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龍族との和平:龍の回廊

和平から五年


グランベルク王国の首都カストラムの朝は、いつものように鐘楼の響きで始まった。しかし、この日の鐘の音は微かに震えていた。まるで大気そのものが、何かに怯えているかのように。


クラル王は執務室の窓辺に立ち、東の空を見つめていた。46歳になった王の顔には、豊穣神として積み重ねてきた歳月の重みが刻まれている。アスモデウスとの魂の融合から五年、その記憶の封印は完璧に保たれていたが、時折、理由のわからない郷愁が胸を過ぎることがあった。


「父上、おはようございます」


扉が静かに開き、アレクサンダー王子が入室した。17歳になった王子は、クラル王の面影を色濃く受け継ぎながらも、母エリザベス王妃の優雅さを併せ持っていた。長い耳は美しく尖り、金属光沢を帯びた肌は朝日を受けて微かに輝いている。新たなグランベルク人の血統が、彼の中で完璧に調和していた。


「アレクサンダー、おはよう。早いな」


「ええ。ネリウス様との学習が今朝からありますので」


王子の声には、責任感と共に、わずかな緊張が込められていた。龍族との和平から五年、智龍ネリウスによる「龍族の歴史と文化」の講義は、王位継承者としての必修科目となっていた。しかし最近、そのネリウスの様子がおかしいのを、王子は敏感に察知していた。


「ネリウスの調子はどうだ?」


「それが……」アレクサンダーは眉を曇らせた。「昨日から、妙に落ち着かないご様子で。何度も『アル=ゼイル』という名前を呟かれているのですが」


クラル王の表情が一瞬強張った。アル=ゼイル。その名前は、龍族の古い文献にのみ記されている伝説的存在の名だった。ドラコニス・レックスからも、「語ってはならない古き名」として聞かされていた。


「父上?」


「……いや、なんでもない。だが、ネリウスの様子には注意を払っておこう」


王は窓の外を見つめ直した。東の空の彼方、雲の切れ間に、かすかな異常を感じ取っていた。それが何なのかはわからない。だが、長年培ってきた豊穣神としての直感が、静かな警鐘を鳴らしていた。


その異変は、まず王国内の龍族居住区「ドラゴニア領」で顕在化した。


ドラゴニア領は、グランベルク王国の東部、翡翠の森に囲まれた美しい盆地に建設されていた。人間の建築技術と龍族の魔法工学が融合した建物群は、まさに異種族協力の象徴だった。石造りの基礎の上に、龍族の炎で形成された透明な結晶の壁が組み合わされ、内部は昼でも夜でも適度な光に満たされている。


その中央神殿で、上級龍たちの緊急会議が開かれていた。


「また昨夜も……同じ夢を見た」


岩龍のガラードが、重い声で呟いた。人化した彼の姿は、筋骨たくましい壮年の男性だったが、その目には深い困惑が宿っていた。


「同じく」と、氷龍のフリギアが頷いた。人化形態では氷のように美しい女性の姿を取る彼女の声も、普段の威厳に震えが混じっていた。「古代の記憶が……流れ込んでくる。それも、我々の記憶ではない、もっと古い……」


「アル=ゼイル様の記憶だ」


静寂を破ったのは、智龍ネリウスだった。人化形態では老学者の姿を取る彼の顔は青ざめ、長い白髭が小刻みに震えていた。


「ネリウス!」ドラコニス・レックスが鋭く声をかけた。「その名を軽々しく口にするな」


「軽々しく?」ネリウスの目が、普段の穏やかさを失って鋭く光った。「もはや隠している場合ではない、レックス。天空に現れた裂け目を見なかったのか?」


一同の視線が、神殿の天井を透かして空を見上げた。そこには確かに、雲の間に不自然な裂け目が走っていた。それは単なる気象現象ではない。空間そのものが裂けているかのような、不気味な暗闇の線だった。


「あの裂け目から、原初の記憶が漏れ出している」ネリウスは続けた。「アル=ゼイル様の封印が、緩んでいるのだ」


会議の後、ネリウスは一人神殿の奥の書庫に籠もった。そこは龍族の歴史を記録した古文書が収められた聖域で、人間は立ち入ることを許されていない。しかし今日は例外的に、アレクサンダー王子の入室が許可されていた。


「ネリウス様」


王子が書庫に入ると、智龍は古い羊皮紙の巻物を前に、深く項垂れていた。


「アレクサンダー王子……来られましたか」


「はい。父上から、事情を聞くようにと」


ネリウスは振り返った。人化形態での彼の顔は、普段の温和な学者のそれとは明らかに違っていた。深い恐怖と、それ以上に深い悲しみが刻まれていた。


「私は……私たちは、長い間、真実を隠してきました」


「真実、とは?」


「アル=ゼイル様のことです」ネリウスは重い口を開いた。「私たちが語り継いできた歴史では、アル=ゼイルは『天空神龍』として、龍族の創造神であり、守護神であったとされています。しかし……」


王子は静かに耳を傾けた。


「実際には、アル=ゼイルは我々龍族の……創造主ではありますが、同時に、我々の進歩を阻害する存在でもあったのです」


「どういう意味ですか?」


ネリウスは手元の古文書を開いた。そこには古代龍語で記された文章が並んでいたが、王子にも読める共通語の注釈が添えられていた。


「かつて、数千年前のことです。我々龍族は、まだ野生の存在でした。知性はあっても、文明を築くことなく、本能のままに生きていた。アル=ゼイル様は、そんな我々に『秩序』を与えてくださった」


「それは……良いことだったのでは?」


「ええ、最初は」ネリウスの目が遠くを見つめた。「しかし、アル=ゼイル様の『秩序』は、変化を許さないものでした。我々は完璧な存在として創られた。ゆえに、変わる必要も、成長する必要もない、と」


王子の表情が曇った。


「だが、時が経つにつれて、一部の龍族は疑問を抱き始めました。我々は本当に、このまま永遠に同じでいるべきなのか、と。特に、人間という種族と出会ったときからです」


「人間と?」


「はい」ネリウスは微かに笑った。「人間は、我々とは正反対の存在でした。弱く、短命で、しかし……無限の可能性を秘めていた。彼らは変化し、成長し、進歩する。その姿を見た一部の龍族は、『我々も変わることができるし、変わるべきではないか』と考えるようになったのです」


王子は頷いた。その龍族の気持ちが、なぜかよく理解できた。


「しかし、アル=ゼイル様は、それを『汚染』と見なしました。完璧な龍族が、不完全な人間に影響されることなど、あってはならない、と」


「それで……?」


「大いなる分裂が起こりました」ネリウスの声が沈んだ。「アル=ゼイル様に従い続ける『純粋派』と、変化を望む『進歩派』に分かれて。そして……戦争になったのです」


王子の心臓が早鐘を打った。


「戦争は長く続きました。しかし最終的に、進歩派が勝利しました。アル=ゼイル様は……封印されたのです」


「封印?殺されたのではなく?」


「アル=ゼイル様は原初の龍です。殺すこと自体が不可能でした。ですから、異空間に封じ込めることしかできなかった」ネリウスは続けた。「しかし、その代償として、我々進歩派の龍族は『集合的記憶』を代価として払ったのです」


「集合的記憶?」


「我々龍族は、個体の記憶だけでなく、種族全体の記憶を共有する能力があります。それによって、古代の知識や技術を受け継いできた。しかし、アル=ゼイル様を封印するために、その記憶の一部を封印の鍵として使ったのです」


王子はようやく事態の深刻さを理解し始めた。


「つまり、今起きていることは……」


「封印が緩み、我々の集合的記憶がアル=ゼイル様の元に戻りつつあるということです」ネリウスの目に恐怖が宿った。「そして、それは同時に、アル=ゼイル様の復活を意味する」


書庫の中に重い沈黙が流れた。


「しかし、それだけではありません」ネリウスは続けた。「記憶が流出することで、我々龍族の中にも変化が起きています。『秩序への回帰』を求める声が高まっているのです」


「秩序への回帰?」


「人間との和平を破棄し、再び龍族だけの世界に戻ろうとする動きです」ネリウスは悲しそうに首を振った。「ガラードやフリギアも、徐々にその考えに傾きつつある。記憶の影響で、アル=ゼイル様の思想が蘇っているのです」


王子の胸に、深い不安が宿った。せっかく築かれた和平が、崩れ去ってしまうのだろうか。


「何か、方法はないのですか?」


「一つだけ」ネリウスの目に、かすかな希望の光が宿った。「『龍の回廊』に向かうことです」


「龍の回廊?」


「龍族の集合的記憶が集まる、精神世界です。そこでアル=ゼイル様と直接対話し、封印を修復するか……あるいは、新たな合意に達することができるかもしれません」


「危険ではないのですか?」


「極めて危険です」ネリウスは正直に答えた。「回廊は物理的な空間ではありません。意識と記憶の世界です。道を間違えれば、永遠に迷い込んでしまう。そして、アル=ゼイル様と直接対峙することになる」


王子は静かに考え込んだ。そして、顔を上げた。


「私も、同行させてください」


「何を!?」ネリウスは驚いた。「アレクサンダー王子、あなたは人間です。龍の回廊は龍族の精神世界。人間が足を踏み入れることなど……」


「だからこそです」王子の目に強い意志が宿った。「人間と龍族の和平を守るためには、人間の代表も必要でしょう。そして……」


王子は一度言葉を区切った。


「私は、王位継承者です。この危機を乗り越えることも、私の試練の一つではないでしょうか」


ネリウスは長い間、王子の顔を見つめていた。そして、深くため息をついた。


「……クラル王に相談してみましょう」


その夜、グランベルク王国の首都カストラムに、異変が起こった。


街の上空で、雲が不自然な渦を巻き始めたのだ。それは単なる気象現象ではなかった。雲の中心に、黒い裂け目が口を開けていた。そして、その裂け目から、かすかに古代の竜語が聞こえてくるのを、龍族たちは感じ取っていた。


王宮の大会議室には、緊急招集された重臣たちが集まっていた。クラル王を筆頭に、エリザベス王妃、アレクサンダー王子、そして龍族の代表としてドラコニス・レックスとネリウスが出席していた。


「状況を説明してくれ、ネリウス」


クラル王の声は冷静だったが、その目には深い懸念が宿っていた。


「はい」ネリウスは立ち上がった。「先ほど王子にもお話ししましたが、この現象は『アル=ゼイル』の封印に関連しています」


室内にざわめきが起こった。ドラコニス・レックス以外の人間の重臣たちは、その名前を初めて聞いたのだ。


「アル=ゼイル?」宰相のオリバー・ハーディングが尋ねた。


「龍族の……創造神であり、同時に我々が封印した存在です」


ネリウスは、先ほど王子に語ったのと同じ内容を、より詳細に説明した。古代の龍族の分裂、人間との出会いによる変化への欲求、アル=ゼイルとの対立、そして封印。


「つまり」クラル王がまとめた。「その封印が緩み、龍族の集合的記憶が流出している。それが、空の裂け目として現れているということか」


「はい。そして、記憶の流出により、龍族の中に『秩序への回帰』を求める声が高まっています」


「具体的には?」


ドラコニス・レックスが重い口を開いた。「人間との和平の破棄です。再び龍族だけの世界に戻ろうとする動きが、上級龍たちの間で広がっています」


エリザベス王妃の顔が青ざめた。「それでは、これまで築いてきた関係が……」


「崩れ去る可能性があります」レックスは苦い表情で頷いた。「ガラードとフリギアは、もはや明確に『純粋派』の思想に傾いています。他の上級龍たちも、時間の問題でしょう」


会議室に重い沈黙が流れた。


その時、アレクサンダー王子が口を開いた。


「ネリウス様から、龍の回廊への旅について聞きました」


「アレクサンダー!」エリザベス王妃が息子を制しようとしたが、王子は続けた。


「龍の回廊に向かい、アル=ゼイルと直接対話する。それが、この問題を根本から解決する唯一の方法だと」


「危険すぎる」クラル王が静かに言った。「お前はまだ17歳だ。王位継承者として、そのような危険を冒すわけにはいかない」


「しかし、父上」王子の目に強い意志が宿った。「これは単なる冒険ではありません。和平を守るための、必要な任務です。そして……私は、この王国の未来を担う者として、その責任から逃げるわけにはいきません」


室内の全員が、王子の言葉に静かに聞き入った。


「それに」王子は続けた。「ネリウス様一人では、アル=ゼイルとの対話は困難でしょう。龍族の視点だけでは、新たな合意に達することはできない。人間の代表も必要です」


「しかし、人間が龍の回廊に入ることなど……」


「不可能ではありません」ネリウスが割って入った。「困難ではありますが。ただし、相当な準備と覚悟が必要です」


クラル王は長い間考え込んだ。そして、ゆっくりと口を開いた。


「……条件がある」


「父上?」


「まず、十分な護衛を付ける。ユリス・アーマイトを筆頭とした近衛騎士団を随行させる」


ユリス・アーマイトは、王国でも指折りの女性騎士だった。25歳の彼女は、グランベルク人の特徴を持ちながらも、特に戦闘能力に長けており、王子の護衛として最適の人物だった。


「次に、事前の準備を怠らない。龍の回廊がどのような場所なのか、どのような危険があるのか、十分に研究してから向かう」


「はい」


「そして最後に」クラル王の目が厳しくなった。「もし状況が悪化し、お前の生命に危険が及ぶと判断した場合は、即座に帰還する。これは命令だ」


「……承知いたしました」


王子は深く頭を下げた。


「では、明日から準備を開始する」クラル王は決断した。「ネリウス、回廊への入り方と、必要な準備について詳しく説明してくれ」


「承知いたしました」


会議はそこで一旦終了となったが、クラル王は最後に、一人息子を呼び止めた。


「アレクサンダー」


「はい、父上」


「お前は……成長したな」


クラル王の目に、父親としての誇りと、同時に深い心配が宿っていた。


「この五年間、龍族との和平の中で、お前は多くのことを学んだ。異なる種族同士が理解し合うことの大切さも、その困難さも」


「はい」


「今回の旅は、お前にとって大きな試練となるだろう。しかし……」


クラル王は息子の肩に手を置いた。


「私は、お前を信じている。お前なら、きっと新たな道を見つけてくれるだろう」


王子の目に、感謝の涙が浮かんだ。


「ありがとうございます、父上。必ず、和平を守って帰ります」


翌日から、龍の回廊への旅の準備が本格的に始まった。


まず、ネリウスによる詳細な説明が行われた。王宮の図書館に、アレクサンダー王子、ユリス・アーマイト、そして護衛として選ばれた騎士たちが集められた。


「龍の回廊は、物理的な場所ではありません」ネリウスは古い図表を広げながら説明した。「それは、龍族の集合的記憶と意識が交差する、精神世界です」


「精神世界?」ユリス・アーマイトが眉をひそめた。「つまり、夢の中のような?」


「似ていますが、もっと複雑です」ネリウスは図表を指差した。「夢は個人の意識の産物ですが、回廊は種族全体の意識の集合体です。そこでは、過去と現在、個人と全体の境界が曖昧になります」


王子が質問した。「そこで、時間の概念はどうなるのですか?」


「流動的です。一瞬が永遠に感じられることもあれば、長い時間があっという間に過ぎることもある。そして、過去の記憶を追体験することで、まるでその時代にいるかのような感覚を味わうこともあります」


「危険は?」


「数え切れません」ネリウスの表情が深刻になった。「まず、道に迷うこと。回廊は無限に広がっており、一度道を見失うと、永遠に彷徨うことになりかねません」


「次に、記憶の侵食。他者の記憶があまりにも強烈だった場合、自分の記憶と混同し、自我を失うことがあります」


「そして、意識の分離。精神世界に長時間いすぎると、現実世界の肉体から意識が完全に切り離され、戻れなくなることがあります」


騎士たちの顔が青ざめた。


「しかし」ネリウスは続けた。「対策もあります。まず、強固な意志と明確な目的意識を持つこと。自分が何者で、何のためにそこにいるのかを、常に忘れないことです」


「次に、信頼できる仲間と行動すること。お互いを支え合い、道を見失いそうになった時は互いに呼び戻すことです」


「そして、現実世界との繋がりを保つこと。特定の物品を『錨』として持参し、それを握ることで現実世界を思い出すのです」


王子が尋ねた。「錨とは?」


「その人にとって、最も大切で、最も現実的な物品です。王子の場合は……」


ネリウスは考え込んだ。


「王の印章はいかがでしょう?それは王子の身分を表すと同時に、この現実世界でのお立場と責任を象徴するものです」


王子は頷いた。確かに、王の印章は父から託された大切な品だった。


「ユリス様の場合は?」


「私の剣です」ユリスは迷わず答えた。「これは、私の騎士としての誇りそのものですから」


「よろしい。では、他の準備についても説明しましょう」


回廊への入り方も、特殊な手順が必要だった。


「まず、龍族の神殿で特別な儀式を行います」ネリウスは説明した。「龍語による詠唱と、古代の魔法陣を用いて、意識を精神世界に送り込むのです」


「人間でも可能なのですか?」


「困難ですが、不可能ではありません。ただし、龍族の血を引く者の補助が必要です」


「血を引く?」


「王子の場合、グランベルク人として龍族と接触した経験があります。また、この五年間、ネリウスから龍族の文化を学び続けてきた。その経験が、回廊への道筋となるでしょう」


「しかし、それだけでは不十分です」ネリウスは続けた。「特別な『仲介者』が必要です」


「仲介者?」


「龍族の血を色濃く受け継ぎ、かつ人間との接触に慣れた存在。そして……」


ネリウスは少し躊躇した。


「純粋な心を持った存在です」


「純粋な心?」


「アル=ゼイルは、『混ざり合うこと』を汚染と見なします。しかし、純粋さを体現する存在であれば、敵意を向けない可能性があります」


王子は考え込んだ。「そのような存在は、どこにいるのですか?」


「実は……回廊の中にいます」ネリウスの目が遠くを見つめた。「ミリリィアという幼龍です。彼女は、アル=ゼイルの封印の際に、意図せず回廊に閉じ込められてしまった。そして、そこで数千年の時を過ごしているのです」


「数千年も?」


「回廊では時間の概念が曖昧ですから、彼女にとってはさほど長い時間ではないでしょう。しかし、その間ずっと一人で過ごしているため、外界の変化に影響されない、純粋な心を保っています」


「その子が、仲介者になってくれるのですか?」


「おそらく。ミリリィアは好奇心旺盛で、人懐っこい性格です。きっと王子たちに興味を示すでしょう」


出発の前日、アレクサンダー王子は母エリザベス王妃と、長い話をした。


王妃の私室で、二人は向かい合って座っていた。8歳になったイザベラ王女も同席していた。


「アレクサンダー」王妃の目に不安が宿っていた。「本当に行くのですね」


「はい、母上。これは私の責任です」


「でも……」王妃の声が震えた。「もし、何かあったら……」


王子は母の手を握った。


「大丈夫です。私は必ず帰ってきます。そして、和平を守って見せます」


「お兄様」イザベラ王女が小さな声で言った。「私、お兄様がいなくなるの、さびしい」


王子は妹を抱き上げた。


「すぐに帰ってくるから。そして、きっと面白い話をたくさん聞かせてあげるよ」


「ほんとう?」


「約束する」


王子は妹の頭を撫でた。そして、王妃を見つめた。

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