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冒険者適性Aランク でも俺、鍛冶屋になります  作者: むひ
アシェルの章

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暗黒時代の突入101:玉座からの呼び声

世界が終わったそのいただき、かつて神聖なる空気が満ちていたはずの高山の山頂は、今や地獄そのものが顕現したかのような、冒涜的な光景へと変貌していた。


アスモデウスの命を受けた創造の悪魔バエルは、文字通り一夜にして、この世のものとは思えない禍々しい摩天楼を築き上げていた。それは、周囲の山脈を見下ろす、高さ千メートルはあろうかという巨大な城。壁は、磨き上げられた黒曜石で作られ、夜空の歪んだ星々の光を、不気味に、ぬらぬらと反射している。尖塔の先端や城壁の銃眼からは、絶えず本物の溶岩が滝のように流れ落ち、山肌を焼き焦がしながら、城の周囲に燃え盛る堀を形成していた。人々が**「パンデモニウム」**と、恐怖を込めて囁き始めることになる、万魔殿の誕生であった。


玉座に座す退屈と新たな遊戯


その城の、最も高く、最も広い玉座の間に、アスモデウスは座していた。玉座は、巨大な竜の頭蓋骨を削り出して作られ、その眼窩には深紅の宝石が禍々しい光を放っている。彼は、クラルの肉体を得てはいるものの、その服装はもはや人間の王のそれではない。闇そのものを編み上げたかのような漆黒のローブを纏っていた。


彼は、玉座から眼下に広がる、滅び去った世界を、退屈そうに見下ろしていた。紫の瘴気が大地を覆い、目的もなく過去の憎しみを繰り返し再生し続けるだけの、魂の残響――怨念の魔物たちが彷徨っているだけ。


「……ふむ。美しいが、退屈だ」

アスモデウスは、頬杖をつきながら呟いた。

「舞台は整った。だが、役者が、あまりにも芸のない者たちばかりだ」


彼にとって、この世界は壮大な演劇の舞台に過ぎない。しかし、現在の役者たちは、ただ過去の悲劇を繰り返すだけの、哀れな亡霊でしかなかった。彼は、もっと刺激的で、予測不可能な筋書きを求めていた。

「……まあ、良い。ならば、眠っている者たちを、起こすとしようか」


彼は、自らの計画を実行するための「駒」を揃えることに、いよいよ着手した。


魂の残滓への呼びかけ


アスモデウスは、玉座に座したまま、ゆっくりと右手を掲げた。彼の神王としての力と悪魔の王としての力が融合した、規格外の魔力が、パンデモニウム全体を震わせ始める。


**彼は、その強大な魔力を通じて、この滅びた世界に、まだかろうじて残存している、かつての眷属たちの『魂の残滓』**に対し、絶対的な召喚命令を下した。ネオニッポン事件が終焉を迎えた際、彼らは主であるアスモデウスによって魔力を断たれ、長い年月をかけて霧散し、消滅したはずだった。しかし、ごく一部、特に執念深い者たちは、完全に消え去ることなく、特定の場所や物に、地縛霊のようにその魂の欠片を留めていたのだ。


『――我が眷属よ。お前たちの、忘れ去られた絶望よ。再び我が声を聞け。我が玉座の下へ、集え――』


蘇る絶望


その主の呼び声は、魂の残滓となって世界に散らばっていた悪魔たちの、最後の意識を揺り起こした。抗いがたい主の呼び声に、彼らは戦慄し、困惑しながらも、その声に引き寄せられていった。


――商業都市トレーディアの、今は廃墟と化した高級娼館の、割れた鏡の破片の中から。

かつて人間の富豪たちから精気を啜っていた**悪魔「インキュバス」**の魂の残滓が、紫色の煙となって立ち上った。『……ああ……この声は……アスモデウス様……!我は、滅びたのでは……なかったのか……?』彼の意識は、滅びの瞬間の絶望と、再び主にまみえることへの恐怖で混濁していた。


――辺境の村の、今は朽ち果てた教会の、聖母像の砕けた頭部の中から。

かつて病人を癒すことで信仰を集めていた**悪魔「サキュバス」**の最後の想いが、淡い光の粒子となって浮かび上がった。『……いや……嫌……。私は、もう、争いたくない……。あの静かな日々が……良かったのに……』


――山賊のアジトであった洞窟の、血に染まった古い斧の中から。

力と暴力を信奉していた**悪魔「バーサーカー」**の闘争心が、錆びついた鉄の匂いと共に蘇った。『……ケッ、今更、何の用だ。俺は、もう戦い疲れた……』


彼らは、滅びゆく世界の片隅で、ただ静かに消え去る運命にあったはずだった。しかし、絶対的な主の呼び声は、彼らを再び歴史の舞台に引きずり出した。それは、死者に与えられる、最も残酷な目覚めであった。


新たな肉体、新たな軍勢


彼らの弱々しい魂の残滓は、風に乗って、あるいは大地の脈動を通じて、世界の新たな中心――魔王城「パンデモニウム」へと集い始めた。


数日後。パンデモニウムの玉座の間に、百を超える、半透明で頼りない光の球――悪魔たちの魂――が集結していた。彼らにはもはや、かつての肉体も、強大な魔力も残されていない。


「……見る影もないな、諸君」

アスモデウスは、玉座から彼らを見下ろし、憐れむように言った。「だが、心配するな。お前たちに、新しい『器』と、新しい『役割』を与えてやろう」


アスモデウスは、配下のマルファスに命じ、魔郷で狩り集めてきた怨念の魔物たちを、玉座の前に引きずり出させた。

「これらの魔物は、強い憎しみと絶望をその核としている。お前たちの、新しい肉体として、申し分あるまい」


悪魔たちの魂は、アスモデウスの強制的な魔力によって、怨念の魔物たちの身体へと、次々と憑依させられていった。


「ぎゃああああああああ!」

「やめろ!こんな、穢れた身体は!」

怨念と悪魔の魂が激しく拒絶反応を起こし、凄まじい絶叫が玉座の間に響き渡った。しかし、アスモデウスは、その苦しみを愉しむかのように、ただ静かに見つめているだけだった。


やがて、絶叫は収まった。後に残されたのは、かつての怨念の魔物の憎悪と、悪魔たちの狡猾な知性を併せ持つ、全く新しい、恐るべき存在だった。彼らは、アスモデウスの前にひざまずき、絶対的な忠誠を誓った。新たな軍勢の誕生であった。


忘れ去られていたかつての駒たちが、最もおぞましい形で再生され、再び歴史の舞台に引きずり出されることで、物語は、新たな混乱の始まりを予感させる。アスモデウスは、この滅びた世界を、自らの悪趣味な実験と、気まぐれな戯れのための、巨大な舞台へと作り変えようとしていた。その最初の役者たちが、今、揃ったのである。

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