偽りの理想郷 ネオニッポン:悪魔の真意
深夜2時:ネオニッポン最深部
学園の地下深くに設けられた悪魔専用の会議室で、5体の上級悪魔が集まっていた。部屋の壁面には、グランベルク王国との戦況を示す巨大な魔法スクリーンが映し出されている。
「諸君、戦況報告だ」
アスモデウス・ドミニオン(元教皇ピウス・ザ・ジャスト)が、人間の姿を捨てて本来の悪魔の姿で椅子に座っていた。深紅の肌に黒い翼、威厳に満ちた表情は完全に悪魔のそれだった。
「うーん...」
アスモデウスが魔法スクリーンの戦況データを眺めながら、やや退屈そうに呟いた。
「威力偵察のために少し多めに戦士を投入しただけで、あっという間に疲弊してしまいましたね」
「人に対して慈悲深いということで、子連れで行かせてみたらこの様です」
アスモデウスが画面に映るグランベルク王国の疲弊状況を指差した。
- 神聖近衛隊稼働率:60%
- 国家予算の軍事費圧迫:80%
- 収容施設の限界突破
- 住民の精神的疲労
「あっけないものです」
アスモデウスが肩をすくめた。
「我々が本気を出すまでもなく、グランベルクは瓦解しますね」
「素晴らしい結果ですね、アスモデウス様」
ベリアル・ナレッジ(元カーディナル・オカルティクス)が賞賛した。
「人間の慈悲深さを逆手に取った作戦は、完璧でした」
「確かに効果的だ」
マルファス・ウォーリア(元カーディナル・インクイジション)も同意した。
「特に子供連れでの攻撃は、敵の戦闘能力を大幅に削いでいる」
しかし、アスモデウスの表情は必ずしも満足そうではなかった。
「しかし、せっかく現世に受肉を果たし、150万人分の寿命分活動できるというのに...」
アスモデウスが深いため息をついた。
「こんなにも早く契約完了してしまうなんて、勿体無い!」
この言葉に、他の悪魔たちも考え込んだ。
「確かに」
バエル・クリエイター(元大司教アルケミスタ)が頷いた。
「当初は数十年かかると予想していた作戦が、数ヶ月で完了してしまいそうです」
「我々の現世滞在時間を考えると...」
パイモン・ヒーラー(元修道院長ネクロマンシア)が補足した。
「もう少し『楽しむ』余裕があってもよいのでは?」
アスモデウスが立ち上がり、部屋を歩き回りながら考えた。
「そうですね...もう少し、この現世での『生活』を満喫したいものです」
「提案があります」
アスモデウスが他の悪魔たちを見回した。
「自由意志に任せて、体よくグランベルクに勝手に攻撃してもらって、あとは放置しましょう」
「放置、ですか?」
ベリアルが確認した。
「はい」
アスモデウスが邪悪な笑みを浮かべた。
「現在向かっている戦士たちも、全員引き下げです」
「我々は直接的な指示を止め、彼らの『自主性』に任せるのです」
「代わりに」
アスモデウスが新しい計画を説明し始めた。
「ネオニッポンを、より『充実した』施設に改造しましょう」
「どのような方向性でしょうか?」
マルファスが興味深そうに尋ねた。
「人間の魂を、より効率的に『育成』する施設です」
アスモデウスの目に、より深い邪悪さが宿った。
「戦争は所詮、魂の粗雑な収穫方法に過ぎません」
「我々には、もっと洗練された方法があるはずです」
「そうそう」
アスモデウスが思い出したように言った。
「先日呼び出した『魅惑の悪魔』に指示を出しましょう」
「サキュバス・エンチャントレス様ですね」
パイモンが確認した。
「はい。彼女に、新しい役割を与えます」
アスモデウスが指示内容を説明した。
「人間たちを『飼育』し、魂を『吟味』する場としてネオニッポンを再構築します」
アスモデウスの計画は、戦争よりもさらに恐ろしいものだった。
新しいネオニッポンの目的
- 戦士養成から魂の品質向上へ
- 量より質を重視した魂の収穫
- 長期的な人間の『栽培』
- より洗練された悪魔的快楽の追求
「具体的には?」
ベリアルが詳細を求めた。
「恋愛、結婚、出産、育児...」
アスモデウスが指を折りながら説明した。
「人間の最も美しい感情を、最大限に引き出す」
「そして、その純粋な愛情を我々の糧とする」
「戦争による粗雑な魂の収穫ではなく、愛情による上質な魂の栽培です」
「エンチャントレス」
アスモデウスが魔法陣を通じて、美しい女性悪魔を呼び出した。
「はい、アスモデウス様」
絶世の美女の姿をした悪魔が現れた。
「新しい任務を与えます」
「承ります」
「まず、現在グランベルクに向かっている戦士たちを、すべて呼び戻してください」
アスモデウスが指示した。
「理由は『緊急事態のため学園への帰還命令』とでも言っておけば良いでしょう」
「承知いたしました」
エンチャントレスが頭を下げた。
「魅惑の魔法で、彼らの心に『故郷への想い』を強く植え付けます」
「愛する家族や仲間が待つネオニッポンへの帰還欲求を、抑えがたいものにしてみせましょう」
「素晴らしい」
アスモデウスが満足そうに頷いた。
「それが済んだら、ネオニッポンの人間たちを、より『幸福』にしてください」
「恋愛を深化させ、家族愛を強化し、友情を美化する」
「そして、その美しい感情を我々の糧として吸収する」
「素晴らしい任務ですね」
エンチャントレスが艶やかに微笑んだ。
「人間の幸福を演出しながら、魂を収穫する...」
「まさに私の得意分野です」
「我々は急ぐ必要がありません」
アスモデウスが他の悪魔たちに説明した。
「150万人分の寿命があるのですから、200年でも300年でも現世に滞在できます」
「その間に」
アスモデウスが壮大な計画を語った。
「地球全体から最高品質の人間を集め、最高品質の魂を栽培する」
「ネオニッポンを、悪魔界における最高級の『農場』とするのです」
「では、グランベルク王国はどうしますか?」
マルファスが確認した。
「放置です」
アスモデウスがあっさりと答えた。
「既に戦士たちは十分に洗脳されています」
「彼らは我々の指示がなくても、『自主的に』戦い続けるでしょう」
「そして、グランベルクは徐々に疲弊していく」
「時間が解決してくれます」
即日実行される変更
- 戦士派遣の即座停止
- 既存戦士の自主判断への移行
- ネオニッポンの娯楽施設化
- サキュバスによる幸福度向上プログラム
「皆さん、新しい『楽園』の建設を始めましょう」
アスモデウスが他の悪魔たちに呼びかけた。
「人間たちには、さらに幸せになってもらいます」
「そして、我々はその幸せを糧として、さらに強大になる」
「完璧な共生関係ですね」
他の悪魔たちが邪悪な笑いを浮かべた。
その夜、魅惑の悪魔エンチャントレスの魔法により、グランベルクに向かっていたすべての戦士たちに強烈な帰郷願望が植え付けられた。
グランベルク国境付近:第16次攻撃部隊
「あれ...なんだか急に...」
800名の戦士団を率いていた指揮官、田中雄介(18歳)が突然足を止めた。
「故郷が恋しくなってきた...」
「指揮官、どうしたんですか?」
部下の戦士が心配そうに尋ねた。
「僕も...なんだか妻の顔が見たくなって...」
別の戦士も同じような感情を口にした。
「子供たちは元気にしてるかな...」
「ネオニッポンのみんなに会いたい...」
戦士たちの心に、抗えない故郷への想いが湧き上がった。
魅惑魔法の詳細効果
- 家族への愛情の強化
- 故郷への郷愁の増大
- 戦争への意欲の減退
- 平和な日常への憧憬
「そうだ...」
田中指揮官が決断した。
「一度、ネオニッポンに帰ろう」
「家族と相談してから、また戦略を練り直そう」
「そうですね」
部下たちも同意した。
「愛する人たちと離れて戦うより、みんなで話し合って決めた方がいい」
「正義のための戦いに、焦る必要はありませんもんね」
こうして、800名の戦士団は自主的にネオニッポンへと引き返していった。
同じ夜、グランベルクに向かっていた他のすべての部隊でも、同様の現象が起きていた。
第17次攻撃部隊(600名)
第18次攻撃部隊(700名)
第19次攻撃部隊(550名)
合計2,650名の戦士たちが、一斉にネオニッポンへの帰還を決断した。
「家族が一番大切だ」
「みんなで幸せに暮らそう」
「戦争より、愛する人との時間を大切にしたい」
エンチャントレスの魔法は完璧に機能していた。
翌朝、すべての戦士団の帰還報告を受けたアスモデウスは、深い満足を感じていた。
「完璧です、エンチャントレス」
「ありがとうございます」
エンチャントレスが微笑んだ。
「人間の愛情は、実に操りやすいものですね」
「その通りです」
アスモデウスが窓の外の平和なネオニッポンを眺めた。
「これから、彼らには最高の幸福を提供しましょう」
「そして、我々は最高品質の魂を収穫する」
「人間の楽園が、悪魔の農場となる...」
「なんと美しい皮肉でしょうか」
遠いグランベルク王国では、レイモンドによる本格的な調査が開始され、ついに悪魔たちの正体が暴かれようとしていることを、悪魔たちはまだ知らなかった。




