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冒険者適性Aランク でも俺、鍛冶屋になります  作者: むひ


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暗黒時代の突入100:魔王の帰還と世界の終焉

高山の頂は、今や絶対的な静寂と、氷点下の沈黙に支配されていた。クラルの肉体を支配したアスモデウスは、足元の岩盤を自らの新たな玉座とし、眼下に広がる、完全に変わり果てた世界を見下ろしていた。


紫の瘴気が大地を覆い、狂った星々が空を乱舞する。もはや「人間」という種族は存在せず、地上を支配するのは、かつて人間であった者たちの怨念が生み出した、実体なき魔物たちの群れだけ。その全てを、深紅に輝く瞳で眺めながら、アスモデウスは深いため息をついた。


「……ふむ。随分と、静かになりすぎたものだな」


彼の、神の如き魂観測能力は、この滅びゆく世界の現状を、瞬時に把握していた。生き残った知的生命体はいない。ただ、目的もなく過去の憎しみを繰り返し再生し続けるだけの、魂の残響が彷徨っているだけ。


「これでは、遊び相手にもならん」


彼の、深紅の瞳には、完全な退屈の色が浮かんだ。しかし、すぐにそれは、悪魔らしい、愉悦に満ちた好奇心へと変わった。


「だが……考えようによっては」

アスモデウスは、ゆっくりと立ち上がった。「白紙に戻ったキャンバス、というわけか。これほど、自らの介入に値する舞台も、そうそうあるものではない」


彼は、何もない空間に向かって、その指を鳴らした。パチン、という乾いた音が、静寂な山頂に響き渡る。


「……眠りの時は終わった。来たれ、我が古き眷属たちよ。新しい『戯れ』の始まりだ」


魔王の最初の眷属たち


彼の呼びかけに応えるように、空間そのものが悲鳴を上げ、五つの異なる属性を持つ、禍々しい魔法陣が、玉座の周囲に同時に現れた。それぞれの魔法陣から、懐かしい、そして忠実な気配が立ち上ってくる。


最初の魔法陣――知識を象- 徴する青い光の中からは、無数の書物を従えた、学者の姿をした悪魔が、恭しく現れた。

「お呼びにより参上いたしました、我が主アスモデウス様。永き眠りの間も、貴方様の叡智を忘れたことはございません」

知恵と技術の悪魔、ベリアル・ナレッジ。彼こそは、ネオニッポン時に、アスモデウスの副校長として、禁断の知識を少年たちに教え込んだ張本人だった。


二番目の魔法陣――闘争を象徴する赤い光の中からは、全身を漆黒の鎧で固めた、屈強な戦士の悪魔が現れた。

「このマルファス、主の呼び声に応じ、再びこの地に剣を捧げまする!して、今度の敵は、いずこに!」

戦争と破壊の悪魔、マルファス・ウォーリア。ネオニッポンでは体育教師を装い、無垢な魂に殺戮の技術を叩き込んだ。


三番目の魔法陣――創造を象徴する緑の光の中からは、幾何学的な文様が刻まれたローブを纏った、芸術家風の悪魔が現れた。

「フフフ……。新しい世界を『創造』するお時間ですかな、アスモデウス様?このバエル、いつでもご命令を」

創造と錬金の悪魔、バエル・クリエイター。日本の学校や街並みを一夜にして創造した、驚異的な建築家。


そして四番目の魔法陣――生命を象徴する黄金の光の中からは、慈母のような穏やかな微笑みを浮かべた、女医の姿をした悪魔が現れた。

「皆様、お怪我はございませんか?どんな傷でも、このパイモンが癒やして差し上げましょう……たとえ、魂の傷であっても」

生命と治癒の悪魔、パイモン・ヒーラー。ネオニッポンでは保健医として、愛と出産を奨励し、その実、優秀な魂の「繁殖」を管理していた。


「久しぶりだな、諸君」

アスモデウスは、集ったネオニッポン時代の配下たちを見渡し、満足そうに言った。「見ての通り、この世界は少々『片付け』が必要なようだ。君たちには、その手伝いをしてもらいたい」


終末の世界で始める戯れ


人間界の滅びの淵という、あまりにも壮大で絶望的な光景を前にして、アスモデウスは恐怖も悲しみも感じてはいなかった。彼にとって、それはただ、最高のエンターテイメントの始まりに過ぎなかった。


「ベリアルよ」

「はっ」


「まず、この世界の成り立ちと、現状を、完全に解析せよ。あの『紫の帳の娘』とやら……その怨念の構造と、そこに眠るクラルの魂の痕跡をな。全てを知り、全てを理解した上で、最も『面白い』筋書きを考えるのだ」

アスモデウスは、ベリアルに、この滅びゆく世界のことわりそのものを、娯楽小説のように読み解くことを命じた。


「マルファス」

「御意!」


「お前は、地上に彷徨う怨念の魔物どもを『狩り集めよ』。だが、消滅させるな。彼らは、我々がこれから始める、新しいゲームの大切な観客であり、そして**最高の『素材』**なのだからな」


「バエル」

「ここに」


「この山頂に、我々の新しい城を築け。かつてのネオニッポンのような紛い物ではない。真の悪魔の美学を結集した、究極の摩天楼をだ。全世界から、この絶望の象徴が見えるほどの、壮大な城をな」


「そして、パイモン」

「はい、アスモデウス様」


「お前は、この世界の生命そのものを『研究』せよ。魔物たちの怨念のパターン、魔郷の生態系、そして、かろうじて生き残っているかもしれない、龍族の痕跡。それらを交配させ、融合させ、我々の誰も見たことのない、新しい『生命』を創り出すのだ」


最後の審判、そして新たな世界の創造


アスモデウスの命令一下、四体の悪魔たちは、それぞれ歓喜に満ちた表情で、その任に取り掛かった。彼らにとって、この滅びた世界は、自らの欲望と能力を、何の制約もなく解放できる、夢のような実験場であった。


「……そして、我は」

アスモデウスは、紫の瘴気に覆われた大地を見下ろし、恍惚として呟いた。


「この世界の、最後の審判者となり、そして新たな創造主となる」


彼は、この世界を再生させるつもりなど、毛頭なかった。彼は、この混沌の中から、全く新しい、彼自身の理想とする世界――悪魔の、悪魔による、悪魔のための世界を、創造しようとしていたのだ。


「クラルよ、お前が夢見た『共有』の楽園は、脆くも崩れ去った」

彼は、自らの魂の奥底で眠る、クラルの意識に語りかけた。「これから見せてやろう。真の支配者が創り出す、完璧な秩序と、究極の混沌に満ちた、悪魔の楽園とは、どのようなものかを」


アスモデウス(クラルの肉体を支配)の、気まぐれで、壮大で、そしてどこまでも悪趣味な「世界再創造計画」が、今、静かに始まった。


「紫の帳の娘」とサイラスの幻影。二つの巨大な怨念がもたらした世界の終焉は、結果として、より根源的で、より強力な悪――真の魔王の帰還を、招いてしまったのである。

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