エーテルの時代の全盛期74:失われる世界
時間は、もはや前に進んではいなかった。アシェルの魂を中心として、世界はまるで壊れた映写機のように、猛烈な勢いで逆再生を始めていた。彼女の意識は、肉体から切り離され、ただ傍観者として、自らが築き上げてきた幸福な世界が、音を立てて崩れ落ちていく光景を、為すすべなく見つめることしかできなかった。
アシェルの周囲から、時間が逆再生されるかのように、世界が巻き戻っていく。
――ついさっきまで聞こえていたはずの、数万の民衆からの、割れんばかりの祝福の歓声が、奇妙な逆再生音と共に、彼らの喉の奥へと吸い込まれていく。広場を埋め尽くしていた笑顔、笑顔、笑顔。その全てが、無表情へと戻り、やがて、式典が始まる前の、期待に満ちた顔へと変化していく。
演壇に立つ国王アレクセイの、彼女を讃える力強い言葉が、意味をなさない音の断片となって、彼の唇へと逆流していく。彼が掲げた「エーテル時代の申し子」という称号が記された勅令の羊皮紙が、ひとりでに丸まり、彼の懐へと戻っていく。
解けていく絆
(……やめて……)
アシェルの魂が、声にならない悲鳴を上げた。だが、その叫びは、誰にも届かない。
仲間たちの笑顔が消えていく。
演壇の麓で、涙を流して彼女の栄光を喜んでくれていたリアンの姿が、陽炎のように揺らめいた。彼女の頬を伝っていた喜びの涙が、まるで奇跡のように吸い上げられ、瞳の奥へと消えていく。アシェルと交わした「世界を変えたね」という誇らしげな視線が、式典前の「頑張ってね」という、不安げな視線へと巻き戻っていく。二人の間に確かに存在したはずの、革命を成し遂げた同志としての深い絆が、指の間をすり抜ける砂のように、サラサラと解けていく。
フードを外し、素顔で彼女を誇らしげに見つめていたカイン。彼の顔の火傷痕が、一瞬だけ、罪悪感に歪んだ、かつての彼の表情に見えた。解放戦線を勝利に導いた参謀としての自信に満ちた眼差しが、まだ何者でもなかった頃の、劣等感に苛まれていた瞳へと逆行する。
ケンシンとタケル。彼らが向けてくれていた、戦友としての、そして師としての、温かく、そして力強い眼差し。それもまた、薄れていく。「おはんは、わいらの誇りじゃ」という言葉が聞こえる前に、「おはんは、一体何者じゃ?」という、最初の出会いの日の、警戒に満ちた響きだけが、アシェルの記憶に残った。
築き上げた絆が、一本、また一本と、無慈悲に断ち切られていく。それは、彼女の魂そのものが、引き裂かれるような痛みだった。
無に帰す偉業
成し遂げた偉業が無に帰していく。
アシェルの意識は、過去へと猛烈な勢いで引きずられていく。
――中央制御室での、学園長との最後の対決。彼女が、独占されていたシステムを、「共有」の理念の下で解放した、あの輝かしい瞬間。その光景が、逆再生される。解放されたはずのレメディアルの先輩たちの魂が、再びカプセルの中の苦悶の表情へと戻っていく。壁のマナ・スクリーンに表示されていた「福祉機関『マザー・コア』」の文字が、またたく間に「生体ユニット管理システム」という、冷たい文字へと書き換えられていく。
――革命の狼煙を上げた、あの日。学園中に響き渡った、彼女の魂の叫び。それに応えて立ち上がった、仲間たちの勇姿。その全てが、無かったことにされていく。
――秋季カップでの、奇跡の勝利。仲間たちと抱き合って喜んだ、あの高揚感。
――地下闘技場で、「エーテル・ドレインの魔女」として戦い続けた、血と汗の日々。
――リアンを救うために、初めて「譲渡」の力を使った、あの夜の決意。
まるで走馬灯のように、彼女の人生のハイライトが、次から次へと、逆向きに再生されては、消えていく。喜びも、悲しみも、怒りも、達成感も。彼女という人間を形作ってきた、その全ての感情と経験が、まるで最初から存在しなかったかのように、虚無へと還っていく。




