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冒険者適性Aランク でも俺、鍛冶屋になります  作者: むひ
アシェルの章

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暗黒時代の突入98:沈黙する世界

最後の灯火


その報せは、大陸最南端、嵐の海に囲まれた孤島の灯台守にもたらされた、一羽の伝書鳩が運んできた、最後の通信だった。


『――北の王国、陥落。……女王陛下、……万歳。……我ら、……最後まで……誇りを……』


文字は途中でインクが滲み、判読不能になっていた。それが、人間文明からの、最後の公式な記録となった。


それから、半年。ついに魔郷は、大陸の全てを覆い尽くした。 北は永遠の氷雪に閉ざされた極地から、南は灼熱の太陽が照りつける砂漠の果てまで。東は昇る太陽の海から、西は沈む夕陽の海まで。かつて、そこには多様な文化と、数え切れぬほどの物語を持った、無数の国家が存在していた。アーサー王国の白亜の城も、ベルガモット王国の芸術の都も、大和国の美しい桜並木も。その全てが今、等しく、沈黙の紫の帳の下に沈んでいた。


廃墟の交響曲


都市は廃墟となり、国家は消滅した。


かつてグランベルク王都カストラムと呼ばれた場所は、今や巨大な黒水晶の玉座がそびえ立つ、魔郷の中心地と化していた。美しい白亜の建物は、酸性の瘴気の雨によって溶かされ、ねじ曲がった骸骨のような残骸を晒している。王宮へと続く大通りは、怨念の魔物たちが川のように行き交う、魂のハイウェイとなっていた。


大陸各地の都市もまた、同じ運命を辿った。高層建築は、まるで巨大な墓石のように静まり返り、その窓という窓からは、紫色の瘴気の蔦が、内側から絡みつくようにして伸びている。広場には、風化した馬車の残骸や、持ち主を失った子供の玩具が、まるで文明の墓標のように、虚しく転がっていた。


風が吹くと、廃墟となった建物群は、奇妙な音楽を奏でた。割れた窓ガラスが笛のように鳴り、壊れた扉が低く呻き、錆びついた風見鶏が甲高く軋む。それは、滅び去った文明が奏でる、物悲しい交響曲だった。


息を潜める者たち


生き残ったわずかな人間たちは、もはや地上の民ではなかった。彼らは、地下深くの古代遺跡のさらに奥、あるいは山奥の、龍さえも寄り付かないような険しい洞窟で、まるで原始時代の獣のように、息を潜めて生きるのみだった。


彼らの社会には、もはや国も、法も、文化も存在しない。あるのはただ、今日一日を、いかにして魔物の目から逃れ、生き延びるかという、動物的な本能だけだった。彼らは、わずかな食料を求めて、夜の闇に紛れて地上へと這い出し、魔物たちの気配に怯えながら、腐りかけた木の実や、汚染された水を啜った。


彼らの顔からは、表情が消えていた。笑うことも、泣くことも、怒ることさえも、とうの昔に忘れてしまったかのように。その瞳は、ただ、いつ終わるともしれないこの悪夢の中で、次なる脅威を警戒するように、虚空を彷徨うだけだった。


新しい支配者


地上を支配するのは、彷徨える怨念の魔物たちと、狂ったように咲き乱れる紫色の瘴気の花だけだった。


怨念の魔物たちは、もはや人間を積極的に狩る必要さえなかった。彼らの数は増え続け、大陸の至る所を、さながら新しい世界の住民であるかのように、闊歩していた。彼らは時折、生前の記憶の断片に導かれるかのように、かつて自らが住んでいた家の廃墟の前に立ち止まり、虚ろな瞳で、ありし日の幻影を見つめていた。


そして、大地は、新しい生態系によって、完全に書き換えられていた。かつて緑豊かだった草原や森林は、全てが紫色の植物に覆い尽くされていた。瘴気の花。それは、死のエーテルを養分として咲き誇る、美しくも致死の毒を持つ花だった。その花々は、夜になると、燐光のように妖しい光を放ち、大陸全体を、広大な死者の庭園のように、幻想的に、そして不気味に照らし出した。


世界から、文明の灯火と、人間たちの笑い声が、完全に消え失せた。


音のない、色のない(紫以外の)、希望のない、徹底的に破壊され尽くした世界の情景。それは、訪れる者全ての心を、絶対的な無力感で満たす。物語は、もはや読後感に深い喪失感だけを、鋭い傷跡のように刻みつける。


最後の予兆


だが、その完全な沈黙と絶望の世界に、ほんの僅かな、しかし確実な「変化」の兆しが、現れようとしていた。


魔郷の中心、黒水晶の玉座に座る「紫の帳の娘」。彼女は、世界の全てが自らの絶望の色に染まったことに、満足するでもなく、ただ虚ろな瞳で、狂い始めた星空を見上げていた。


その時。彼女の、赤黒く燃える瞳の奥底で、ほんの一瞬だけ、全く別の色の光が、微かに瞬いた。それは、黄金色。温かく、慈愛に満ちた、かつて彼女自身がその内に宿していたはずの、生命の光だった。


『逆転の書』の呪いは完璧だった。だが、彼女が最後に喰らった魂――何百、何千万という無数の魂の中に、一つだけ、その呪いをもってしても完全に消し去ることのできない、規格外の「光」が混じっていた。


それは、遥か遠い地を旅する、一人の神王が放つ、慈愛の光の、あまりにも微細な残滓であった。

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