依頼を受けずに独自で狩りに行きます。冒険者業実質廃業です。
冒険者業と鍛冶屋業の二重体制が軌道に乗って一ヶ月が経った頃、クラルは新たな試みを始めていた。ギルドからの依頼を待つのではなく、自発的に咬鉄亀狩りを行うことにしたのだ。
依頼を待つより、自分で狩った方が効率的だ
ギルドの咬鉄亀討伐依頼は不定期で、報酬も金貨30枚と固定されている。しかし、自分で狩れば甲羅素材の全てを自分のものにでき、肉も食費として活用できる。トータルでの価値は依頼報酬を大幅に上回る。
咬鉄亀狩りの経済価値分析
- 甲羅素材:金貨25枚相当(防具製作用)
- 肉類:金貨8枚相当(食費節約+一部販売)
- 骨・爪等副産物:金貨3枚相当(小物製作用)
- 合計:金貨36枚相当
ギルド依頼より20%も収益性が高い
さらに重要なのは、自分のペースで狩猟できることだった。ギルドの依頼スケジュールに縛られることなく、天候や体調を考慮して最適なタイミングで狩猟を行える。
咬鉄亀狩りを本格化するにあたり、クラルは新たな武器の実験を行うことにした。叩鉄棒の成功により、鈍器系武器への関心が高まっていた。
「ハンマーなら、より大きな破壊力を発揮できるはず」
彼は工房で新型ハンマーの設計を行った。通常のハンマーより遥かに重く、ヘッド部分に鉛を仕込んで重量を増した特殊仕様だった。
「砕骨鎚」の仕様
- 全長:80センチメートル
- 重量:8キログラム(通常ハンマーの3倍)
- ヘッド:鉄製外殻に鉛芯を内蔵
- 柄:樫材を鉄帯で補強
これなら咬鉄亀の甲羅も一撃で粉砕できる
理論上は完璧だった。重量による破壊力は叩鉄棒を大幅に上回り、咬鉄亀程度の魔獣なら短時間で仕留められるはずだった。
しかし、実戦で使用してみると、予想外の問題が発生した。
「重心のバランスが悪く使い物にならない...」
石切り場での実戦テストで、クラルは砕骨鎚の致命的な欠陥を発見した。確かに破壊力は絶大だったが、重量のせいで連続使用が困難だった。
一撃目は強力だが、二撃目以降は精度が落ちる
8キログラムのハンマーを振り回すのは、想像以上に体力を消耗した。しかも、重量のせいで振りの軌道を修正することが困難で、動く敵に対しては命中率が著しく低下した。
「叩鉄棒の方が遥かに使いやすい」
クラルは30分程度の戦闘で、砕骨鎚の限界を理解した。理論と実践の乖離を痛感する結果だった。
重心が使いやすさの秘訣だ
この失敗により、クラルは武器設計における重要な教訓を得た。破壊力だけを追求するのではなく、実用性との調和を図る必要がある。
狩猟の効率化において、クラルが最も力を入れたのは解体作業の改善だった。咬鉄亀は大型の魔獣で、全体重は200キログラムを超える。現場での効率的な処理が重要だった。
解体用具の最適化
1. 汎用解体ナイフ(既製品改良)
- 市販の狩猟ナイフに独自の改良を加えた
- 柄の形状を手に馴染むよう調整
- 刃の角度を咬鉄亀の甲羅構造に最適化
2. 「絶刃」(特殊製作品)
- 耐久性を完全に犠牲にして切れ味を極限まで追求
- 超薄刃設計により、肉類を紙のように切断可能
- 使用回数は限定的だが、精密な切り分けに特化
クラルは解体作業を工程別に分析し、それぞれに最適な道具を使い分けた。
- 甲羅の分離:叩鉄棒による破壊
- 大まかな解体:汎用解体ナイフ
- 精密な切り分け:絶刃
- 骨の処理:小型ハンマー
「これで作業時間を半分に短縮できる」
従来は咬鉄亀一頭の解体に3時間を要していたが、新システムでは1時間30分まで短縮された。この効率化により、一日に複数頭の狩猟も可能になった。
狩猟効率の向上に伴い、クラルは新たな問題に直面していた。咬鉄亀の肉は大量で、その場で消費しきれない分の保存方法が課題となった。
持ち運び可能な冷却箱が必要だ
彼は過去の冷却装置開発経験を活かし、携帯用の小型冷却箱を設計した。しかし、携帯性を重視するため、既存の大型冷却箱とは全く異なるアプローチが必要だった。
「狩人の氷嚢」の設計
- サイズ:40cm×30cm×20cm
- 重量:3キログラム(空重量)
- 冷却方式:小型フロストアロイ+超小型スライム電池
- 稼働時間:8時間連続冷却可能
携帯性と冷却能力のバランス
大型冷却箱と比べて冷却能力は劣るが、狩猟現場での一時保存には十分だった。特に重要なのは、重量を3キログラムに抑えたことで、狩猟装備として実用的なレベルに収めたことだった。
「これで肉の無駄を最小限に抑えられる」
実際に使用してみると、咬鉄亀一頭分の良質な肉(約15キログラム)のうち、5キログラム程度を現場で冷却保存できた。残りは現場で調理して食べるか、干し肉として加工することで、食材の無駄を大幅に削減できた。
狩猟活動と並行して、クラルは鍛冶屋業の商品戦略も見直していた。特に重要だったのは、主力商品である叩鉄棒の商品名変更だった。
「叩鉄棒」では魅力が伝わらない
これまで使用していた「叩鉄棒」という名称は、機能的だが魅力に欠けていた。商品の特性を的確に表現しているものの、冒険者の購買意欲を刺激するには物足りない。
「「獣砕き(じゅうくだき)」に変更しよう」
新しい商品名は、複数の要素を考慮して決定された。
命名の戦略的理由
1. 実績の活用:咬鉄亀討伐の成功を想起させる
2. 機能の明確化:魔獣討伐に特化した武器であることを強調
3. キャッチーさ:覚えやすく、口コミで広がりやすい
4. 差別化:従来の武器との明確な区別
名前が変われば、印象も変わる
実際に「獣砕き」として販売を始めると、顧客の反応は明らかに変化した。
「獣砕きか...いかにも強そうな名前だな」
「咬鉄亀を討伐した武器だろう?一度試してみたい」
商品名の変更により、購入を検討する冒険者が増加した。特に、魔獣討伐を専門とする冒険者からの関心が高まった。
## 製造コストの圧倒的優位性
獣砕きの商業的成功において見過ごせないのは、その製造コストの安さだった。クラルは当初からこの点を重視して設計していた。
獣砕きの製造工程
1. 鉄材を平たく伸ばす(2時間)
2. 適切な厚みに調整(1時間)
3. 持ち手部分の成形(30分)
4. 全体のバランス調整(30分)
5. 表面仕上げ(30分)
合計製作時間:4時間30分
剣の製作時間の半分以下
一般的な鉄剣の製作には8〜10時間を要するが、獣砕きは半分以下の時間で完成する。刃付けや複雑な形状加工が不要なため、工程が大幅に簡略化されていた。
材料コストの比較
- 鉄剣:鉄材1.5キログラム + 砥石代 = 銀貨12枚
- 獣砕き:鉄材1.2キログラムのみ = 銀貨8枚
材料費も33%削減
製作時間の短縮と材料費の削減により、獣砕きの製造コストは従来の剣類と比べて大幅に安い。それでいて販売価格は金貨3枚(銀貨30枚)と、一般的な鉄剣と同等に設定できた。
利益率50%超えの高収益商品
獣砕きの販売実績は着実に向上していたが、クラルは冷静に市場の反応を分析していた。
肯定的評価
- 「使い勝手が良い」
- 「ハンマーを汎用的にしたような感じ」
- 「メンテナンスが楽」
- 「実戦向きの設計」
否定的意見
- 「見た目が地味」
- 「剣の方が格好良い」
- 「伝統的でない」
剣に拘る冒険者は依然として多い
王国の冒険者文化では、剣が武器の王道とされていた。多くの冒険者が剣術を学び、剣を身に着けることを誇りとしている。獣砕きの実用性は認められても、文化的な障壁を完全に克服することは困難だった。
「ヒット商品とまでは言えないが、評判は確実に上がっている」
クラルは現実的な評価を下していた。獣砕きは一定の成功を収めているが、市場を席巻するほどの影響力はない。しかし、ニッチな需要を確実に捉えており、安定した売上を期待できる商品だった。
獣砕きの成功を受けて、クラルは他の特殊武器の開発にも着手していた。異なるコンセプトの武器を開発することで、商品ラインナップを充実させる狙いだった。
「穿孔槍」の開発
貫通力を極限まで追求した特殊な槍の開発に着手した。
- 設計思想:装甲の厚い敵に対する貫通特化
- 構造:穂先を極細に設計し、貫通時の抵抗を最小化
- 用途:重装甲の魔獣や敵冒険者への対処
「貫通力を上げるには、接触面積を最小限にする必要がある」
クラルは物理学的な原理に基づいて設計を行った。同じ力で突いても、接触面積が小さいほど単位面積あたりの圧力が高くなり、貫通しやすくなる。
「薄刃包丁」の商品化
狩猟用に開発した絶刃の技術を応用し、料理用の特殊包丁を商品化することにした。
- コンセプト:切れ味を極限まで追求
- 耐久性:使い捨て前提の設計
- 用途:高級料理店、特別な調理用途
耐久性を犠牲にすることで、従来不可能な切れ味を実現
一方で、クラルは冷静に失敗作の処理も行っていた。実戦テストで問題が明らかになった砕骨鎚について、徹底的な分析を行った結果、生産停止の決断を下した。
砕骨鎚の問題点分析
1. 重心の偏り:先端に重さが過集中、振り下ろした場所に体が持っていかれる。
2. 機動性不足:素早い敵への対応が困難
3. 体力消耗:長時間の戦闘に不向き
4. 精度の低下:重量により命中率が低下
改良の余地はあるが、根本的な設計変更が必要
「コンセプト自体は悪くないが、実装に問題がある」
クラルは感情的な判断を排除し、客観的なデータに基づいて決断した。砕骨鎚の開発には相当な時間と労力を投入していたが、失敗作を改良し続けるより、新しいアプローチを試す方が効率的だった。
改良版の設計方針
- バランスポイントの最適化
- グリップ形状の改良
- 振りやすさを重視した設計
失敗作であっても、そこから得られる教訓は貴重だった。砕骨鎚の開発経験は、今後の武器開発において重要な参考データとなる。
夜間営業を終えた工房で、クラルは一人静かに作業を続けていた。獣砕きの製作、穿孔槍の設計、薄刃包丁の試作。様々な武器が工房の片隅に並んでいる。
それぞれの武器に、異なる思想が込められている
獣砕きは実用性と効率性の追求。穿孔槍は特化性能の極限追求。薄刃包丁は機能美の追求。全く異なるアプローチだが、いずれもクラルの設計思想が反映されていた。
「武器とは、使用者の意志を体現するものだ」
彼は鉄材を手に取りながら呟いた。鉄という無機物に、人間の意志と技術が込められることで、武器は生命を宿す。
鉄に宿る意志こそが、武器の真の価値
外見の美しさや伝統的な様式も重要だが、それ以上に大切なのは使用者の意志を実現する機能だった。クラルの武器は地味かもしれないが、確実に使用者の意志を反映している。
咬鉄亀狩りが軌道に乗り、新商品の開発も順調に進む中、クラルは次の段階を考え始めていた。
狩猟から得られる素材の可能性をさらに追求したい
咬鉄亀以外の魔獣にも目を向け始めていた。異なる特性を持つ魔獣の素材を研究することで、新しい武器や道具の開発につながるかもしれない。
そして、冒険者たちのニーズをより深く理解する必要がある
夜間営業を通じて、様々な冒険者と接することで市場のニーズを把握していた。しかし、まだ表面的な理解に留まっている。より深いレベルでの顧客理解が、次なる革新への鍵となるだろう。
工房の外では、王都の夜が静かに更けていく。しかし、小さな鍛冶屋の中では、新たな可能性を追求する職人が、鉄に意志を込めて黙々と作業を続けていた。
鉄は意志を宿し、意志は鉄を変える
クラルの挑戦は、まだまだ続いていく。