表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者適性Aランク でも俺、鍛冶屋になります  作者: むひ
アシェルの章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

178/262

エーテルの時代の終焉76:穢れた誕生

時間は、もはや逆巻くことをやめていた。だが、それは正常な流れに戻ったわけではない。『逆転の書』が最後に引き起こした因果の嵐は、この世界の、ある一点の時空を、修復不可能なほどに歪めてしまったのだ。


その特異点――グランベルク王国の片隅、名もなき村。雨が叩きつける、あの夜。古い家の、薄暗い産室で、女が一人、最後の力を振り絞っていた。母ヒルダ。その腹の中には、新しい命が宿っている。しかし、因果が歪んだこの世界では、その命がどのような形で生まれ落ちるのか、もはや神々でさえ予測できなかった。


アシェルは、再び赤子として生を受ける。だが、それは祝福されるべき誕生ではなかった。仲間たちとの絆の記憶も、エルダンから教わった力の制御法も、全ては因果の渦の彼方に消え去っている。


代わりに、その無垢な魂には、『逆転の書』の呪詛が、まるで生まれつきの痣のように、深く、そして禍々しく刻み込まれていた。「逆転」の呪い。それは、彼女の持つ力の性質を、光から闇へ、生から死へと、完全に反転させてしまっていた。


最初の咆哮、最初の破壊


「う……うあああああああっ!!」


女の絶叫と共に、赤子は産声を上げた。しかし、それは生命の誕生を喜ぶ声ではなかった。それは、この世の全てに対する、憎悪と渇望に満ちた、呪詛の咆哮だった。


生まれた瞬間、生存本能ではなく、純粋な破壊衝動として覚醒した「吸収」能力が、制御不能なまま暴走した。赤子の小さな身体が、にわかに薄紫色の、不吉な光を放ち始める。


「ああ……やっと会えたわね、私の……」


母ヒルダが、疲れ果てた表情で、しかし愛おしそうに、我が子へと手を伸ばした、まさにその刹那。


赤子の力が、牙を剥いた。最も近くにいた、最も豊かなエーテルの源――母ヒルダの生命エーテルを、一瞬にして、一滴残らず、根こそぎ吸い尽くしたのだ。


ヒルダの身体が、まるで急速に干からびていく花のように、その潤いと血の色を失っていく。彼女の瞳からは、我が子への愛情が驚愕と恐怖へと変わり、そして最期に、何も映さない虚無へと落ちていく。悲鳴を上げる間もなかった。彼女の魂は、我が子によって、完全に捕食された。


数秒後、ヒルダの身体は、まるで数百年を経たミイラのように、乾ききった骸となって、シーツの上に崩れ落ちた。彼女を即死させてしまったのだ。


反復と悪化、決定的な烙印


最初の世界の悲劇の「反復」と「悪化」。かつての世界線では、アシェルは母の命を緩やかに奪ってしまった。だが、この歪んだ世界では、彼女は母を瞬時に、かつ攻撃的に殺害してしまったのだ。


産婆を務めていた老婆マーサは、そのおぞましい光景を前に、腰を抜かして悲鳴を上げた。

「ひぃ……!あ、悪魔の子だ……!」


赤子は、母の生命を吸い尽くしたことで、さらに禍々しい光を増していた。その小さな瞳には、赤子らしい無垢さなど欠片もなく、ただ、飢えと破壊衝動だけが、飢えた獣のようにぎらついていた。


「この子は……この子は、ヒルダを殺した……!」

「疫病神どころじゃない!こいつは、真の災厄だ!」


駆けつけた村人たちは、乾ききったヒルダの亡骸と、不吉な光を放つ赤子を見て、恐怖に戦慄した。アシェルの存在は、この世界に生まれ落ちたその瞬間から、救いようのない、決定的に**「穢れた」**ものであるという、絶対的な烙"印を押されてしまったのだ。


破滅への序曲


赤子は、なおも満たされぬ渇望のままに、周囲のエーテルを無差別に吸い込み続けていた。部屋の蝋燭の炎が揺らぎ、駆けつけた村人たちの顔からも、生気が失われていくのが分かった。


(……もっと……もっと、喰わせろ……!)


言葉にならぬ、魂の叫び。それは、サイラスが『逆転の書』に込めた、純粋な破壊衝動そのものであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ