天魔大戦135:悪魔の好奇心と禁断の書
もう一つの戦場
天使軍の崩壊という、壮大なスペクタクルが繰り広げられる、その裏側で。一人の悪魔が、主のもう一つの、より重要な密命を遂行すべく、静かに行動していた。知恵の悪魔、ベリアルである。彼の戦場は、光と闇が衝突する物理的な空間ではない。因果と情報が複雑に絡み合う、より高次の次元にあった。
アスモデウスは、この世界の悲劇の元凶となった「紫の帳の娘」の精神を解析する過程で、彼女の魂の最も深い場所に刻まれた、ある**特異な「傷跡」**の存在に気づいていた。それは、サイラスという人間の手によって人為的に刻み込まれた、因果律そのものを歪める呪詛の痕跡だった。
「……面白い。この悲劇は、単なる偶然の産物ではない。明確な『設計図』が存在するようだ。ベリアルよ、その設計図の原本を、我が元へ持ってこい」
彼の目的は、この混沌とした戦場のどこかに眠る、全ての元凶となった『ある物』の確保。
因果の糸を辿って
ベリアルは、主の密命を受け、独自の行動を開始していた。彼は、自らの膨大な魔力を解放し、時間の流れそのものにアクセスした。過去、現在、未来に散らばる情報の粒子の中から、ただ一つのキーワード――「サイラス」と「逆転」――に関連する因果の糸を手繰り寄せていく。それは、宇宙規模の図書館から、たった一冊の本を探し出すような、途方もない作業だった。
やがて、彼はその糸の終着点を特定した。旧グランベルク王立学園の地下深く、サイラスが秘密の研究拠点としていた、あの忘れ去られた遺跡。
ベリアルが魔法の力でその遺跡に転移した時、そこはサイラスが仕掛けた、数多の偽情報と、悪意に満ちた罠で満ちていた。空間転移の座標を狂わせる次元の罠、侵入者の最も辛い記憶を再生する幻覚の結界、そして、触れた者の知性そのものを奪い去る、思考略奪の呪詛。サイラスは、自らの研究の聖域を、誰にも汚されぬよう、完璧な迷宮へと変えていたのだ。
だが、ベリアルは悪魔界でも屈指の知恵者。彼は、サイラスのちっぽけな罠を、まるで子供が仕掛けた悪戯を解き明かすかのように、一つ一つ、冷静に、そして楽しみながら解除していった。
「……フン。人間の知恵も、ここまで来たか。才能は認めるが、まだまだ詰めが甘いな。この程度の罠で、我が思考を止められるとでも思ったか」
禁断の発見
そして、遺跡の最も奥深く、崩れかけた祭壇の下に隠された秘密の石室で、彼はついにそれを発見した。
それは、サイラスが心血を注いで制作し、そして因果の渦の中で一度は失われたはずの、**本物の『逆転の書』**であった。その象牙の表紙はひび割れ、白金の装飾も一部が剥落し、かつての荘厳な輝きは失われていた。だが、その内部に込められた、時空を歪める禍々しい力は、全く衰えることなく、むしろこの混沌の時代に共鳴するかのように、より濃密なオーラを放っていた。
「……これか。全てを狂わせた、始まりの楽譜は」
ベリアルは、その禁断の書を、恭しく手に取った。そして、アスモデウスが待つ、万魔殿の玉座へと帰還した。
黒幕の手に渡るキーアイテム
「我が主よ。お求めの品を、持ち帰りましてございます」
ベリアルが、その禍々しい書をアスモデウスの元へと献上した。
「……よくやった、ベリアル」
アスモデウスは、玉座から立ち上がり、その禁断の書を、まるで長年探し求めていた秘宝を手に入れた考古学者のように、愛おしそうに受け取った。彼は、そのページを、指先で、まるで愛しい恋人の肌を撫でるかのように、ゆっくりとめくり始めた。
「素晴らしい……。実に素晴らしい理論だ。人間の憎悪というものは、これほどまでに、美しく、そして破壊的な芸術を生み出すものなのか」
物語の根幹をなす最大のキーアイテムが、ついに、この世界の真の黒幕であるアスモデウスの手に渡った。それは、この地獄絵図の終幕を意味するものではなかった。それは、新たな、そしてより予測不可能なサスペンスの始まりを告げる、不吉な鐘の音であった。
アスモデウスは、この禁断の玩具を手にして、一体、何を始めようというのか。彼の、悪魔的な好奇心と、クラルの肉体に宿る創造の力が組み合わさった時、世界は、これまでに経験したことのない、全く新しい次元の「遊戯」の舞台へと、作り変えられてしまうのかもしれない。物語は、最後の、そして最も危険な幕を開けようとしていた。




