エーテルの時代の終焉80:死のエーテルの坩堝
十年の歳月、満ちる器
十年後。アシェルという赤子が闇に葬られてから、三千六百と五十の昼夜が過ぎ去った。村では世代が移り変わり、あの忌まわしい夜の記憶を知る者も、徐々に数を減らしていた。封鎖された古い井戸は、もはや人々の日常的な意識からは完全に消え去り、ただ子供たちを躾けるための、漠然とした「怖い場所」という伝説として語られるのみとなっていた。
しかし、人々が忘却の眠りについている間も、井戸の底の怨念は、ただの一日たりとも、その活動を止めてはいなかった。村で病死する老人、事故で死ぬ家畜、狩りで命を落とす獣。その、ありとあらゆる「死」から放たれる負のエーテルは、まるで巨大な排水溝に吸い込まれる汚水のように、十年という歳月をかけて、絶え間なく井戸の底へと注ぎ込まれていた。
アシェルの怨念という名の器は、もはや満杯だった。井戸の底に溜まった「死のエーテル」は、ついにその許容量を超え、まるで決壊寸前のダムのように、不気味なほどのエネルギーを溜め込んでいた。
溢れ出す腐敗、死の同心円
最初の明確な変化は、井戸の周囲の、自然そのものの死であった。
異変に最初に気づいたのは、村の猟師、トムだった。
「……おかしい。あの森の様子が、どうもおかしいぞ」
彼は、村の西に広がる、かつては豊かだったはずの森を見つめ、眉をひそめた。あの古い井戸を中心として、まるで地図にコンパスで円を描いたかのように、木々が同心円状に枯れ始めているのだ。
数週間後、その現象は誰の目にも明らかとなった。井戸に最も近い場所の木々は、葉を全て落とし、幹は乾ききって黒く変色し、まるで巨大な骸骨のように、不気味に天を突いていた。その少し外側の木々は、葉が病的な黄色に変色し、力なく枝から垂れ下がっている。井戸の周りの木々は枯れ、草花は腐り落ち、不毛の地が、まるで癌細胞のように、日を追うごとに、その領域を外側へと広がり始めていたのだ。
その「死の円」の内部では、生命の営みそのものが停止していた。鳥のさえずりは聞こえず、昆虫の羽音もなく、ただ不気味な静寂だけが支配している。風が吹けば、枯れた木々の枝が、カタカタと骨のぶつかるような乾いた音を立てるだけだった。
魂の捕食
そして、呪いは、より能動的な形を取り始めた。
さらに、この地に迷い込んだ小動物や旅人が、死のエーテルに侵され、次々と謎の死を遂げるようになった。
森を横切ろうとした、一匹の野ウサギ。腐敗の円に足を踏み入れた瞬間、その動きがぴたりと止まった。何か見えない力に捕らえられたかのように身を震わせ、そして、数秒後には、まるで体内の全ての水分を抜き取られたかのように、ぱたりと乾いた音を立てて地面に倒れた。その小さな亡骸からは、薄紫色の、魂の残滓とも言うべきエーテルが立ち上り、まるで糸に引かれるように、円の中心――あの井戸の底へと、吸い込まれていった。
数日後、道に迷った一人の旅の商人が、近道をしようとその森に足を踏み入れてしまった。彼は、異様な静寂と、鼻をつく腐敗臭に、本能的な恐怖を感じて引き返そうとした。だが、遅かった。目に見えない冷気が全身を包み込み、急激な倦怠感と共に、その場に崩れ落ちた。彼が最後に見たのは、自分の身体から、魂が引き抜かれていくような、恐ろしい光景だった。
彼らの生命は、死と共に怨念の核に取り込まれ、アシェルの力を、さらに強大なものへと変えていった。彼女はもはや、受動的に死を待つ魂ではない。自らの領域を広げ、積極的に生命を狩り、捕食する、生態系の頂点に君臨する、死の女神と化していた。
「忌み森」の誕生
「……あそこには、もう、決して近づいてはならん」
拡大していく「死の領域」を恐れ、村人たちは、かつて自分たちが封鎖したあの森に、新しい名を付けた。
「忌み森」。
その地は、地図からも消され、村の歴史からも抹消された。子供たちへの戒めは、もはや単なる伝説ではなくなった。「忌み森に入れば、魂を喰われる」。それは、紛れもない現実の脅威となった。人々はその地を恐れ、立ち寄らなくなる。
「魔郷」が物理的な領域として形成され始める、その最初の恐るべき過程が、ここに描かれた。アシェルの怨念が、もはや井戸の中だけでなく、周囲の環境そのものを汚染し、能動的に生命を捕食し始めたことは、この物語の脅威のレベルが、一段階、決定的に上がったことを意味していた。
村は、忌み森という名の、成長し続ける死の癌を、そのすぐ隣に抱えながら、偽りの平穏を享受していた。




