暗黒時代の突入115:紫の娘の咆哮
悪魔たちが繰り広げる、魂の収穫という名の饗宴。そのあまりにも残酷で、冒涜的な光景は、滅びゆく世界の、最後の均衡さえも打ち砕く、引き金となった。
魔郷の中心、黒水晶の玉座に座す**「紫の帳の娘」**。彼女は、自らの眷属である怨念の魔物たちが、次々と悪魔に喰われていく光景を、その赤黒い瞳で、ただ静かに見つめていた。
眷属たちは、彼女の憎悪の、そして孤独の、分身であったはずだった。だが今、その分身たちが、偽りの幸福の幻影を見せつけられ、その魂を弄ばれ、そして糧食として消費されていく。
『……あ……ああ……』
彼女の、声にならない魂の奥底で、何かが、ぶつりと、音を立てて切れた。
それは、五十年間溜め込み続けた憎悪のダムが、ついに決壊した音だった。あるいは、最後の最後に残っていた、少女アシェルであった頃の、僅かな理性の糸が、完全に断ち切れた音だったのかもしれない。
彼女の怨念が、ついにその頂点に達したのだ。
怨念の収束、終焉の顕現
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
突如として、魔郷の中心から、天を突き、地を割り、世界そのものを震わせるかのような、絶叫が轟いた。それはもはや、人間の、あるいは生物の声ではなかった。それは、絶対的な無と憎悪そのものが形を得たかのような、魂を直接凍てつかせる、宇宙的な悲鳴だった。
その咆哮に呼応するように、世界に満ちていた全ての死のエーテルが、その流れを変えた。大陸を覆っていた紫の瘴気が、地上を彷徨っていた全ての怨念の魔物が、そして大地そのものに染み込んでいた呪詛が、まるで巨大なブラックホールに吸い込まれるかのように、ただ一点――「紫の帳の娘」の元へと、凄まじい勢いで収束を始めたのだ。
彼女は、自らが支配する魔郷の全ての死のエーテルを、その身一つに凝縮させていた。
彼女の、アシェルの姿をかたどっていた美しい輪郭が、陽炎のように揺らぎ、膨張し始めた。純白のドレスは黒く染まり、銀灰色の髪は闇に溶け、その小さな身体は、吸収した数億の魂の絶望によって、際限なく、際限なく、巨大化していく。
巨大な黒い影
やがて、その場に立っていたのは、もはや少女の姿ではなかった。
それは、パンデモニウムの摩天楼さえも見下ろすほどの、巨大な人型の黒い影。
その輪郭は曖 K で、常に揺らめき、その表面には、彼女が喰らった数百万の魂たちの、苦悶に歪む顔が、無数に浮かび上がっては消えていた。顔があるべき場所には、ただ、星さえも吸い込む、絶対的な虚無の穴が、二つ空いているだけ。
世界の終わりそのものを体現するかのような、巨大な怨念の集合体へと、彼女は最終形態への変貌を遂げたのだ。
その咆哮は、地獄の悪魔たちさえも怯ませるほどの、絶対的な力の波動だった。魂を喰らうことに夢中になっていたサキュバスたちは、その波動に触れただけで魂の一部を削り取られ、悲鳴を上げて逃げ惑った。サタンの軍勢でさえ、本能的な恐怖から、一時的にその破壊活動を停止し、空を見上げて身構えた。
二つの絶対悪の対峙
「……ククク。ハハハハハ!素晴らしい!実に素晴らしいぞ、アシェル・ヴァーミリオン!」
唯一、その光景を歓喜と共に迎えた者がいた。パンデモニウムの玉座で、魔王アスモデウスは、手を叩いて賞賛していた。
「悲劇のヒロインは、ついに自らの悲劇を喰らい尽くし、終末の女神として覚醒したか!これこそ、私が望んでいた、最高のクライマックスだ!」
物語は、ついに二つの絶対悪――アスモデウスと、怨念の化身――の直接対決へと向かう。
アスモデウスの知的で、全てを遊戯として楽しむ悪。
そして、アシェルの成れの果てである、純粋な憎悪と無に帰すことだけを求める悪。
二つの「悪」の、最後の、そして最大の決戦。その火蓋が、今、切られようとしていた。
巨大な黒い影――怨念の集合体は、その虚無の瞳を、ただ一点、全ての元凶である、パンデモニウムの頂に立つ、あの気まぐれな魔王へと、静かに、しかし絶対的な殺意を込めて、向けた。
世界の存亡など、もはや些細な問題だった。これは、異なる性質を持つ二つの絶対悪が、どちらが真の「終焉」にふさわしいかを賭けて争う、宇宙的なスケールの、最後の闘争なのである。最終決戦への期待感は、この絶対的な絶望の中で、最高潮に達していた。




