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冒険者適性Aランク でも俺、鍛冶屋になります  作者: むひ


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暗黒時代の突入112:観測者の愉悦

世界が断末魔の叫びを上げる中、万魔殿パンデモニウムの玉座の間だけは、まるで嵐の海に浮かぶ孤島のように、静寂と、そして歪んだ平穏に包まれていていた。


アスモデウスは、完全に高みの見物を決め込んでいた。彼は、巨大な黒曜石の玉座に深く身を沈め、ワイングラスを片手に、眼下のバルコニーから、そして壁一面に広がる巨大なマナ・スクリーンに映し出される、三つ巴の地獄絵図を、最高のオペラでも鑑賞するかのように、静かに見物していた。


グラスの中で、深紅の液体――それは最高級のワインではなく、純粋な魂のエキスを凝縮した魔界の飲み物だった――が、揺らめいている。スクリーンに映し出された、サタンの魔剣が怨念の魔物の大群を薙ぎ払い、魂の粒子が桜吹雪のように舞い散る光景。あるいは、サイラスの怨念が生み出した知的魔物が、アスモデウス配下の下級悪魔を巧妙な罠にかけ、その精神を内側から崩壊させていく様。その一つ一つの光景が、彼の嗜虐的な美意識を、完璧に満たしていた。


「……フフフ。美しい……。実に美しいじゃないか、ベリアル」


アスモデウスは、隣に控える知恵の悪魔、ベリアルに、まるで美術評論家が絵画を評するかのように、語りかけた。


壮大な学術実験


「はっ……はあ……」

ベリアルは、恭しく頭を下げながらも、その額には冷や汗が浮かんでいた。彼は、アスモデウスの命により、この地獄の戦場で繰り広げられる、全ての戦闘データを、一瞬たりとも逃すことなく、詳細に記録し続けていたのだ。


彼の周囲には、何十もの記録用の魔導クリスタルが浮遊し、それぞれが異なる視点からの戦闘ログ――マナ波形、魂魄損傷パターン、精神汚染の伝播速度、物理法則の歪曲率――を、高速で記録している。


「ベリアルよ、今のシーンは記録したかね?」

アスモデウスが、興奮した様子でスクリーンの一点を指差した。「『紫の帳の娘』の怨念が、サタンの憤怒のエーテルに触れた瞬間、化学反応を起こし、全く新しい、第三の性質を持つ『絶望のエーテル』へと変質したぞ!素晴らしい!実に興味深い現象だ!」


アスモデウスの目は、もはや単なる観客のものではなかった。それは、未知の現象を目の当たりにした、狂信的な科学者の目に他ならなかった。


「素晴らしい……。怨念と悪魔、どちらがより効率的に魂を破壊できるか。最高のデータが取れるぞ」


彼にとって、この戦いは善悪の戦いではない。世界の終焉は、壮大な学術的実験に過ぎなかったのだ。怨念の魔物が持つ「悲しみ」というエネルギーと、悪魔が持つ「怒り」というエネルギー。どちらがより効果的に、生命という複雑なシステムを「解体」できるのか。その比較データを収集することに、彼は至高の喜びを感じていた。


非人道的な知的探究心


「マルファスからの報告を上げろ」


『――こちらマルファス。現在、サタン様の軍勢と、かつてアーサー王国の騎士であった怨念の軍勢が交戦中。興味深いことに、騎士の怨念は、サタン様の『憤怒』に共鳴し、その戦闘能力を一時的に150%向上させております!どうやら、誇りを砕かれた怨念は、純粋な怒りを触媒とすることで、進化するようです!』


「ほう!」アスモデウスは、手を叩いて喜んだ。「では、パイモンはどうかね?」


『――こちらパイモンよ。先程捕獲した、サイラスの怨念から生まれた知的魔物……その魂の構造を解析中ですわ。面白いことに、この個体は『自己増殖』する性質を持っているようです。他者の知性を吸収し、自らの論理体系をアップデートしていく……まるで、ウイルスのよう。実にエレガントですわ』


アスモデウスは、次々と入ってくる報告に、子供のように目を輝かせた。

「完璧だ……。全てが、私の知的好奇心を刺激する!ベリアルよ、これらのデータは全て分類し、新たな魔導書として編纂せよ。タイトルは、『魂魄破壊学序説』とでもしておこうか!」


黒幕であるアスモデウスの、常軌を逸した非人道性と、純粋なまでの知的探求心が、ここに強調されていた。彼は、自らが創り出した地獄の惨状を、悲劇としてではなく、ただ美しい数式と、興味深いデータとして、捉えているのだ。彼がこの地獄の創造主であり、そして唯一の観客であることを、読者はこの場面で、改めて再認識させられる。


次なる玩具へ


だが、その愉悦の時間も、永遠には続かなかった。数週間後、戦いは膠着状態に陥り始めた。怨念も、悪魔も、互いに決定打を与えられず、ただ消耗戦を繰り返すだけの、アスモデウスにとっては「退屈な」光景へと変わり果てていた。


「……ふむ。そろそろ、新しい『変数』を投入する時間かね」


ワイングラスを置き、アスモデウスは玉座から立ち上がった。彼の視線は、遥か天高く、人間界と魔界を隔てる、次元の壁の、さらにその向こう側――神々が住まうという、天界へと向けられていた。


「これほどの騒ぎを起こしているのだ。あの、偽善に満ちた光の住人たちが、いつまでも黙って見ているはずが、あるまい。……そうだ。次は、天使でも招待してやるとしようか」


彼の、悪魔的なまでの探求心は、もはやこの世界の崩壊だけでは満たされなくなっていた。彼は、神と悪魔、怨念と天使、その全てを自らの実験場に引きずり込み、究極の混沌を創造しようとしていたのだ。物語は、世界の終焉の、さらにその先にある、神話レベルの闘争へと、その舞台を移そうとしていた。アスモデウスの愉悦は、まだ始まったばかりであった。

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