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冒険者適性Aランク でも俺、鍛冶屋になります  作者: むひ
アシェルの章

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暗黒時代の突入114:喰われる怨念

物理法則が歪み、悪魔軍が戦いの主導権を握り始めた世界。パンデモニウムの玉座でその光景を観戦していたアスモデウスは、一つの、極めて興味深い法則を発見していた。


「……面白い。実に、面白い弱点だ」

彼は、マナ・スクリーンに映し出された、ある戦闘の記録を、再生を繰り返しながら分析していた。それは、サタン配下の混沌のケイオス・ビーストが、かつてアーサー王国の騎士であった怨念の魔物の軍団を、一方的に蹂躙している映像だった。


怨念の魔物たちは、その生前の記憶から、騎士としての陣形を組み、規律正しく戦おうとする。だが、混沌の獣の動きは、一切の法則性を持たない。空間をランダムに跳躍し、時間を歪ませながら、予測不可能な角度から攻撃してくる。怨念たちの秩序だった精神は、その非人間的な、純粋な混沌の前では、あまりにも脆かったのだ。


アスモデウスは、怨念の魔物の、その致命的な弱点を発見した。

「……なるほど。彼らは、生前の『人間』であった記憶に縛られている。人間としての論理、感情、そして悲劇性。それこそが彼らの力の源泉であり、同時に、最大の弱点なのだな」


<h3> **偽りの幸福という名の罠** </h3>



「……ならば、話は簡単だ」

アスモデウスの口元に、悪魔的な、しかしどこか芸術家のような、創造性に満ちた笑みが浮かんだ。彼は、サタンのような単純な暴力で彼らを駆逐するのではなく、もっと洗練された、悪趣味な方法を編み出した。


彼は、配下であるサキュバス部隊の隊長、エンチャントレスを玉座の間に呼び寄せた。

「エンチャントレスよ。お前に、新しい『狩り』の作戦を授けよう」

「はっ。なんなりと、我が主よ」

妖艶なサキュバスは、恭しく膝をついた。


「怨念の魔物どもに、偽りの『幸福な記憶』を見せてやれ」

アスモデウスの命令は、あまりにも残酷で、そしてあまりにも狡猾だった。


「彼らの魂の最も深い場所に残る、『人間であった頃の、最も幸福だった記憶』の断片。それを、お前たちの幻術で増幅させ、まるで現実であるかのように、見せつけるのだ。家族との温かい食卓、恋人との愛の誓い、仲間と分かち合った勝利の喜び……。彼らが、その憎悪の源泉となった悲劇の直前に味わった、束の間の幸福をな」


「……なんと、おぞましくも、美しいご計画でしょう」

エンチャントレスは、恍惚とした表情で囁いた。


糧食へと変えられていく魂


その作戦は、直ちに実行された。

旧カストラムの廃墟で、サキュバス部隊が、かつての市民たちの怨念の群れを取り囲んだ。彼女たちは、武器を構えるのではなく、ただ、甘美で、誘惑的な歌を歌い始めた。その歌声は、怨念たちの魂に直接作用し、彼らの心の最も柔らかい部分を、優しく撫でた。


『……あれは……私の、娘……?』

かつて母親であった怨念の魔物が、虚空に手を伸ばした。彼女の目の前には、病で失ったはずの愛しい娘が、元気な姿で微笑みかけている幻影が見えていた。『……ああ……会いたかった……!』


『……見える……!俺が、ギルドで英雄として讃えられた、あの日の光景が……!』

かつての冒険者の怨念が、涙を流した。


怨念の魔物たちは、次々と戦意を喪失していった。憎悪と復讐心という、彼らの存在を支えていた唯一の柱が、偽りの幸福という甘い毒によって、内側から溶かされていったのだ。


そして、彼らの精神が、幸福の幻影に完全に混乱させられた、その隙を突いて、インキュバスたちの部隊が、その魂を「捕食」する。憎しみが消え、無防備になった魂は、悪魔たちにとって、極上の糧食以外の何物でもなかった。


魔物たちは、悪魔の、より狡猾な悪意の前に、為すすべもなく、ただのエネルギー源へと変えられていく。それはもはや戦闘ではなく、知能を持つ家畜を、最も効率的な方法で「屠殺」していく作業に近かった。


悲劇性の悪用


怨念の魔物が持つ「悲劇性」――彼らが元人間であり、幸福な記憶を持っていたという事実――が、皮肉にも彼らの最大の弱点となった。


パンデモニウムの玉座で、その光景を見ていたアスモデウスは、高らかに笑った。

「素晴らしい!素晴らしいぞ!絶望は、希望を見せられた時にこそ、最も深く、そして美味になるのだ!これぞ、魂のフルコースよ!」


悪魔たちの、情け容赦のない狡猾さと非情さは、ここに際立っていた。彼らは、敵の最も尊い記憶さえも、自らの欲望を満たすための道具として、躊躇いなく利用する。


アスモデウスの指揮の下、悪魔の軍勢は、もはや単なる破壊者ではなかった。彼らは、敵の魂の構造を理解し、その弱点を突き、最も効率的にそれを「収穫」する、究極の魂の狩人集団へと変貌していたのだ。


物語は、より一層、救いのない深淵へと向かっていく。怨念の魔物たちでさえ、この地獄では「被害者」に過ぎないのかもしれない。真の悪とは、悲劇さえも娯楽として消費し尽くす、あの玉座に座す、孤独な観測者の心の中にこそ、存在していたのだから。

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