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冒険者適性Aランク でも俺、鍛冶屋になります  作者: むひ
アシェルの章

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エーテルの時代の終焉82:魔郷の誕生

アシェルの死から、およそ五十年の歳月が流れた。 その間に、世界は緩やかに変わり、王国には新たな世代が生まれ育っていた。だが、大陸の一角、かつて名もなき村があったその場所では、時間は正常な流れを拒絶し、一つの巨大な悪意が、熟した果実のようにその完成の時を迎えていた。


かつて人々が「忌み森」と呼び、恐れながらもその存在をかろうじて認識していた場所は、もはや存在しなかった。代わりにそこにあったのは、直径数十キロに及ぶ、常に紫色の瘴気に覆われた広大な異界だった。人々は、その土地を新たな名で呼ぶようになった。畏怖と、絶望と、そして根源的な恐怖を込めて――「禍々しい魔郷」、と。


魔郷を遠くから眺めると、それはまるで大地に開いた巨大な傷口のようだった。周囲の空は、健康な青ではなく、どす黒く淀んだインクの色をしており、地平線に近づくにつれて不吉な紫色へとグラデーションを描いている。そして、その領域の真上の空は、古血のように赤黒く染まり、決して晴れることのない厚い雲が、巨大な蓋のように大地を覆っていた。太陽の光さえ、その禍々しい帳を突き抜けることはできず、魔郷の内部は、常に薄暗い黄昏に支配されていた。


歪んだ世界の光景


魔郷の境界線を一歩でも踏み越えた者は、即座にその異常性を五感で理解させられる。まず、空気が違う。腐敗臭と、魂が凍るような冷気、そして微かに甘い、死の匂い。呼吸をするたびに、生命力が削り取られていくかのような感覚に襲われる。


そして、視界が歪む。その内部では空間は歪み、直線は存在しない。遠くに見えるはずの木々が、次の瞬間にはすぐ目の前に現れたかと思えば、手を伸ばせば届きそうな岩が、蜃気楼のように遠ざかっていく。大地は緩やかに波打ち、歩いているはずなのに、同じ場所をぐるぐると回っているかのような錯覚に陥る。この空間は、侵入者の方向感覚と理性を、容赦なく奪い去っていく。


かつて森だった場所の光景は、地獄絵図そのものだった。枯れた木々は、人の苦悶のような形にねじ曲がっている。ある木は、天に向かって助けを求めるように枝を伸ばし、ある木は、絶望にうなだれる老婆のような姿で佇んでいる。その幹には、時折、苦痛に歪んだ人間の顔のような模様が浮かび上がっては消え、風が吹けば、枝々が「助けて」と囁いているかのように、か細く軋んだ音を立てる。


大地には、もはや草一本生えていない。代わりに、ぬかるんだ黒い土の上を、紫色の粘菌のようなものが、脈打つ血管のように這い回っていた。時折、その粘菌の中から、泡がぷつりと弾け、中から、かつてこの森に生きていた小動物の、小さな怨念が生まれ出ては、すぐに瘴気の中へと消えていった。


ゴーストタウン


魔郷のさらに奥深くへと進むと、一つの集落の残骸が現れた。かつてアシェルを殺したあの村だった。しかし、今やそこに生活の営みは一切なく、完全に飲み込まれ、ゴーストタウンと化していた。


石造りの家々は崩れ落ち、木製の梁は腐り、屋根には紫色の苔がびっしりと生えている。村の広場には、錆びついた農具が散乱し、風雨に晒されたまま放置されている。家の中を覗けば、テーブルの上には、五十年前の最後の食事であろうか、腐り果てた食べ物がそのまま残され、その上に厚く埃が積もっていた。


村人たちの最期は、惨めだった。精神汚染によって互いを憎み合い、殺し合った末に、最後の一人が孤独に息絶えた後、村全体が魔郷の瘴気に飲み込まれたのだ。今では、村人たちの怨念だけが、虚ろな骸となって、このゴーストタウンを永遠に彷徨い続けている。風が吹くと、開いたままの扉がキーキーと軋み、まるで死者たちの嗚咽のように、寂しく響き渡る。


脈打つ心臓


そして、ゴーストタウンを抜けた、魔郷の絶対的な中心。かつて、あの古い井戸があった場所。


そこに、「それ」はあった。


空には赤黒い雲が渦を巻き、その中心から、まるで巨大な竜巻のように、濃密な紫色の瘴気が、絶えず大地へと降り注いでいる。その瘴気の奔流が着弾する地点に、直径三十メートルはあろうかという、巨大な黒い水晶が、大地から突き出すようにして存在していた。


それは、ただの鉱物ではなかった。内部からは不気味な紫色の光が明滅し、まるで巨大な禍々しい心臓のように、ドクン、ドクンと、ゆっくりと、しかし確実に脈打っていた。凝縮された死のエーテルが、五十年の歳月をかけて結晶化した、怨念の核。その脈動に合わせて、周囲の空間は歪み、大地は震え、魔郷全体が、その呼吸を合わせているかのようだった。


この黒い水晶こそが、アシェルという一つの魂の、究極の悲劇の成れの果てだった。

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