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冒険者適性Aランク でも俺、鍛冶屋になります  作者: むひ
アシェルの章

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三つ巴のハルマゲドン117:光の粛清

アスモデウスの悪趣味な遊戯と、サタンの純粋な破壊によって混沌の極みに達していた滅びの世界。その舞台に、さらなる役者が、招かれることなく乱入してきた。


まず、ゲヘナゲートからは、物見遊山気分の悪魔たちが、興味本位で続々と現れ始めた。魔界でも名の知れた大公爵クラスの悪魔から、名もなき下級の悪魔まで。彼らは戦争に参加するというよりは、「人間界が滅びたらしい」という噂を聞きつけ、その珍しい光景を見物しに来た観光客のようであった。

「おお、これが噂の『怨念の結晶』か。なかなかの芸術品ではないか」

「サタン様の暴れっぷりは、相変わらず見事なものよ」

彼らは、廃墟と化したカストラムの瓦礫に腰を下ろし、眼下で繰り広げられる地獄絵図を、まるで闘技場の観客のように楽しんでいた。


だが、その野次馬たちの余裕を打ち砕くように、天からは、全く異質な存在が降臨した。


眩い閃光が、赤黒い空を幾度となく引き裂いた。次の瞬間、空全体を覆っていた魔郷の雲が、まるで巨大なナイフで切り裂かれたかのように裂け、そこから天使たちが続々と現れ始めたのだ。純白の翼、光で編まれた鎧、そして感情を一切映さない、水晶のような瞳。彼らは、一切の音を立てることなく、完璧な陣形を組んで降下してくる。その姿は、美しく、そしてそれ故に、異様で恐ろしかった。


天使という名の絶対的脅威


天使は、悪魔たちにとって、ただの敵ではなかった。それは、自らの存在そのものを否定する、絶対的な『アンチテーゼ』だった。


「ひっ……!」

見物気分だった下級悪魔の一体が、降下してくる天使の一人と目が合った。ただ、視線が交錯した、それだけ。しかし、悪魔は甲高い悲鳴を上げると、その身体が内側から聖なる炎に焼かれ、一瞬にして灰と化した。天使の存在そのものが、悪魔にとっては致死の毒なのだ。


「馬鹿な……!?なぜ、奴らがここに……!?」

「逃げろ!天の軍勢だ!」

先程まで余裕を見せていた悪魔たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。天使の脅威は、怨念の魔物とは比較にならない、根源的な恐怖だった。


三つ巴の地獄


こうして、戦場の構図は、一瞬にして全員が敵という、究極の三つ巴へと変貌した。


天使軍:全ての悪魔と怨念を「穢れ」として、機械的に粛清しようとする。


悪魔軍:天使を天敵として恐れながらも、怨念の魔物を「糧」として捕食しようとする。


怨念の軍勢:自分たち以外の全ての存在を「世界を奪った敵」として憎悪する。


三つの勢力は、互いに相容れない目的を持ち、三つ巴の、出口のない殺戮を開始した。天使の浄化の光が悪魔を焼き、悪魔の魂魄攻撃が怨念を砕き、怨念の精神汚染が天使の秩序だった精神を僅かに蝕む。旧カストラムは、三色の絶望が入り乱れる、真の地獄と化した。


劣勢へと向かう怨念


この混沌の戦場で、最初に劣勢に立たされたのは、「紫の帳の娘」が率いる怨念の魔物たちだった。


彼女は、この世界に存在した全ての人間を取り込み、怨念の魔物に変えた。その数は、数百万にも及ぶ。物量においては、他の二勢力を圧倒しているはずだった。

しかし、その力の源泉である「人間の記憶」こそが、彼らの致命的な弱点となった。


悪魔は、彼らの幸福な記憶を悪用して魂を喰らう。

そして天使は、彼らが「元人間」であるという事実そのものを「穢れ」と断じ、慈悲のかけらもなく浄化していく。彼らは、悪魔にとっても、天使にとっても、最高の『餌』であり、最高の『標的』でしかなかった。


一人、また一人と、怨念の魔物たちが、光の粒子となって消滅していく。あるいは、悪魔たちの糧食となっていく。「紫の帳の娘」の軍勢は、少しずつ、しかし確実に、劣勢へと向かっていた。自らの分身が消滅するたびに、彼女の巨大な黒い影もまた、その輪郭を僅かに揺らがせた。


サイラスの囁きと呪詛の再起動


その、敗北の兆候を、誰よりも早く、そして正確に感じ取った者がいた。

『……マズイな。このままでは、ただ喰われるだけで終わる……』


「紫の帳の娘」の魂の最も深い場所。そこに寄生するように存在していた、サイラスの思念だった。彼は、自らの怨念の核を、彼女のそれと融合させることで、この怨念の集合体の中で、かろうじて自我を保ち続けていたのだ。


彼は、このままでは自らの存在もまた、悪魔か天使によって消滅させられることを悟った。

『……こうなれば……最後の賭けだ』


劣勢と分かると、サイラスの思念は、新たな、そしてより邪悪な策を巡らせ始めた。彼は、「紫の帳の娘」の無意識の奥底に、囁きかけた。


『……思い出せ、アシェル。お前の魂に、その力の根源に、何が刻み込まれているのかを……』

『……お前を生み出し、そしてこの世界を破滅させた、あの**『逆転』の呪詛**を……!』


サイラスの囁きは、純粋な憎悪の塊であった「紫の帳の娘」の魂に、初めて**「戦略」**という概念を植え付けた。


『……時間を、逆流させるだけが、能じゃない……。あの呪いは、因果そのものを操る力……。ならば、この絶望的な因果を、断ち切り、別の場所へ……別の世界線へと接続することも、可能なはずだ……!』


サイラスの囁きは、怨念の化身と化したアシェルの魂に、新たな行動原理を与えた。この世界を見捨て、まだ魔郷に汚染されていない、別の平行世界へと、この呪いを輸出するという、あまりにも身勝手で、そして悪魔的な逃走計画であった。


物語は、一つの世界の終焉から、多元宇宙を巻き込む、より広大な悲劇へと、そのスケールを拡大させようとしていた。サイラスの最後の悪あがきが、招かれざる、新たな世界の犠牲者を生み出そうとしていた。

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