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冒険者適性Aランク でも俺、鍛冶屋になります  作者: むひ
アシェルの章

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エーテルの時代の全盛期73:逆流するエーテル 反転する魂

凍りついた時間の静寂を破ったのは、アシェル自身の、声にならない絶叫だった。


『逆転の書』に刻まれた「逆因果のルーン」は、彼女の魂と完全に同調し、その最も根源的な機能――エーテルの流れ――をハッキングしていた。アシェルのエーテルが本に参照され、彼女の**「吸収」という生まれ持った体質そのものが、強制的に「放出」へと反転させられた**のだ。


彼女の身体は、もはや外界からエーテルを受け入れる器ではなかった。逆に、自らの魂と記憶を燃料として、これまで蓄積してきた、そして今この瞬間も仲間たちの想いを受け止めていた膨大な生命エーテルを、際限なく周囲へと撒き散らす、壊れたダムと化した。


「あ……ああ……あああああああっ!」


黄金色の光の奔流が、アシェルの小さな身体から滝のように噴き出した。それは、彼女が「譲渡」の力として仲間たちを癒した、あの温かい光ではなかった。制御を失い、ただただ無秩序に溢れ出す、純粋で、しかしあまりにも過剰な生命エネルギーの津波だった。


祝福という名の暴力


その膨大なエーテルが、光の波となって、静止していた周囲の人々に浴びせかけられた。


最初に悲鳴を上げたのは、壇上の最も近くにいた、王家の儀典官だった。

「ぐ……ぎゃ……!?」

彼の身体は、許容量を遥かに超えるエーテルの奔流に耐えきれず、内側から膨れ上がり始めた。皮膚が裂け、血管が千切れ、そして――。


パンッ、という乾いた音と共に、その場で風船のように爆散した。血肉の代わりに、無数の光の粒子が飛び散り、一瞬だけ美しく輝いて、そして消えた。


その惨劇は、連鎖した。前列にいた、マナに耐性のない貴族たち、文官たち、そして一般市民たちが、次々と、同じ運命を辿っていく。祝祭の歓声は、断末魔の悲鳴へと変わった。耐えきれる者もいたが、過剰なエーテルに酔い、嘔吐し、意識を失っていく。耐えられるものでも体内のエーテルが乱れ、激しいエーテル酔いを起こし、その場に崩れ落ちた。


「……やめ……て……」

アシェルは、自らの身体が引き起こす惨状を前に、涙を流した。彼女が守りたかったはずの人々が、彼女自身の力によって、目の前で破壊されていく。これ以上の地獄が、他にあるだろうか。


計算外の連鎖反応


「……は……はは……ははははは!」

その地獄絵図を、遠くの建物の屋上から、サイラスは高笑いをしながら見下ろしていた。「見ろ!あれが偽善者の末路だ!自らの『共有』の力によって、自らが愛した者たちを破壊していく!なんと美しい皮肉か!」


彼の計画は、完璧に成功したかに見えた。アシェルの力を暴走させ、彼女の理念を完全に破壊する。


しかし、アシェルのエーテルを燃料に魔法を使うために使用されるマナが変質し、サイラスが望む副作用が発生し始めた。エーテル・リバーサルの禁術は、彼のちっぽけな復讐心など、意にも介さなかった。逆流するエーテルは、時空そのものに干渉し、彼自身も予想だにしない事態を引き起こした。


キィィィィィィィィン――!

『逆転の書』から発せられる高周波音が、さらに甲高くなる。アシェルから放出され、世界に満ち溢れた膨大なマナが、今度は時間の逆流という、より巨大な現象の燃料となり始めたのだ。


広場の光景が、陽炎のように揺らぎ始めた。爆散した人々の光の粒子が、スローモーションのように巻き戻り、元の身体へと戻っていく。だが、それは再生ではなかった。ただ、出来事が「起こらなかった」ことにされているだけだった。


「……なんだ……これは……?」

サイラスの顔から、笑みが消えた。


無に帰す証


時間の逆流は、アシェルを中心に、同心円状に広がっていった。

壇上にいたリアンの記憶から、「アシェル、おめでとう!」と叫んだ、数秒前の記憶が消える。

客賓席にいたケンシンの記憶から、アシェルの晴れやかな笑顔が消える。

民衆の記憶から、彼女を讃えた歓声が、ざくり、ざくりと削り取られていく。


人々の記憶だけではない。この式典が存在したという、物理的な証拠さえもが、消え始めていた。広場に舞っていた祝福の花びらが、一瞬にして元の籠の中へと戻る。掲げられていた祝祭の旗が、ひとりでに巻き取られ、畳まれていく。


そして、サイラスの記憶からも、この復讐計画を企て、実行し、そして成功したという、彼の唯一の存在証明であったはずの記憶が、容赦なく消去されていった。

「俺は……何を……?なぜ、こんな場所に……?」

彼は、自分が誰で、何のためにここにいるのかさえ、思い出せなくなっていっていた。


最後に残ったのは、アシェルという存在が、この式典の、この世界の中心にいたという、揺るぎない事実だけだった。そして、『逆転の書』は、その中心にあるアシェルの存在そのものを、最後の標的として捉えた。


サイラスも、アシェルも、彼らがこの世界に生きた証そのものが、無に帰していく。


禁術の恐ろしい効果は、勝利者も敗者も作らなかった。ただ、関わった全ての者の存在を、平等に、そして無慈悲に、消し去るだけだった。残酷で、誰も得をしない、あまりにも悲惨な状況。


時間の逆流は、もはや止まらない。アシェルの短い栄光の歴史は、ページを逆向きにめくられるように、急速に巻き戻されていく。解放戦線の結成、秋季カップの勝利、地下闘技場での戦い、ケンシンとの出会い、そして……学園への入学。


全てが、なかったことになる。


光が最高潮に達した瞬間、『逆転の書』は、アシェルの魂を、その全ての記憶と共に、彼女がこの世に生を受けた、あの雨の夜の、始まりの瞬間へと、完全に引き戻したのだった。物語は、その振り出しへと、最も絶望的な形で、回帰する。

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