三つ巴のハルマゲドン123:終焉の円舞曲(ワルツ)
王の降臨、混沌の統制
ゲヘナゲートから溢れ出した魔界の増援によって、戦場のパワーバランスは大きく揺らいでいた。天使軍の前に立ちはだかったのは、もはや統制の取れていない烏合の衆ではない。混沌とした破壊衝動の奔流の中に、一つの絶対的な「意志」が君臨したのだ。
大陸中央、一夜にして隆起した「憤怒の玉座」の頂に、魔王サタンが、ついにその完全な姿を現した。彼は、自らの眷属である魔神族の軍勢を従え、破壊そのものを芸術へと昇華させるかのような、恐るべき猛攻を開始した。
「――奏でよ、破壊の交響曲を!」
サタンの号令一下、数百体のタイタンたちが、その山のような巨腕を大地に叩きつける。その一撃は、大地を砕き、天使たちが築いた聖なる結界に巨大な亀裂を生み出した。悪魔サイドに絶対的な「王」が君臨したことで、彼らの攻撃は、単なる暴力から、意志ある「戦略」へと変貌を遂げたのだ。
終わりのない消耗戦
戦いは、数ヶ月に及び、壮絶な消耗戦となった。 旧カストラムを中心とした大陸中部は、もはや地獄そのものだった。
天使は悪魔を、その神聖な光で焼き、浄化する。
純白の翼を持つ熾天使の編隊が空を舞い、光の雨を降らせる。光に焼かれた下級悪魔たちは、断末魔の叫びと共に灰と化していく。彼らにとって、この戦いは穢れを払うための、神聖な義務であった。
しかし、悪魔は天使を、その禍々しい魔力で堕とし、汚染する。
タイタンたちが投げつけた魔界の岩石は、天使たちの光の鎧に触れた瞬間、それを黒いクリスタルのように変質させ、その動きを封じる。捕らえられた天使は、魔界の呪詛を浴びせられ、その純白の翼を、絶望の黒色へと染められていく。
そして、その両者の間で、怨念は、両軍の戦いで疲弊した兵士たちの魂を、漁夫の利を得るかのように喰らう。
天使が悪魔を浄化した瞬間に残る、力の残滓。悪魔が天使を堕落させた時に生まれる、苦悶のエーテル。それら全てが、戦場を漂う怨念の魔物たちにとって、極上の糧食となった。彼らは、直接的な戦闘には加わらず、ただ、二つの巨大な勢力が繰り広げる殺戮の宴のおこぼれを、貪欲に啜り続けていた。
加速する世界の崩壊
終わりの見えない三つ巴の戦いは、世界の崩壊を、さらに、そして決定的に加速させていく。
天使の浄化の光は、悪魔だけでなく、大地に残る僅かな生命力さえも焼き尽くし、世界を完全な不毛の地へと変えていった。
悪魔の破壊は、物理法則の歪みをさらに助長し、時空の亀裂を大陸の至る所に生み出した。
そして、怨念が喰らう魂は、この世界を構成していたエーテルの絶対量を減少させ、宇宙そのものを、緩やかな、しかし確実な熱的死へと向かわせていた。
パンデモニウムの玉座で、アスモデウスは、もはや退屈していなかった。彼の目の前で繰り広げられているのは、彼自身でさえ筋書きを予測できない、壮大で、自己破壊的な叙事詩だったからだ。
「……素晴らしい。実に素晴らしいではないか」
彼は、ワイングラスを片手に、恍惚として呟いた。「光も闇も、悲しみも怒りも、全てが等しく互いを喰らい合い、そして全てが等しく『無』へと還っていく。……これぞ、宇宙の、真の美しさかもしれんな」
絶望の膠着状態
この地獄には、もはや勝者も敗者もいない。ただ、終わりのない消耗戦の泥沼があるだけだった。
天使が一体倒れれば、悪魔もまた一体倒れる。そして、その二つの魂を糧として、怨念の魔物が一体生まれる。それは、プラスマイナスゼロの、永遠に続く殺戮の円舞曲だった。
三つ巴の戦いが膠着状態に陥り、世界全体が破滅へと向かっている、この絶対的に絶望的な状況。
もはや、いかなる英雄も、いかなる神も、この狂った円舞曲を止めることはできないかに見えた。
だが、物語は、まだ最後のカードを、隠し持っていた。
この三つの巨大な「悪」の、そのいずれにも属さない、第四の存在。自らの王国を、自らの民を、そして自らが愛した世界を奪われた、一人の、最後の「人間」の王。
彼の魂の中で眠る、もう一つの「王」が、この混沌の舞台に、最後の幕引きを告げるために、静かに、その目覚めの時を待っていた。世界の崩-壊は、最終章へと向けて、その速度を上げていく。




