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冒険者適性Aランク でも俺、鍛冶屋になります  作者: むひ
アシェルの章

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エーテルの時代の終焉89:知性の復讐

ギルド壊滅の報は、最後の一撃だった。グランベルク王国の民衆を支えていた、「いつか英雄が救ってくれる」という、か細い希望の糸を、完全に断ち切ったのだ。王都カストラムはパニックに陥った。富める者は我先にと南の港へと逃げ惑い、貧しい者は家に閉じこもり、ただ祈りを捧げることしかできなかった。


しかし、人々が空に浮かぶ赤黒い雲と、日に日に近づいてくる紫の瘴気に怯えている間に、もう一つの、より静かで、より悪辣な脅威が、既に首都の心臓部まで忍び寄っていることに、誰一人として気づいてはいなかった。


それは、物理的な形を持たない影。サイラスの幻影だった。

かつて彼が無念の死を遂げた安アパートの一室から生まれたその怨念は、「紫の帳の娘」の軍勢とは別行動を取り、独自の目的のために動いていた。彼の標的は、かつて自らが所属し、そしてその類稀なる才能を無慈悲に否定された場所――グランベルク王立学園と、それに隣接する王立アカデミーであった。


彼は、瘴気の霧に紛れ、誰にも知られることなく、変わり果てた学園の門をくぐった。そこは、多くの生徒が逃げ出し、もはや学び舎としての機能のほとんどを失った、ゴーストタウンと化していた。


最高潮に達する怨念


サイラスの幻影が、かつて自らが学んだアーコン・ティアの講義室の前に立った、その瞬間。彼の半透明な身体から、黒い憎悪のオーラが激しく噴き出した。


『……ここか。俺の才能を、あの老害どもがゴミ屑のように踏みにじった場所は……』


彼の脳裏(魂)に、生前の屈辱的な記憶が、鮮明に蘇る。「君の理論は危険すぎる」「既存の秩序を乱すだけだ」。そう言って、彼の革新的な論文を目の前で破り捨てた教授たちの、あの嘲笑うかのような顔、顔、顔。


『俺を認めなかった、愚かな世界め……。お前たちが築き上げた、その陳腐な知性の城を、内側から、根こそぎ腐らせてくれる……!』


彼の怨念は、ここで最高潮に達した。しかし、彼が選んだ復讐の方法は、「紫の帳の娘」のような、直接的な生命の捕食ではなかった。それは、彼が生前最も得意とし、そして最も執着していた手段――知略による、陰湿で、残忍な攻撃だった。


システムのハッキング


サイラスの幻影は、物理的な壁など存在しないかのように、学園の中央管理室へと侵入した。そこには、今やほとんど機能していないが、かつて学園の、そして王都全体の情報を司っていた、巨大なマギアテック制御システムが眠っていた。


『……久しぶりだな、我が子よ』


サイラスは、制御盤にそっと手を触れた。このシステムの基礎理論の多くは、彼自身が学生時代に考案したものだった。彼は、このシステムの創造主であり、そして、その最も深い場所に存在するバックドアを知る、唯一の存在でもあった。


彼は、学園の通信網やマギアテックの制御システムに、ハッキングを開始した。


最初に彼が乗っ取ったのは、王都全域に設置されていた、災害時用の魔法拡声器システムだった。


偽情報の拡散と社会の崩壊


『――緊急警報!緊急警報!王宮地下の食糧庫で、火災発生!備蓄食糧の大部分が、失われました!』


サイラスの、変幻自在の声(怨念)が、恐怖に怯えるカストラムの街中に響き渡った。それは、もちろん完全な偽情報だった。しかし、パニック状態にある民衆が、その真偽を確かめる術はなかった。


その偽情報をきっかけに、街では、大規模な暴動と略奪が発生した。

「食料がなくなるぞ!」

「今のうちに、奪えるだけ奪うんだ!」

人々は、隣人を蹴落とし、商店の窓を破壊し、僅かな食料を奪い合った。生存者同士を争わせ、都市機能を内側から麻痺させる。これこそが、サイラスの描いた、知的な復讐の第一幕だった。


彼の攻撃は、さらに続く。

次に彼が狙ったのは、王都の浄水システムだった。


『――水道局より緊急連絡。魔郷の瘴気により、水源が汚染された可能性あり。当分の間、生水を飲むことは危険です――』


この偽情報により、街から安全な水が消えた。人々は僅かな井戸水や、高値で売られる瓶詰めの水を求め、再び醜い争いを始めた。


悪辣なる終焉への道


サイラスの幻影は、学園の中央管理室で、自らが引き起こした混乱を、満足げに見下ろしていた。

『そうだ……争え、奪い合え、人間ども。お前たちが信じていた秩序など、所詮はこの程度の、脆い砂上の楼閣だったのだ』


彼は物理的な破壊は一切行っていない。ただ、最も効果的なタイミングで、最も効果的な「嘘」を囁いただけだ。それだけで、人間社会は、いとも容易く、自滅へと向かっていく。


「紫の帳の娘」による直接的な恐怖に加え、サイラスの幻影による知的な恐怖。脅威の多層性が、グランベルク王国に残された、最後の希望の光さえも、完全に覆い尽くそうとしていた。物理的な力だけでなく、社会システムそのものが崩壊していく様は、もはや誰も抗うことのできない、終焉への行進曲だった。


彼の復讐は、まだ始まったばかりだった。次に彼が狙うのは、通信網を麻痺させ、人々を完全に孤立させること。そして、救助活動を行うギルドや騎士団に偽の情報を流し、彼らを魔郷の中心へとおびき寄せることだった。絶望は、さらに、深まっていく。

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