即位3年目:王としての威厳を示す時
ステータス測定の結果が王国全体に知れ渡った秋の夕暮れ、クラル・グランベルク王は王宮の武器庫で一人、懐かしい武器たちと再会していた。
「久しぶりだな...」
王宮の地下深くに設けられた特別武器庫には、クラルが過去に製作したが、多忙により実戦で使用する機会のなかった武器たちが静かに保管されていた。
獣砕き(じゅうくだき)
- 全長:120センチメートル
- 重量:8キログラム
- 特徴:刃なし、打撃専用設計
- 製作時期:冒険者時代(20歳)
- 使用歴:長年愛用した最も慣れ親しんだ相棒
ドラゴンブレイカー
- 全長:150センチメートル
- 重量:12キログラム
- 特徴:六角棍棒+突起構造
- 製作時期:冒険者時代(21歳)
- 使用歴:製作後、実戦未使用
斬馬刀:鉄鬼
- 全長:3.5メートル
- 重量:70キログラム
- 特徴:東方式長刀、流動重心術専用
- 製作時期:農業大臣時代(24歳)
- 使用歴:製作後、実戦未使用
究極ハンマー
- 全長:ハンマー部200cm+持ち手150cm+鎖300cm
- 総重量:325キログラム
- 特徴:一撃必殺武器、工房の展示品
- 製作時期:工房経営時代(25歳)
- 使用歴:工房で展示中、実戦未使用
クラルの心の中には、複数の想いが交錯していた。
「久しぶりに、これらを実戦で使ってみたい」
技術者としての純粋な欲求。自分が製作した武器の真の性能を確かめたいという職人魂。
「そして...国民に示すべきことがある」
王としての責任感。国民に真の強さとは何かを教える義務。
「ステータスの数値だけが強さではないということを」
最近の国民の間に広がりつつあった、ステータス偏重の風潮への懸念。
「古龍討伐に向かわれると?」
王宮の私室で、1歳8ヶ月になったアレクサンダー王子を膝に抱きながら、エリザベスは複雑な表情で尋ねた。
「はい。ただし、理由は一つではありません」
クラルは正直に答えた。
「まず第一に、純粋に技術者として、自分が作った武器を実戦で使ってみたいのです」
「特に、まだ実戦で使ったことのない武器たちを。ドラゴンブレイカー、斬馬刀、そして究極ハンマー」
クラルの瞳には、少年のような純粋な期待が宿っていた。
「第二に、王として国民に威厳を示す必要があります」
クラルの表情が引き締まった。
「先日のステータス測定により、我が国民の能力は世界最高レベルであることが判明しました。しかし、その一方で我々の王がどれほど強いのか、実際に目で見て確認したいという声も上がっています」
「確かに、陛下の実戦能力を直接見たことのある国民は少ないですね」
エリザベスは理解した。クラルが王になってからは、大規模な戦闘に参加する機会がほとんどなかった。
「そして第三に、最も重要な教訓を示したいのです」
クラルは力を込めて続けた。
「ステータスの数値だけが強さではないということを」
「最近の国民の間に、ステータス偏重の傾向が見られます」
クラルは心配そうに続けた。
「確かに、魔獣食の効果で全国民の基礎能力は向上しました。しかし、それに満足して技術や知識の習得を怠る者が出始めています」
エリザベスも同様の懸念を抱いていた。
「体力Sランクだから強い、魔法力Bランクだから優秀、という短絡的な思考ですね」
「その通りです」
クラルは頷いた。
「私のステータスを見てください。体力S、攻撃力S、防御力A。確かに高い数値です。しかし、それだけでは325キロの究極ハンマーは扱えません」
「流動重心術があってこそ、ですね」
「まさにそうです。流動重心術という、物理学を徹底的に追求した技術があってこそ、あの重量の武器を羽毛のように扱えるのです」
クラルは窓の外を見つめながら続けた。
「重力というものを、固定的な下向きの力として捉えるのではなく、水と同様の流動的な力として理解する。武器の重量を、操作可能な要素として扱う。これらはすべて、知識と技術の産物です」
「国民にそれを実際に見せたいのですね」
「はい。325キロの武器を扱えるのは、体力Sランクだからではなく、流動重心術という技術があるからだということを」
「また、政治的な側面も無視できません」
クラルは現実的な判断も述べた。
「我が国の国民は全員が驚異的な能力を持つことが世界に知れ渡りました。しかし、その国民を統治する王がどれほど強いのか、世界は注目しています」
「外交上の観点からも重要ですね」
エリザベスは理解した。
「超人国家グランベルクの王として、それに相応しい実力を示す必要があります」
「そうです。古龍を単独で討伐することができれば、我が国の王の威厳は確実に世界に知れ渡るでしょう」
「それは他国への抑止力にもなりますね」
「まさにその通りです。グランベルクに手出しをすれば、古龍を倒す王が相手になる。それだけで十分な抑止効果があります」
「しかし」
クラルは微笑んだ。
「政治的な計算や教育的な目的を抜きにしても、単純に武器を使いたいのです」
「武器を?」
「特に、究極ハンマーは3年間も工房で展示されているだけでした。金貨2000枚の値札が付いていますが、事実上インテリアになっています」
クラルの表情に、技術者としての情熱が宿った。
「あの武器は使われるために作られました。展示品として終わらせるのは、武器にとっても、製作者である私にとっても不幸なことです」
「技術者として、自分が作った武器の真の性能を確かめたい」
「その気持ちが一番強いのかもしれません」
エリザベスは夫の複雑な動機を理解した。純粋な職人魂、王としての責任感、教育者としての使命感。すべてが混在した、クラルらしい決断だった。
「ただし、完全に単独というわけにはいきません」
クラルは現実的な判断を下した。
「特に究極ハンマーの運搬には、専門的な支援が必要です。また、この歴史的瞬間を正確に記録し、後世に伝える必要もあります」
325キロという重量は、クラル一人では運搬不可能だった。
「どのような方々を?」
「最高レベルの冒険者たちです。ただし、戦闘には一切参加させません」
遠征チームの役割分担
1. 武器運搬担当:325キロの究極ハンマーの安全な輸送
2. 記録・証言担当:戦闘の全過程を記録し、後に証言する
3. 救援担当:万一の際にクラル王を救出する
4. 警備担当:周辺の安全確保と情報収集
「戦闘そのものは私一人で行います」
クラルは強調した。
「技術の力を証明するという目的のため、また王の威厳を示すため、これは絶対に譲れません」
精鋭チームの選定
キャプテン・レイモンド・ジャスティスハート(チームリーダー)
- 年齢:47歳
- 経歴:伝説のSランク冒険者、現聖鉄規訓院院長
- 称号:「正義の剣」
- 役割:全体指揮、緊急時救援
「レイモンドなら、私の意図を完全に理解してくれるでしょう」
クラルは信頼を込めて言った。
「彼も技術と経験の重要性を理解している人物です」
マスター・ガルバン・アイアンフィスト(運搬専門)
- 年齢:41歳
- 経歴:元Sランク冒険者、現聖鉄規訓院訓練主任
- 特技:格闘術、重量物運搬
- 役割:究極ハンマー運搬の専門家
「ガルバンの筋力なら、究極ハンマーの運搬も安全に行えます」
アーチメイジ・セレスティン・アルカナム(記録専門)
- 年齢:63歳
- 経歴:王国最高位魔法使い、グランベルク招聘学者
- 特技:分析魔法、記録魔法
- 役割:戦闘の完全記録、技術分析
「セレスティンの記録魔法により、戦闘の全過程が完璧に保存されます」
「これにより、後に国民への教育材料としても活用できるでしょう」
キャプテン・ソーン・ナイトホーク(警備専門)
- 年齢:37歳
- 経歴:元Aランク冒険者、現聖鉄規訓院警備主任
- 特技:偵察、隠密行動
- 役割:周辺警戒、情報収集
「ソーンの偵察能力により、安全が確保されます」
「せっかくですから、手強い相手を選びましょう」
マーガレット統計局長が持参した資料から、クラルは迷わず最強の相手を選んだ。
雷電龍サンダーロー*
- 体長:48メートル
- 特徴:電撃攻撃、極高速移動
- 危険度:S++ランク
- 生息地:東方雷雲山脈
- 特記事項:討伐記録なし、史上最強の古龍
「これまで誰も倒したことのない相手だからこそ、真の実力を示すのにふさわしい」
クラルの判断に、チームメンバーも納得した。
「王の威厳を示すには、これ以上ない相手ですね」
レイモンドが同意した。
「そして、技術の力を証明するには、最も困難な相手こそふさわしいでしょう」
即位3年目の秋、クラル王は王宮大広間で重要な発表を行った。集まったのは主要閣僚、各地区代表、報道関係者など約500名。
「グランベルクの民よ」
クラルは王座から立ち上がり、威厳に満ちた声で話し始めた。
「私は古龍討伐に向かいます」
会場がざわめいた。
「この決断には、三つの理由があります」
第一の理由:技術者としての欲求
「純粋に、技術者として自分が製作した武器の性能を確かめたいのです」
「特に、まだ実戦で使用したことのない武器たちを。工房で3年間展示されている究極ハンマーを含めて」
第二の理由:王としての威厳
「我が国民の能力が世界最高レベルであることは証明されました。しかし、その国民を統治する王がどれほど強いのか、世界は注目しています」
「グランベルク王国の威厳を示し、他国への抑止力とするため、古龍討伐を行います」
第三の理由:教育的使命
「そして最も重要なのは、皆さんにお見せしたいものがあることです」
クラルは力を込めて続けた。
「ステータスの数値も重要ですが、それ以上に技術と知識が重要だということを」
「325キロの究極ハンマーを扱えるのは、体力Sランクだからではありません。流動重心術という、物理学を追求した技術があるからです」
「真の強さとは、ステータスの高さではなく、技術と知識の積み重ねから生まれるのです」
会場は深い静寂に包まれた。国民たちは、王の言葉の重要性を理解していた。
「王様自ら、私たちに範を示してくださる」
農民代表のトム・ミラーが感激していた。
「ステータスだけでなく、技術が大切だということを実際に見せてくださるのですね」
「これで技術学習の重要性が国民全体に広まるでしょう」
工房代表のマイケル・スキルハンドも期待を込めて語った。
「王様の流動重心術を間近で見られるなんて、技術者として最高の学習機会です」
「王様の戦いを見て、僕も技術を身につけたいです」
新世代冒険者のマックス・ヤングブレイドが目を輝かせていた。
「ステータスだけでなく、技術も磨かなければならないのですね」
純華女学院の生徒たちも関心を示していた。
「王様の戦いを記録した映像は、後に教材として使われるのでしょうか」
エミリー・ピュアハートが質問した。
「ぜひ学習したいです」
出発の朝、グランベルク全域から約3万人の国民が王宮前広場に集まった。これは単なる冒険ではなく、国家的な意義を持つ遠征だった。
特殊輸送車には、クラルの4つの武器が厳重に梱包されていた。特に究極ハンマーは、工房から初めて外に運び出される歴史的瞬間だった。
「ついに、究極ハンマーが実戦で使われるのですね」
工房の職人たちは感激していた。
「3年間、展示品だったあの武器が...」
「クラル様の手にかかれば、きっと奇跡を見せてくれるでしょう」
「グランベルクの民よ」
クラルは輸送車の前で最後の演説を行った。
「私は皆さんの代表として戦います」
「王として、我が国の威厳を示します」
「技術者として、真の強さとは何かを証明します」
「そして必ず、勝利して帰ってきます」
大きな歓声が上がった。
「クラル王万歳!」
「技術の力を世界に示してください!」
「我らが王に栄光あれ!」
5日間の慎重な移動
王都から雷電龍の生息地まで、約400キロメートルの道のり。重量のある究極ハンマーのため、慎重な移動となった。
道中、クラルは各武器を手に取り、感触を確かめながら、それぞれへの想いを語った。
「獣砕きは相変わらず手に馴染む」
最も長く使用してきた武器。20歳から現在まで、数え切れないほどの戦闘を共にした相棒だった。
「この武器で、どれだけの困難を乗り越えてきたことか」
レイモンドが感慨深げに呟いた。
「陛下の成長と共に歩んできた武器ですね」
「ドラゴンブレイカーは...4年越しの実戦デビューです」
製作してから一度も実戦で使ったことのない武器。しかし、設計者であるクラルには、その特性が手に取るように分かった。
「設計通りの性能を発揮してくれるでしょうか」
ガルバンが興味深そうに尋ねた。
「必ず期待に応えてくれるはずです」
クラルは自信を持って答えた。
「斬馬刀は、鉄鬼の遺産を受け継いでいます」
3.5メートルという長さは、戦術的に圧倒的な優位をもたらす。
「あの戦いがなければ、この武器は生まれませんでした」
クラルは感慨深げに刀身を見つめた。
「鉄鬼から学んだ技術が、ついに完成形となったのです」
「そして究極ハンマーは...」
325キロという重量を感じながらも、流動重心術により、確実に制御できることを確認した。
「3年間の展示期間を経て、ついに本来の姿を取り戻します」
「これこそが、技術の力の象徴です」
標高3000メートルの山頂付近、常に雷雲に包まれた断崖絶壁で、ついにクラルは目標を発見した。
遠くの岩山に横たわる巨大な影。それが動いた瞬間、周囲の空気が電気を帯び、髪が逆立つような感覚がチーム全員を襲った。
雷電龍サンダーロード
- 全長:48メートル
- 翼幅:80メートル
- 体重:推定300トン
- 特徴:全身が青白い電光に包まれ、動くたびに稲妻が迸る
「これは...想像以上だ」
その圧倒的な存在感に、クラルも一瞬息を呑んだ。古龍の全身を覆う青白い電光は、まるで生きた雷そのもののようで、見ているだけで目が眩むほどだった。
「陛下...あれが本当に古龍ですか?」
ガルバンの声が震えていた。これまで数々の強敵と戦ってきた元Sランク冒険者でさえ、その威容に圧倒されていた。
「まるで雷神の化身のようです」
ソーンが望遠鏡で観察しながら呟いた。
「動くたびに稲妻が走っています。近づくだけで感電しそうです」
「これほどの相手を討伐すれば、王の威厳は完璧に示されるでしょう」
レイモンドが感嘆した。
「そして、技術の力も最大限に証明されます」
「記録開始」
セレスティンが魔法装置を起動した。装置の水晶球が青白く光り、周囲の魔力を感知し始める。
「魔力反応が異常です。測定器の限界を超えています」
「この戦いの記録は、歴史的価値を持つでしょう」
「陛下、周辺は安全です」
ソーンが最終確認を行った。
「ただし、電撃攻撃の範囲は予想以上に広そうです。我々は相当離れた位置に退避する必要があります」
「分かりました。皆さん、500メートル後退してください」
クラルは冷静に指示を出した。
「記録に支障はありませんか?」
「問題ありません」
セレスティンが装置を調整した。
「この距離でも鮮明な記録が可能です」
「それでは、始めましょう」
クラルは深呼吸をして、最初の武器に手を伸ばした。
三つの目的を胸に
- 技術者として:武器の真の性能を確かめる
- 王として:国家の威厳を世界に示す
- 教育者として:真の強さとは何かを国民に教える
すべての想いを込めて、歴史的な戦いが始まろうとしていた。
最も信頼できる武器から
「まずは獣砕きから」
クラルは迷わず最初の武器を選んだ。11年間、最も長く使い続けた相棒。黒光りする金属の表面には、無数の戦いの傷跡が刻まれていた。
「やはり最初はあの武器ですね」
ガルバンが感慨深げに呟いた。
「陛下が20歳の頃から愛用されている...」
「あの武器で、どれだけの敵を倒されたことか」
レイモンドも思い出を語った。
「農業大臣時代も、冒険者時代も、常に腰に下げていらっしゃいました」
クラルは獣砕きを両手で握り、その重量を確かめた。8キロという重さが、手のひらを通じて伝わってくる。この感触は、体に完全に染み付いていた。
重力を固定的な下向きの力として捉えるのではなく、水のような流動体として認識する。武器の重量は、その流れの中の一要素に過ぎない。
「おお...」
ガルバンが驚嘆した。
「これが流動重心術...」
8キロの獣砕きが、まるで羽毛のように軽やかになった。しかし、質量そのものが失われたわけではない。衝撃力は完全に保持されている。
古龍もクラルの存在に気づき、ゆっくりと首をもたげた。48メートルという巨体がゆっくりと向きを変える様は、まるで山が動いているかのようだった。
そして、天を震わす咆哮を上げた。
GRROOOOOAAARRRRRRRRRRRRRRRRR!!!
その咆哮は、単なる音ではなかった。音波と共に電撃が放射され、周囲の岩が砕け散る。
「うわああ!」
500メートル離れた位置にいたチームメンバーにも、その衝撃波が届いた。
「これは咆哮ではありません!攻撃です!」
セレスティンが分析した。
「音波と電撃の複合攻撃!距離を置いていて正解でした!」
その咆哮と共に、周囲に無数の稲妻が乱舞する。青白い電光が岩肌を走り、空気中にオゾンの匂いが立ち込めた。
「陛下、危険です!」
レイモンドが叫んだ。
しかし、クラルは冷静だった。獣砕きを構え、古龍との距離を詰める。
古龍が巨大な前足を振り下ろしてきた。その足は、クラルの全身よりもはるかに大きい。普通なら避けることさえ困難な攻撃だった。
しかし、クラルは避けなかった。
素早く懐に潜り込み、前足の甲に向かって獣砕きを振り上げた。
ドガアアアアアンッ!
獣砕きが古龍の前足に命中した瞬間、まるで巨大な鐘を叩いたような音が響いた。
「命中しました!」
ソーンが興奮して叫んだ。
刃のない武器だが、クラルの技術により、衝撃が鱗の下の肉と骨に確実に伝わった。古龍の前足が僅かに震え、巨体がバランスを崩しかけた。
「効いています!鱗の下にダメージが入ったようです!」
セレスティンが魔法的分析を行った。
「内部に確実に衝撃が伝わっています!これが技術の力です!」
「やはり、重い一撃だ」
クラルは手応えを感じながら呟いた。長年の相棒は、期待を裏切らなかった。
しかし同時に、問題も明らかになった。
「武器が軽すぎる」
獣砕きは、確かに扱いやすい。しかし、8キロという軽さでは、この巨大な古龍に決定的なダメージを与えるには威力不足だった。
「基本的な有効性は証明できました」
クラルは冷静に分析した。
「しかし、より重い武器が必要です」
古龍は足にダメージを受けたものの、致命傷には程遠い。むしろ、攻撃されたことで怒りを増したようだった。
ガルルルルル...
低い唸り声と
古龍は足にダメージを受けたものの、致命傷には程遠い。むしろ、攻撃されたことで怒りを増したようだった。
ガルルルルル...
低い唸り声と共に、古龍の全身の電光が激しくなった。青白い稲妻が以前よりも激しく全身を駆け巡り、その威容は更に増していた。
「怒っています!」
ガルバンが叫んだ。
「次の攻撃が来ます!」
古龙の口の奥で青白い光が渦巻き始めた。電撃ブレスの予兆だった。
「次の武器だ」
クラルは冷静に判断し、獣砕きを背中に戻した。
「ドラゴンブレイカー」
ガルバンが素早く次の武器を運んできた。製作してから4年間、一度も実戦で使ったことのない武器。六角棍棒に無数の突起を持つ特殊構造が、夕日を受けて金属的な輝きを放っていた。
「ついに実戦デビューですね」
ガルバンが感慨深げに言った。
「4年前、工房で完成した時の感動を思い出します」
「あの時から、この日を楽しみにしていました」
クラルは武器を手に取りながら、技術者としての純粋な期待を抱いていた。
「設計通りの性能を発揮してくれるでしょうか」
レイモンドが質問した。
「必ず期待に応えてくれるはずです」
クラルは確信を持って答えた。
「龍族との戦闘を想定して設計された、理論上完璧な武器ですから」
「あの突起には、どのような意味があるのですか?」
ソーンが技術的興味から質問した。
「龍の鱗を貫通するための設計です」
クラルは武器を構えながら説明した。
「突起により表面積を減らし、圧力を集中させる。通常の武器では滑ってしまう龍の鱗も、これなら確実にダメージを与えられます」
「まさに今の状況にぴったりの武器ですね」
セレスティンが感心した。
「理論と実践の完璧な融合です」
その設計思想は、クラル自身が若い頃の龍族討伐経験から生み出したものだった。龍との戦闘では、硬い鱗をいかに突破するかが最大の課題だった。
「国民の皆さんにも見せてあげたい」
クラルは記録装置を意識しながら呟いた。
「ステータスの数値だけでなく、このような設計思想と技術が真の強さを生むということを」
古龙が電撃ブレスを放ってきた。
バリバリバリバリィィィ!
青白い電撃が一直線にクラルに向かって放たれた。その威力は、岩山を一瞬で溶かすほどだった。雷雲山脈の名前の由来とも言える、古龍最大の攻撃手段だった。
しかし、クラルは冷静に対応した。
ドラゴンブレイカーを盾のように構え、電撃を受け止めた。
ガキィィィンガキィィィン!
突起部分が電撃を分散させ、エネルギーを四方に散らす。完全に防げるわけではないが、致命的なダメージは回避できた。
「電撃を防いだ!」
レイモンドが驚愕した。
「まさか武器で古龍の電撃を防げるとは!」
「突起の効果ですね」
ガルバンが感心した。
「電撃を分散させて威力を削いでいます。これが設計の妙というものか」
「これこそが技術の力です!」
セレスティンが興奮して記録を続けた。
「ステータスの高さだけでは、古龍の電撃は防げません。しかし、適切に設計された武器と技術があれば、防御も可能になる!」
クラルは内心で満足していた。設計通りの性能を発揮してくれている。技術者として、これ以上の喜びはなかった。
そして、クラルは反撃に転じた。
「足を狙う」
古龙の巨大な後ろ足に向かって突進する。目標は、足の指の根元にある爪だった。龍族の爪は非常に硬く、通常の武器では傷一つ付けられない。しかし、ドラゴンブレイカーの特殊構造なら可能だった。
ガガガガガガガガガッ!
ドラゴンブレイカーが古龙の後ろ足に命中。突起物が爪の根元に直撃した。
「すごい破壊音です!」
ソーンが興奮した。
バキバキバキッ!
まず小さな爪が折れ、続いて中くらいの爪も根元から破損した。そして最後に、巨大な主爪が音を立てて折れた。
バッキィィィン!
1メートル近い長さの巨大な爪が地面に落ちる。古龙の爪としては貴重な戦利品だった。
「やりました!爪を破壊しました!」
チーム全員から歓声が上がった。
「GROOOOOOO!!!」
古龙が苦痛の雄叫びを上げ、バランスを崩した。4本の足のうち1本が使えなくなったことで、巨体の安定性が失われた。
「効果絶大です!」
セレスティンが興奮して分析した。
「予想以上の威力でした!設計理論の完璧な実証です!」
「設計通りの効果だ」
クラルは満足そうに頷いた。
「ドラゴンブレイカーの特殊構造が、想定通りの威力を発揮してくれました」
4年間実戦未使用だった武器が、初陣で見事な働きを見せた。設計者として、これ以上の喜びはなかった。
「これが技術の力というものです」
クラルは記録装置に向かって語りかけた。後にこの映像を見る国民たちへのメッセージだった。
「ステータスの数値が高いだけでは、古龙の爪は破壊できません。しかし、適切な設計思想と技術理論に基づいた武器があれば、不可能が可能になるのです」
しかし、古龙もただでは済まさなかった。怒り狂った古龙は、翼を大きく広げて威嚇のポーズを取った。
80メートルという巨大な翼幅が空を覆い、まるで雷雲そのものが羽ばたいているかのような光景だった。
「次の段階に移行します」
クラルは次の武器を要求した。
「ここからが真の技術の見せ所です」
斬馬刀:鉄鬼:究極リーチの実証
3.5メートルの圧倒的優位
「斬馬刀:鉄鬼」
ガルバンが慎重に70キロの長刀を運んできた。全長3.5メートルの超長リーチ武器。その美しい刀身は、夕日を受けて金色に輝いていた。
「これが噂の斬馬刀ですか」
レイモンドが感嘆した。
「美しい...まるで芸術品のようです」
「実用性と美しさを兼ね備えた傑作です」
ソーンも称賛した。
「3.5メートルという長さでありながら、バランスが完璧に取れています」
クラルは斬馬刀を両手で握った。70キロという重量が、ずっしりと手に伝わってくる。
「この武器は、鉄鬼の遺産を受け継いでいます」
クラルは感慨深げに刀身を見つめた。
「あの戦いがなければ、この武器は生まれなかった。技術は経験の積み重ねなのです」
70キロの重量が、まるで軽い木刀のように自在に操られる。3.5メートルの刃が、クラルの意思に完全に従って動いた。
「信じられません」
ガルバンが息を呑んだ。
「70キロの武器を、まるで何もないかのように...」
「国民の皆さんに伝えたいのは、まさにこのことです」
クラルは刀を構えながら語った。
「私の体力はSランクですが、それだけでは70キロの武器を自在に操ることはできません。流動重心術という、物理学を徹底的に学んだ結果生まれた技術があってこそなのです」
クラルは斬馬刀を上段に構えた。古龙との距離は約10メートル。通常の武器では届かない距離だが、3.5メートルのリーチがあれば十分に攻撃可能だった。
「間合いを制する」
戦術の基本中の基本。しかし、3.5メートルという圧倒的なリーチにより、その効果は絶大だった。
古龙が首を伸ばして噛み付こうとしたが、クラルとの距離は縮まらない。
「届きません!」
ソーンが興奮した。
「古龙の攻撃が届かない距離から、陛下の攻撃は確実に命中します!」
「これが技術による戦術的優位です」
クラルは冷静に解説した。
「ステータスで劣る相手でも、適切な武器と戦術があれば勝利できる。これこそが知識と技術の力なのです」
クラルは冷静に標的を選定した。まず、古龙の機動力を奪う必要がある。
「右翼を狙います」
シュオオオオオオオオ!
斬馬刀が美しい弧を描いて空を切った。3.5メートルの刃が一直線に古龙の右翼に向かう。
その速度は、まるで稲妻のようだった。流動重心術により、通常では不可能な高速攻撃が実現していた。
ザシュウウウウウッ!
鋭い刃が翼膜に深々と食い込む。
「命中!」
チーム全員が叫んだ。
翼の付け根から先端まで、一刀両断とはいかないまでも、深い切り傷が走った。青い血が噴き出し、翼膜に大きな穴が開いた。
「GRAAAAAAAAAH!!!」
古龙が激痛で暴れ回る。巨体が地面を叩き、岩が砕け散る。
「続けて左翼も!」
レイモンドが興奮して叫んだ。
クラルは既に次の攻撃の準備を終えていた。斬馬刀を逆袈裟に構え、今度は左翼を狙う。
ザシュウウウウウッ!
二撃目も見事に命中。左翼にも同様の深い切り傷が刻まれた。
「両翼に致命的な損傷を与えました!」
セレスティンが分析した。
「これで飛行能力は完全に失われました!」
両翼を失った古龙は、もはや空への逃避はできない。地上戦での決着となった。
「リーチの優位性は絶対的だ」
クラルは満足そうに呟いた。
「3.5メートルという圧倒的な間合いにより、古龙の攻撃は一切届かず、こちらの攻撃は確実に命中する」
「これが戦術というものです」
クラルは記録装置に向かって説明した。
「力で劣る相手でも、適切な武器選択と戦術的思考があれば勝利できます。これこそが知識と経験の価値なのです」
古龙は激怒していたが、もはや有効な反撃手段を失っていた。クラルの戦術的勝利は明らかだった。
「最後は究極の技術を見せましょう」
クラルは最終段階への移行を決意した。
「最後は究極ハンマー」
ついに、325キロの巨大武器の出番が来た。工房で3年間展示されていた、真の意味での究極兵器。金貨2000枚の値札が付いていたが、事実上のインテリアとして扱われていた武器が、ついにその真価を発揮する時が来た。
「天地雷鳴」
クラルは武器の正式名称を呟いた。
「3年間、工房で待ち続けてくれた相棒。今こそ、その力を世界に示す時です」
ガルバンと他の3名の力を合わせても、325キロの重量は相当な負担だった。しかし、クラルの手に渡った瞬間、その重量は意味を失った。
325キロという常識外の重量を流動体として捉え、流れるような動作でハンマーを持つ。
「これが流動重心術の真髄です」
クラルは記録装置に向かって語った。
「重力を固定的な力として捉えるのではなく、水のような流動体として理解する。武器の重量は、その流れの中の一要素に過ぎません」
「325キロという重量も、この技術により完全に扱える。これが物理学を極めた技術の力です」
究極ハンマーは、単純なハンマーではなかった。複合的な攻撃システムを内蔵した、クラル独自の設計思想による究極兵器だった。
第一段階:鎖攻撃
まず、50キロの鉄球を振り回し始める。
ヒュオオオオオ!
3メートルの鎖の先端で、鉄球が円軌道を描く。
「鎖攻撃から始める」
鉄球を重りとして、古龙の首元に向かって投げつけた。
ヒュルルルル!
鎖が空を飛び、鉄球が古龙の首に巻き付く。
「巻き付いた!」
50キロの鉄球と鎖が、古龙の首を縛り上げた。古龙が暴れるたびに、鎖が首に食い込む。
第二段階:推進力の利用
「この推進力と惰性を利用する」
鎖で繋がった古龙との関係を利用し、ハンマー全体を勢いよく振りかぶる。
325キロハンマーが、鎖の張力と慣性力を受けて、巨大な弧を描いて振り上げられる。
「物理学の基本です」
クラルは冷静に解説した。
「作用・反作用の法則と、角運動量保存の法則を組み合わせた攻撃システムです」
「これが技術と知識の結晶です!」
第三段階:完全破壊
「一撃必殺!」
325キロの究極ハンマーが、すべての物理法則を味方につけて古龙の頭部に向かった。
その瞬間、時が止まったかのような静寂が訪れた。
そして――
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
325キロのハンマーが古龙の頭部に直撃した瞬間、山全体が震動した。
衝撃波が周囲数キロメートルに広がり、雷雲すらも吹き散らされる。古龙の巨大な頭部は完全に粉砕され、その威容は永遠に失われた。
巨大な体躯が静かに倒れ込む音が、山々に木霊した。
「これが技術の力です」
クラルは究極ハンマーを肩に担ぎながら、記録装置に向かって最後のメッセージを送った。
「ステータスの数値だけでは、古龙は倒せません」
「体力S、攻撃力S。確かに高い数値です。しかし、それだけでは325キロの武器は扱えません」
「流動重心術という物理学の技術」
「戦術的思考という知識の力」
「そして、諦めない心と継続的な学習」
「これらすべてが組み合わさってこそ、真の強さが生まれるのです」
古龙討伐の証拠として、角と鱗を採取し、チーム一同は王都への帰路についた。
「今回の目的は完全に達成されました」
クラルの表情は、複数の意味での深い満足感に満ちていた。
「4つの武器すべてが、期待通り、いや期待以上の性能を発揮してくれました」
特に、長年展示品だった究極ハンマーが真の力を示したことは、設計者として最高の喜びだった。
「武器は使われてこそ、その価値を発揮します。展示品として終わらせるのではなく、実戦で真価を示すことができました」
「グランベルク王国の威厳を世界に示すことができました」
史上最強の古龙を単独で討伐したという事実は、他国への強力な抑止力となる。
「これで、我が国に手出しをする国はないでしょう」
「最も重要な教訓を国民に示すことができました」
ステータス偏重の風潮に対する、明確なメッセージを送ることができた。
3日後の帰還時、王都には1万人を超える人々が集まっていた。これは王国の人口の約7分の1に相当する、歴史的な歓迎だった。
特に注目されたのは、初めて実戦で使用された究極ハンマーだった。
「あれが工房の展示品だった武器か」
「325キロを軽々と振り回したなんて」
「技術ってすごいんだな」
国民たちの技術への関心が、明らかに高まっていた。これこそがクラルが望んでいた反応だった。
王宮大広間での報告会で、クラルは今回の遠征の真の意味を詳しく語った。
「この遠征で証明したかったのは、三つのことです」
第一:技術の重要性
「ステータス以上に技術と知識が重要だということです」
「325キロの武器を扱えるのは、体力Sランクだからではありません。流動重心術という、物理学を追求した技術があるからです」
「古龙の鱗を破ることができたのは、攻撃力Sランクだからではありません。ドラゴンブレイカーの設計思想があったからです」
第二:王としての威厳
「グランベルク王国の王として、世界最高レベルの実力を持つことを証明しました」
「これにより、我が国の国際的地位は確固たるものとなり、他国からの侵略を抑制できます」
第三:継続的学習の価値*
「力は一朝一夕では身につきません。長年の学習と経験の積み重ねが、真の強さを生みます」
「皆さんも、ステータスの数値に満足せず、技術と知識を身につけ続けてください」
遠征から戻った究極ハンマーは、工房の展示エリアに戻された。
しかし、その意味は完全に変わっていた。
価格表示は金貨2000枚のまま。事実上のインテリアとしての扱いも変わらない。
しかし今度は、「史上最強の古龙を倒した伝説の武器」としての新たな価値が加わった。
「見学者が激増しています」
工房の職員が報告した。
「皆、実際に古龙を倒した武器を見たがっています」
「特に若い技術者志望の人たちが多いです」
究極ハンマーは、ただの展示品から、真の技術の象徴となった。
数週間後、マーガレット統計局長が興味深い報告を行った。
「国民の学習意欲に顕著な変化が見られます」
技術系教育への関心増大
- 物理学講座の受講者:300%増加
- 工学技術の学習者:250%増加
- 武器設計の研究者:400%増加
ステータス偏重からの脱却
- 「ステータスだけでは不十分」という認識:95%
- 「技術と知識も重要」という理解:98%
- 継続的学習への意欲:89%増加
「王の古龙討伐が、教育効果として絶大な影響を与えています」
「これこそが、真の教育的成果ですね」
エリザベス王妃も満足していた。
数週間後、クラルは再び武器庫で3つの武器を眺めていた。
すべてが、古龙との戦闘を経て、さらなる輝きを増していた。
「自分が製作した武器が、期待通り、いや期待以上の性能を発揮してくれた」
特に、長年実戦未使用だった3つの武器が、すべて設計通りの働きをしてくれたことは、設計者として最高の喜びだった。
「国家の威厳を世界に示し、国民の安全を確保できた」
史上最強の古龙討伐という偉業は、グランベルク王国の国際的地位を決定的なものにした。
「国民に真の強さとは何かを教えることができた」
ステータス偏重の風潮を改め、技術と知識の重要性を実践的に示すことができた。
「三つの目的すべてを達成できました」
クラルは深い満足感と共に呟いた。
「王として、技術者として、教育者として、やるべきことをやり遂げました」
古龙討伐は、単なる武勇伝ではなく、国家の威厳を示し、国民を教育し、技術の価値を証明した、多層的な意味を持つ歴史的偉業となったのである。
この古龙討伐の記録は、後に「技術と知識の勝利」として語り継がれ、グランベルク王国の教育カリキュラムにも組み込まれた。
特に「流動重心術」と「戦術的思考」の重要性を示す実例として、多くの学習者に影響を与え続けることとなった。
そして何より、「真の強さとは何か」という根本的な問いに対する、明確な回答を示した歴史的な戦いとして、永遠に記憶されることとなったのである。




