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冒険者適性Aランク でも俺、鍛冶屋になります  作者: むひ
アシェルの章

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盤上の遊戯139:二つの悲劇の融合

素材の選別


「――さあ、始めようか。最高の悲劇を創造するための、最初の素材融合を」


アスモデウスは、『逆転の書』の力を使い、新たな、そして最も悪趣味な実験を開始した。

彼の命により、パンデモニウムの地下深くにある、黒曜石でできた巨大な錬金術の実験室に、二つの「素材」が運び込まれた。


一つは、光の要塞から逃げ遅れ、捕虜となった熾天使ガブリエル。彼の純白の翼は黒く焼け焦げ、光で編まれた鎧は無惨に砕け散っている。最も気高く、最も絶望しているその瞳には、「神に見捨てられ、秩序は敗北した」という、天使にとって死にも等しい絶望が、深く、深く宿っていた。


そしてもう一つが、遠隔操作によって召喚された**「紫の帳の娘」の怨念の核**。アシェルの姿をかたどったその巨大な黒い影は、アスモデウスが埋め込んだ「汚染された聖痕」によって動きを封じられ、無力なまま祭壇の中央に浮かんでいる。その魂からは、変わることのない、世界への拒絶の悲しみが溢れ出していた。


「素晴らしい素材だ」

アスモデウスは、二つの対照的な絶望を前にして、恍惚とした表情を浮かべた。

「片や、世界に拒絶され続けた少女の、純粋な『悲しみ』の結晶。片や、信じていた秩序に裏切られた天使の、高潔な『絶望』の結晶。……フフフ、この二つの全く異なる悲劇を混ぜ合わせれば、一体どのような、筆舌に尽くしがたい、美しい『色』が生まれるのか……」


冒涜の儀式


彼は、祭壇の前に立つと、『逆転の書』に記された最も禁断の術式の一つ――魂魄融合の章――を、荘厳なオペラを歌い上げるかのように詠唱し始めた。


「ぎゃあああああああああっ!」


最初に悲鳴を上げたのは、ガブリエルだった。彼の聖なる魂が、その肉体から、まるで背骨を引き抜かれるかのように、強引に引き剥がされていく。光の粒子となって輝く彼の魂は、しかし、もはや純粋な白色ではなく、絶望によって灰色に濁っていた。


アスモデウスは、その魂を、躊躇いなく**「紫の帳の娘」の怨念の核へと、ねじ込んでいく**。


「オオオオオオオオオオオッ!!!!」


今度は、「紫の帳の娘」が、宇宙そのものが引き裂かれるかのような、絶叫を上げた。彼女の純粋な憎悪の塊の中に、全く異質な「秩序」と「正義」という概念が、灼熱の鉄のように注ぎ込まれたのだ。


相反する二つの魂――「拒絶された悲劇」と「裏切られた正義」――が、一つの器の中で、互いを喰らい、拒絶し、そして混じり合おうとして、激しく衝突する。その想像を絶する苦悶の叫びが、実験室全体を激しく震わせた。光と闇が混じり合い、聖歌と呪詛が同時に聞こえる、狂気の光景だった。


新たなる脅威の誕生


数時間後。絶叫は収まった。後に残された「それ」は、もはや「紫の帳の娘」ではなかった。


巨大な黒い影の姿はそのままだったが、その表面には、かつての天使の翼の名残であるかのような、ひび割れた光の羽が無数に生え揃い、禍々しい光を放っている。そして、顔があったはずの虚無の穴には、一つの、巨大な「目」が開いていた。その瞳は、憎悪の赤でも、絶望の灰色でもない。秩序と混沌が混じり合った、見る者の正気そのものを奪う、虹色の、狂った光を湛えていた。


アスモデウスの非道な実験は、成功したのだ。

アシェルの怨念に、天使の「秩序」と「正義感」という新たな要素が加わることで、脅威はさらに複雑で、予測不可能なものへと変質していた。


新しい怨念の化身は、もはや単に人間を憎むだけではない。

彼女それは、**「間違った世界そのもの」を憎み始めた。不完全な人間、秩序を失った悪魔、そして何よりも、「自らを救わなかった神(秩序)」**を、正義の名の下に「断罪」しようとする、歪んだ執行者へと変貌したのだ。


盤上の駒の変質


「素晴らしい……。素晴らしいぞ!」

アスモデウスは、自らが創り出した新しい芸術品を前に、手を叩いて歓喜した。

「悲劇のヒロインが、ついに自らの正義を手に入れた!これで物語は、より一層、面白くなる!」


「聖杯が穢れる」という宗教的なモチーフ。アシェルの純粋な悲しみという聖杯に、天使の絶望という毒が注がれたことで、彼女は救いようのない、そして誰にも止められない、契約の非可逆性と絶望的な結果を視覚的に表現する、絶対的な存在となった。


この新しい脅威の誕生は、アスモデウスの遊戯を、さらに混沌とした、予測不能なステージへと押し上げる。物語は、善悪の彼岸を超えた、絶対悪同士の、美しくも無慈悲な殺戮の最終章へと、その駒を進めていく。

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