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冒険者適性Aランク でも俺、鍛冶屋になります  作者: むひ


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暗黒時代の突入106:憤怒の降臨

アスモデウスの「狩り」が始まってから、数ヶ月。滅びた世界の版図は、悪魔たちの壮大な実験場と化していた。ベリアルは怨念の記憶構造をほぼ完全に解明し、マルファスはあらゆる精神攻撃に対する完璧な耐性を獲得し、パイモンに至っては、捕獲した怨念を組み合わせて、キメラのような新しい魔物を創り出すという、冒涜的な創造の領域にまで足を踏み入れていた。


だが、万魔殿パンデモニウムの玉座で、その全ての報告を聞いていたアスモデウスの深紅の瞳には、もはや以前のような知的な好奇心の輝きはなく、代わりに、全てを味わい尽くしてしまった美食家のような、深い倦怠の色が浮かんでいた。


「……つまらん」


玉座の間に響いたその一言に、報告を行っていたベリアルたちが、ぴたりと動きを止めた。


「一方的すぎる。これでは『実験』にならん」

アスモデウスは、深いため息をついた。

「怨念の魔物どもは、確かに興味深い玩具だ。だが、あまりにも弱い。予測可能すぎる。我々の掌の上で、ただ踊っているだけではないか。これでは、チェス盤の片側だけを自分で動かしているようなものだ。筋書きの見え透いた芝居ほど、退屈なものはない」


彼の、神にも等しい力と知性の前では、怨念の魔物たちの行動パターンなど、もはや完全に読み切れてしまっていたのだ。


混沌への渇望


アスモデウスの行動原理が、合理的な支配ではなく、純粋な「退屈しのぎ」と「混沌の追求」にあること。その本質が、今、ここに露わになった。彼は、安定した支配など望んでいなかった。彼が求めているのは、自らの知性さえも超える、予測不可能なドラマ。魂が燃え上がるような、スリリングなエンターテイメントだった。


「……役者が足りないのだ」

アスモデウスは、立ち上がると、バルコニーの外に広がる、静まり返った(そして彼にとっては退屈な)世界を見下ろした。


「この舞台を、より面白くするためには、新たな役者を舞台に上げる必要がある。我々の誰にも、結末の予測できない、混沌そのものを体現するような、主役級の役者をな」


彼は、不気味な、そして子供のような無邪気ささえ感じさせる笑みを浮かべた。


「そうだ。魔界にいる、我が同格の兄弟たちを、この舞台に招待してやろうではないか」


その言葉に、ベリアルたち眷属の顔から、血の気が引いた。

「……ま、まさか、閣下……!七つの大罪の、他の方々を……!?」

「左様」


アスモデウスは、振り返った。その瞳は、狂気と愉悦で、爛々と輝いていた。

「手始めに、最も騒々しく、最もこの退屈な空気を破壊してくれるであろう男を、呼ぶとしよう。憤怒を司る『サタン』を、この現世に降臨させる」


冒涜の儀式


その計画は、もはや狂気以外の何物でもなかった。サタン。彼は七つの大罪の中でも、最も制御不能で、最も純粋な破壊衝動の化身。彼を現世に呼び寄せることは、自らの遊び場に、核爆弾を持ち込むことに等しい。


だが、アスモデウスは、そのリスクさえも、最高のスパイスとして楽しんでいた。


「閣下、お待ちください!」ベリアルが必死に諌めた。「サタン様を降臨させるなど、あまりに危険すぎます!この世界が、完全に消滅しかねません!」


「それもまた一興だろう?」

アスモデウスは、全く意に介さなかった。


彼は、パンデモニウムの最深部、城の土台となっている古代の高山の、その中心核へと降りていった。 そこは、クラルの神聖なエネルギーが、最も色濃く残っている場所だった。


「さあ、始めようか。禁断の召喚儀式を」


アスモデウスは、祭壇の中央に立つと、両の腕を広げた。

右手には、クラルの肉体に宿る神聖エネルギー――生命と秩序を司る黄金色の光が、太陽のように輝き始めた。

左手には、自らの暗黒魔力――破壊と混沌を司る紫色の闇が、ブラックホールのように渦巻いた。


そして彼は、決して交わることのないはずの二つの絶対的な力を、その胸の前で、強制的に融合させ始めた。

「光は闇を求め、闇は光を喰らう!その螺旋の果てに、次元の扉は開かれん!」


アスモデウスは、冒涜的な詠唱を開始する。それは、神を讃える聖歌であり、同時に、悪魔を呼び出す呪詛であった。

彼の身体を中心に、空間そのものが悲鳴を上げ、次元の壁が、まるで薄いガラスのように、ミシミシと音を立てて引き裂かれていく。


地獄の門


「――来たれ、我が兄弟!憤怒の化身よ!この退屈な世界に、汝の炎を!」


アスモデウスの絶叫と共に、空間に、巨大な亀裂が走った。亀裂の向こう側は、燃え盛る地獄の炎と、数億の魂が上げる断末魔の叫びに満ちた、魔界そのものだった。


そして、その亀裂の中心から、一つの、巨大で、恐ろしく、そしてどこまでも禍々しい存在が、ゆっくりと、その姿を現し始めた。

それは、純粋な怒りそのものが、形を成したかのような存在だった。


物語が、彼の気まぐれによって、さらに予測不可能な破滅へと向かう。その予兆は、あまりにも絶望的だった。七つの大罪が、本格的に物語に介入し始める最初の瞬間。それは、世界の終焉が、もはや誰にも止められない、確定した未来であることを、残酷なまでに示していた。


アスモデウスは、これから始まる、本当の地獄絵図を前にして、恍惚とした表情で、ただ、笑っていた。

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