた。「表面を切るのではなく、重量と慣性を利用して衝撃を内部に伝達する。これが獣砕きの戦術です」


周囲の冒険者たちがざわめいた。従来の戦術とは全く異なるアプローチだった。


「実際に、咬鉄亀の甲羅を破ったのも同じ原理です」


ガレスが証言した。「確かに、クラルの戦い方は独特だった。甲羅を切ろうとせず、ひたすら叩き続けていた」


「重さとバランスで破壊する」クラルは獣砕きの重心を示した。「刃物では不可能な破壊力を実現できます」


ドレイクは考え込んだ。理論としては理解できるが、実際にドラゴンに通用するかは別問題だった。


「まあ、実戦で証明してもらおう」


彼は最終的にそう結論づけた。ドラゴン討伐では、理論より結果がすべてだった。


## 精鋭冒険者たちの紹介


作戦会議が進む中で、クラルは他の参加者たちの情報を収集していた。それぞれが特殊な能力を持つ精鋭揃いだった。


リーダーのドレイク・アシュフォードは、炎の魔剣「イフリート」の使い手だった。Sランク冒険者として5年間の経験を持ち、過去に3頭のドラゴンを討伐している。


「氷槍のセレナ」ことセレナ・フロストボーンは、氷系魔法の専門家だった。ドラゴンの炎攻撃を無効化する能力を持ち、後方支援として重要な役割を担う。


「鋼鉄の盾」ザック・アイアンウォールは、防御に特化した戦士だった。巨大な塔盾を操り、味方を敵の攻撃から守ることに長けている。


「影刃」リオン・シャドウステップは、暗殺術に長けた盗賊系冒険者だった。ドラゴンの死角に回り込み、急所を狙う戦術を得意とする。


「癒しの聖女」ミラ・ライトヒールは、回復魔法の専門家だった。戦闘中の治療と、毒や状態異常の解除を担当する。


「雷神の槌」トール・サンダーストライクは、雷系魔法と武器術を組み合わせた戦士だった。魔法を込めた攻撃で、ドラゴンの動きを封じることができる。


それぞれが異なる専門分野を持ち、チーム全体でドラゴンに立ち向かう構成だった。クラルはその中で、どのような役割を果たすべきかを考えていた。


自分の特徴は、一点集中攻撃と持続戦闘能力だった。他の冒険者たちが派手な技で注目を集める中、地味だが確実な戦術で貢献する必要がある。


討伐隊は翌日の夜明けに出発することが決まった。クラルは最後の準備に余念がなかった。


獣砕きの重量バランスを微調整し、予備の武器も用意した。回復薬、解毒剤、応急処置用品。長期戦に備えて、必要な物資をすべて揃えた。


特に重要だったのは、食料の準備だった。ドラゴン討伐は数日間に及ぶ可能性があり、十分な栄養補給が必要だった。


持参した狩人の氷嚢に、咬鉄亀の干し肉を詰め込んだ。高たんぱくで保存の利く、理想的な携帯食料だった。


工房で最後の作業を終えながら、クラルは明日からの戦いに思いを馳せていた。


これまでの戦闘経験は、すべて単独かせいぜい小規模なパーティーでのものだった。20人を超える大規模な討伐隊での戦闘は初体験となる。


しかし、不安よりも期待の方が大きかった。自分の戦術がドラゴン相手にも通用するかを確かめる、またとない機会だった。


そして何より、成功すれば莫大な報酬と名声を得ることができる。王国最高難度の任務を成し遂げた冒険者として、歴史に名を刻むことも夢ではない。


夜明けと共に、討伐隊は王都を出発した。20名の精鋭冒険者と、支援要員を含めた総勢50名の大部隊だった。


ドラゴンの出現地域まで、徒歩で丸一日の行程だった。途中、被害を受けた村々を通過し、現地の状況を直接確認した。


焼け落ちた家屋、逃げ惑う住民たち。ドラゴンの脅威を目の当たりにして、討伐隊の表情も引き締まった。


「被害が予想以上に深刻だな」ドレイクが呟いた。「一刻も早く討伐しなければ」


クラルも被害状況を詳細に観察していた。ドラゴンの攻撃パターン、破壊の規模、住民の証言。すべてが今後の戦術に役立つ情報だった。


特に興味深かったのは、ドラゴンの行動パターンだった。完全にランダムではなく、一定の法則性があるように思えた。


縄張り意識が強く、特定の地域を拠点として活動している。獲物を求めて移動するが、必ず拠点に戻ってくる。この習性を利用すれば、有利な条件で戦闘に持ち込める可能性があった。


ドラゴンの拠点まで10キロメートルの地点で、討伐隊は最終キャンプを設営した。明日の夜明けに決戦を迎える予定だった。


焚き火を囲んで、最後の作戦会議が開かれた。各メンバーの役割分担、攻撃順序、緊急時の対処法。細部まで詰められた作戦が確認された。


「クラル、君の役割だが」ドレイクがクラルを見た。「前衛で接近戦を担当してもらう。ドラゴンの足回りを攻撃して、動きを封じることが目標だ」


「承知しました」


クラルにとって理想的な役割分担だった。獣砕きの特性を最大限に活かせる任務だった。


「ただし、無理は禁物だ。ドラゴンの攻撃は一撃で致命傷になる。常に退路を確保して戦うように」


他の冒険者たちも、それぞれの不安や期待を口にしていた。明日の戦いを前に、緊張が高まっている。


クラルは一人、静かに獣砕きの手入れをしていた。明日の戦いで、この武器の真価が問われることになる。


村を出てから一年余り。農夫だった青年が、王国最高難度の任務に参加するまでになった。人生の劇的な変化を、彼は冷静に受け止めていた。


明日の夜明け、すべてが決まる。


夜明けと共に、討伐隊は最終的な戦闘配置についた。遠方に、巨大なレッドドラゴンの姿が見えていた。


体長20メートルの巨躯は、まさに圧倒的な存在感を放っていた。深红色の鱗に覆われた身体、鋭く光る黄金の瞳、口からは微かに炎が漏れている。


「いよいよだな」ドレイクが剣の柄に手をかけた。「各自、持ち場につけ」


討伐隊の各メンバーが、予定された位置に散らばった。魔法使いたちは後方に、前衛戦士たちは前面に。クラルも、ドラゴンの足元を狙える位置に移動した。


「開始!」


ドレイクの号令と共に、史上最大規模のドラゴン討伐戦が始まった。


戦闘が開始されると、クラルは迷わず特定の戦術を実行に移した。他の冒険者たちが様々な部位を攻撃する中、彼はドラゴンの左足だけに集中した。


巨大な前足の指を一本ずつ狙い、獣砕きで執拗に叩き続けた。他の部位には目もくれず、ひたすら同じ攻撃を繰り返す。


「何をしているんだ、あいつは」


他の冒険者が疑問の声を上げた。一箇所だけを攻撃するのは、効率が悪いように見えた。


しかし、クラルには明確な戦略があった。ドラゴンの巨体を支える足の指を破壊すれば、バランスを崩すことができる。一度バランスを失えば、後は連鎖反応で全体の戦闘能力を低下させられる。


獣砕きの重量と慣性を活かし、同じ箇所を何度も叩き続けた。最初は硬い鱗に阻まれていたが、徐々に内部にダメージが蓄積されていく。


ドラゴンは足の攻撃に気付き、巨大な顎でクラルを咬もうとした。しかし、クラルは身を低くして足の陰に隠れ、自分の体を盾にして攻撃を続けた。


30分間にわたる執拗な攻撃により、ついに成果が現れた。ドラゴンの左前足の親指の根元に、明らかな変化が生じた。


鱗の一部が浮き上がり、内部の損傷が露呈した。連続する打撃により、骨にひびが入ったのだ。


「効いている」


クラルは手応えを感じながら、攻撃の手を緩めなかった。さらに集中的に同じ箇所を攻撃し続ける。


ドラゴンは痛みに苦しみ、足を振り上げてクラルを振り落とそうとした。しかし、クラルは足の指に両手でしがみつき、体重をかけて獣砕きを振り下ろし続けた。


重量と慣性による破壊力が、ついにドラゴンの防御を突破した。親指の骨が完全に砕け、ドラゴンは苦痛の咆哮を上げた。


一本目の指の破壊に成功すると、クラルは次の指に移った。同じ戦術を繰り返し、中指、薬指と順番に破壊していく。


他の冒険者たちは、クラルの戦術の効果を目の当たりにして驚愕していた。誰も予想しなかった方法で、ドラゴンに決定的なダメージを与えていた。


## 鱗の剥離と勝利への道筋


左前足の指を三本破壊された時点で、ドラゴンのバランスは大きく崩れていた。巨体を支えきれず、左に傾いた状態で戦闘を継続せざるを得なくなった。


この体勢の変化により、他の冒険者たちの攻撃も効果的になった。これまで届かなかった急所への攻撃が可能になり、戦況は一気に討伐隊有利に傾いた。


さらに重要だったのは、連続する打撃により鱗が剥がれ始めたことだった。ドラゴン最大の防御である鱗が失われれば、通常の武器でも十分なダメージを与えることができる。


「鱗が剥がれているぞ」


セレナが氷の槍で剥がれた部分を狙い撃ちし、有効打を与えた。他の冒険者たちも、露出した肉体部分に集中攻撃を加えた。


クラルは四本目の指の破壊に取りかかっていた。この指を破壊すれば、ドラゴンは完全に立っていられなくなるはずだった。


獣砕きを高く振り上げ、全体重を乗せて振り下ろす。鈍い音と共に、最後の指も砕け散った。


ドラゴンは支えを失い、巨体を地面に横たえた。もはや立ち上がることはできない。


「今だ、総攻撃!」


ドレイクの号令と共に、全冒険者がドラゴンに向かって突撃した。剥がれた鱗の隙間を狙い、致命的な攻撃を次々と加えていく。


ついに、王国を脅かした巨大なレッドドラゴンは、静かに息を引き取った。


討伐成功の瞬間、広場には勝利の歓声が響いた。しかし、その中でも特に注目を集めていたのは、独特の戦術でドラゴンの足を破壊したクラルだった。


誰もが不可能と思った鈍器によるドラゴン討伐を、彼は現実のものとした。獣砕きという武器の有効性が、最高難度の実戦で証明された瞬間だった。


ドラゴンの巨体が完全に動きを止めると、戦場には一瞬の静寂が訪れた。そして次の瞬間、勝利の歓声が爆発的に響き渡った。


「やったぞ!」


「ドラゴンを倒した!」


冒険者たちは興奮と安堵の入り混じった声を上げていた。王国最大の脅威を討伐した達成感が、全員を包み込んでいる。


しかし、その中でも特に注目が集まっていたのは、クラルの周りだった。


「信じられない戦い方だった」


トール・サンダーストライクが感嘆の声を上げた。「あんな方法でドラゴンの足を破壊するなんて、誰が予想できただろう」


「確かに、理論的には可能だと思っていたが...」


ドレイクも素直に驚きを表していた。「実際に見るまでは半信半疑だった。君の戦術が勝利の鍵になったな」


クラルは獣砕きを腰に戻しながら、周囲の称賛を冷静に受け止めていた。内心では満足感を覚えていたが、表情は相変わらず穏やかだった。


「チームワークの成果です」


彼は謙遜したが、誰もがクラルの貢献の大きさを理解していた。彼の一点集中攻撃がなければ、戦闘はもっと長引き、犠牲者が出ていた可能性もあった。


ドラゴン討伐の興奮が収まると、次に重要なのは戦利品の分配だった。ドラゴンの鱗、血液、心臓、爪など、すべてが貴重な素材として価値を持っている。


「戦利品の分配について話し合おう」


ドレイクが冒険者たちを集めた。「まず、王室への献上品を確保し、残りを参加者で分配する」


ドラゴンの心臓と最上級の鱗は王室に献上することが決まった。これにより、参加者全員に特別な報償が与えられることになる。


「残りの素材は、貢献度に応じて分配する」


ドレイクの提案に、全員が同意した。公平な分配方法として、最も合理的だった。


「クラル、君は特別な貢献をした」


セレナが発言した。「足の破壊がなければ、戦況はもっと厳しかったはず。優先的に好きな素材を選ぶ権利があるだろう」


他の冒険者たちも同意した。クラルの戦術的貢献は、誰の目にも明らかだった。


「ありがとうございます」


クラルは丁寧に頭を下げた。そして、慎重に戦利品を検討し始めた。


鍛冶屋としての専門知識が、ここで威力を発揮した。どの素材がどのような用途に適しているか、市場価値はどの程度か。全てを瞬時に評価していく。


「左前足の鱗を頂けますか」


クラルが選んだのは、自分が破壊した部分の鱗だった。一部は剥がれていたが、残っている部分は特に硬質で、優れた防具素材となるはずだった。


「それと、爪を数本」


ドラゴンの爪は武器の素材として最高級品だった。適切に加工すれば、獣砕きをさらに強化することも可能だろう。


戦利品の分配を終えた討伐隊は、王都への帰路についた。途中、被害を受けた村々を通過する際、住民たちから熱烈な歓迎を受けた。


「ドラゴンを倒してくれたのか!」


「ありがとう、本当にありがとう!」


村人たちの感謝の声が、冒険者たちの疲労を癒していた。危険を冒して戦った価値があったと、全員が感じていた。


特にクラルに対する注目は大きかった。


「あの変わった武器の若者が、ドラゴンの足を砕いたそうだな」


「鈍器でドラゴンを倒すなんて、前代未聞だ」


クラルの戦術は既に語り草となり、村から村へと伝わっていった。獣砕きという武器の存在も、急速に知名度を上げていた。


王都に到着すると、さらに盛大な歓迎が待っていた。王城前広場には数千人の市民が集まり、英雄たちの帰還を祝っていた。


「ドラゴンスレイヤー!」


「王国の救世主!」


称賛の声が響く中、クラルは複雑な心境だった。確かに誇らしい気持ちはあったが、同時に冷静な分析も行っていた。


この名声をどう活用するか。鍛冶屋業にどのような影響を与えるか。様々な可能性を検討していた。


翌日、討伐隊の全員が王宮に召されることになった。国王自らが、勇者たちに恩賞を与えるという栄誉ある機会だった。


「汝らの勇気と献身により、王国は救われた」


国王アルフレッド三世が荘厳な声で宣言した。「特に、独創的な戦術でドラゴンを攻略したクラル・ヴァイス。汝の功績は特筆すべきものである」


クラルは緊張しながらも、礼儀正しく王の前に跪いた。


「汝に『ドラゴンブレイカー』の称号を与える」


国王の言葉に、宮廷内がどよめいた。称号の授与は最高の栄誉であり、特にドラゴンに関連する称号は極めて稀だった。


「また、金貨500枚を恩賞として授ける」


この金額は、一般的な冒険者の年収を上回る大金だった。クラルの貢献度の高さを示している。


「ありがたく頂戴いたします」


クラルは深々と頭を下げた。内心では、この恩賞をどう活用するかを既に考え始めていた。


王宮での恩賞授与の後、クラルはギルドを訪れた。ドラゴン討伐の報告と、今後の 活動について相談するためだった。


「クラルさん、お疲れ様でした!」


受付嬢のマリアが興奮気味に迎えた。「ドラゴンブレイカーの称号、素晴らしいですね!」


ギルド内では、クラルの評価が劇的に変化していた。これまでは「変わった武器を使う新人Aランク」程度の認識だったが、今や「ドラゴンを倒した伝説的冒険者」として扱われている。


「今後、どのような依頼をお受けになる予定ですか?」


マリアは期待に満ちた表情で尋ねた。ドラゴンブレイカーともなれば、どんな困難な依頼でも解決してくれるだろうという期待があった。


「これまで通り、適度な頻度で依頼を受けたいと思います」


クラルの答えは、意外にも控えめだった。「ただし、鍛冶屋業も継続しますので、バランスを取りながら」


「そうですね、確か夜間営業の鍛冶屋もされていましたね」


マリアは思い出した。「きっと、ドラゴンブレイカーが作った武器なら、みんな欲しがりますよ」


その言葉は、クラルの予想と完全に一致していた。


予想通り、クラルの工房には連日のように冒険者が訪れるようになった。しかし、その様子は以前とは明らかに異なっていた。


「ドラゴンブレイカーの武器を作ってくれ!」


「獣砕きが欲しい!」


「最高の素材を持参したから、特別な武器を作ってほしい」


注文の内容も、以前より遥かに高級なものが多くなった。金に糸目をつけない冒険者も現れ、クラルの収入は急激に増加した。


しかし、クラルは冷静に状況を分析していた。


この人気は一時的なブームに過ぎない可能性がある。ドラゴン討伐の話題が薄れれば、注文も減るかもしれない。


長期的な成功を確保するためには、継続的な品質向上と、顧客満足度の維持が必要だった。


「お待たせして申し訳ありませんが、しっかりとした武器を作らせていただきます」


クラルは来店した冒険者に丁寧に説明した。「品質に妥協はいたしません」


特に注目されたのは、ドラゴン討伐で使用された獣砕きだった。


「あの武器で本当にドラゴンを倒したのか?」


「刃がないのに、どうやって?」


興味本位で訪れる冒険者も多かったが、実際に手に取ってみると、その実用性に驚く者が多かった。


「確かに、バランスが良い」


「振りやすいし、確実に威力がありそうだ」


Bランクの戦士が実際に購入を決めた。「魔獣相手には、これの方が剣より効果的かもしれない」


獣砕きの売上は、ドラゴン討伐前の10倍に跳ね上がった。クラルの読み通り、キャッチーな名前と実績が購買意欲を大きく刺激していた。


「制作が追いつかない」


クラルは嬉しい悲鳴を上げていた。獣砕きの製造は比較的簡単だが、それでも需要に対して供給が追いつかない状況が続いていた。


品質を落とすわけにはいかないため、一日に製作できる数には限界があった。


ドラゴンの素材を入手したクラルは、新たな武器開発にも着手していた。


「ドラゴンの鱗を活用した防具」


「ドラゴンの爪を使った特殊武器」


これらの開発は、技術的にも商業的にも大きな可能性を秘めていた。ドラゴン素材を使った装備は、最高級品として高値で取引される。


しかし、加工技術は極めて困難だった。ドラゴンの素材は魔法的な特性を持っており、通常の方法では加工できない。


「慎重に研究を進めよう」


クラルは焦らず、着実に技術開発を進めることにした。失敗すれば貴重な素材を無駄にしてしまうため、十分な準備が必要だった。


ドラゴンブレイカーの称号と共に、クラルの生活は劇的に変化した。


良い面では、収入の大幅な増加、社会的地位の向上、技術的な評価の確立があった。もはや王都でも有数の成功者と言える地位に達していた。


しかし、問題もあった。


「毎日大勢の客が来るため、落ち着いて作業できない」


「期待値が高すぎて、プレッシャーを感じる」


「競合他社からの注目も集まっている」


特に最後の点は重要だった。他の鍛冶屋たちがクラルの技術を研究し、模倣品を作り始める可能性があった。


冷却装置事業で経験した技術流出の悪夢が、再び起こるかもしれない。


これらの状況を踏まえ、クラルは長期的な戦略を練り直していた。


「一時的なブームに頼るのではなく、継続的な価値提供を重視する」


具体的には、以下の方針を採用することにした。


品質の絶対的な維持。どんなに忙しくても、手抜きは一切しない。


技術の秘匿と差別化。簡単に模倣できない独自技術の開発。


顧客との長期的関係構築。一度の取引で終わらず、継続的な関係を築く。


新商品開発の継続。市場のニーズに応えるため、常に新しい商品を開発する。


「冷却装置事業での失敗を繰り返してはならない」


クラルは過去の経験を教訓として、より慎重で戦略的なアプローチを採用していた。


深夜、客足が途絶えた工房で、クラルは一人静かに作業を続けていた。手元では、新しい獣砕きが形になりつつある。


「ドラゴンブレイカーか...」


彼は自分の称号を呟いた。確かに栄誉ある称号だが、それに甘えるつもりはなかった。


「よし、冒険者やめよう」

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