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冒険者適性Aランク でも俺、鍛冶屋になります  作者: むひ
アシェルの章

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三つ巴のハルマゲドン125:憎悪の玉座

ミカエルとサタンという、二つの巨大な駒を盤上に動かすための布石を打ち終えたアスモデウスは、次なる一手として、誰も予想し得なかった行動に出た。彼は、自らの居城パンデモニウムを離れ、単身、怨念の渦巻く魔郷の中心核へと、その歩を進めたのである。


彼の周りでは、側近のベリアルやマルファスが必死に制止しようとした。

「お待ちください、我が主よ!あの場所は、我ら悪魔にとっても危険すぎます!」

「怨念の精神汚染は、サタン様の軍勢でさえ手を焼いているのですぞ!」


だが、アスモデウスは、彼らの忠告を、まるで心地よいBGMのように聞き流した。

「心配するな。私は、戦いに行くのではない。ただ、対話をしに行くだけだ。この劇の、もう一人の主役とな」


彼は、強大な魔力で、行く手に群がる怨念の魔物たちを、殺すのではなく、ただ優しく退けながら、進んでいく。彼が通る道では、怨念たちは、まるで王の行列を前に道を開ける民のように、畏怖の念をもって左右に分かれていった。


憎悪と絶望の空間


数時間後。彼はついに、魔郷の絶対的な中心、かつてアシェルが生まれ、そして殺された、あの始まりの村の跡地へとたどり着いた。


そこは、アスモデウスのような大悪魔でさえも、思わず息を呑むほどの、異様な空間だった。

物理法則は完全に崩壊し、赤黒い空には、アシェルが最後に見たであろう、数百万の死者たちの断末魔の表情が、巨大なオーロラとなって絶えず明滅している。大地は黒い水晶と化し、その亀裂の至る所から、紫色の涙のような液体が、とめどなく湧き出ていた。


そして何より、この空間を満たしているのは、純粋な憎悪と絶望だけが存在する、絶対的な精神汚染の嵐だった。喜びも、希望も、愛さえも、この場所では存在を許されない。全ての肯定的な感情は、この空間に触れた瞬間に、憎しみと悲しみに反転させられてしまう。


(……なるほど。これは、確かに……息が詰まるな)

アスモデウスは、自らの魂にまとわりついてくる、重く、冷たい絶望の気配を感じながら、少しだけ楽しそうに呟いた。


アシェルの残滓との対峙


その空間の中心に、「紫の帳の娘」が鎮座する、黒水晶の玉座はあった。巨大な黒い影と化した彼女は、玉座に深く腰掛け、虚ろな瞳で、何も映さない空間を見つめている。


アスモデウスは、ゆっくりと、その玉座へと近づいていった。


『……誰だ……』

黒い影から、声にならない声が、アスモデウスの魂に直接響いた。『……我の、悲しみを、邪魔する者は……』


「我は、アスモデウス。この世界の、新しい支配者だ」

アスモデウスは、礼儀正しく、しかし傲然と名乗った。


ついに、アシェルの残滓と、アスモデウスが直接対峙する。

物語の元凶である「アシェルの怨念」と、新たな主人公アンチヒーローであるアスモデウスが、初めて直接言葉を交わす、緊張感に満ちた場面だった。


『……支配者……?』

黒い影は、嘲笑うかのように、その輪郭を揺らめかせた。『……この世界に、支配するものなど、何もない。あるのは、ただ、終わりのない、悲しみだけだ……』


二つの絶対悪


「美しい哲学だ」アスモデウスは、心から感心したように言った。「だが、君の悲しみは、少々単調すぎる。もっと、劇的な展開が必要だとは思わんかね?」


『……何を、言っている……?』


「私はね、君を、私の劇の、最高の女優として、スカウトしに来たのだよ」

アスモデウスは、芝居がかった仕草で、手を差し伸べた。

「私と手を組まないか?この退屈な世界の終焉を、史上最も美しく、最も壮絶な悲劇として、共に演出しようではないか」


黒い影は、沈黙した。彼女の怨念が、いかに強大で、純粋であるか。それは、アスモデウスのこの冒涜的な提案にさえ、一切揺らぐことなく、ただ絶対的な憎悪の波動を放ち続けていることからも、明らかだった。


『……消えろ』

黒い影から放たれた憎悪の波動が、アスモデウスの身体を貫いた。通常の悪魔であれば、その魂は一瞬にして砕け散っていただろう。


「……ククク。手厳しい挨拶だ」

アスモデウスは、クラルの肉体が持つ神聖なオーラでその攻撃を相殺しながら、笑った。「よろしい。交渉決裂、というわけか。……ならば、こちらも、少しばかり『舞台装置』を動かすまでだ」


最後の交渉


アスモデウスは、去り際に、最後の一言を投げかけた。

「――サタンが、お前の元へと向かっている。天使の長ミカエルもまた、間もなくだろう。せいぜい、彼らとの舞踏を愉しむがいい。……そして、もし、そのどちらにも飽いたなら、いつでも私を呼ぶがいい。君に、本当の『絶望』の愉しみ方というものを、教えてやるからな」


そう言うと、アスモデウスは闇の中へと消えていった。彼は、怨念の化身が、自らの計画の駒となることを、拒絶しないと確信していた。なぜなら、彼女の憎悪の根源にあるのは、「独り」であったことの絶望だからだ。いずれ、彼女は他者との「関わり」を、たとえそれが破滅への道であったとしても、求めるようになるだろう、と。


物語は、ついに三人の絶対悪――アスモデウス、サタン、そして怨念の化身――が、互いの存在を完全に認識し、それぞれの目的のために動き始める、最終局面へと突入した。その最初の衝突の地は、この憎悪の玉座となるであろう。

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