エーテルの時代の全盛期70:記念式典
# 第七十章:記念式典――最も輝かしい朝
## 歴史的な朝――紺碧の空
その日――
グランベルク王国の王都カストラムは、歴史が始まって以来の、最も輝かしい朝を迎えていた。
空は――
晴れ渡っていた。
一点の曇りもない、紺碧。
秋の太陽が、街の白亜の石畳を黄金色に染め上げている。
建国記念祭と、新たな英雄の誕生を祝うために、王国全土から、いや、大陸中から集まった人々で、街は溢れかえっていた。
街は――
賑やかだった。
人々が、歩いていた。
笑い声が、響いていた。
旗が、掲げられていた。
花が、飾られていた。
中央大広場に特設された巨大な式典会場は、数万の民衆で埋め尽くされていた。
最前列には、グランベルク国王アレクセイ陛下とそのご家族、近隣諸国の王侯貴族、そして各界の重鎮たちが居並んでいた。
その後方には、学園の生徒たち、職人たち、商人たち、農民たち、その誰もが晴れやかな顔で、この歴史的瞬間の到来を待ちわびていた。
広場に設けられた白亜の演壇。
その上には、まだ誰も立っていなかった。
ただ一つ、ビロードの敷かれた台の上に、今日の式典のために用意された、ある「贈り物」だけが、神秘的な輝きを放つカバーに覆われて置かれていた。
それは――
『逆転の書』だった。
しかし、誰も――
その正体を、知らなかった。
## 英雄の登壇――花道を歩む少女
正午。
王宮の鐘楼から、荘厳な鐘の音が十二回鳴り響いた。
ゴーン、ゴーン、ゴーン……
その音は――
力強かった。
美しかった。
そして――
地を揺るがすような大歓声が沸き起こった。
「アシェル様ー!」
「アシェル様ー!」
式典の主役の、登場であった。
民衆が作る花道を、一人の少女が、静かに、しかし確かな足取りで、演壇へと向かって歩んでいく。
アシェル・ヴァーミリオン。
齢十四。
彼女は、もはや「エーテル・ドレインの魔女」でも、「反逆者」でもなかった。
その小柄な身体には、純白の、質素だが気品に満ちたドレスが纏われていた。
その灰色の瞳には、一人の少女の純粋さと、世界を変えた革命家の叡智が、不思議な調和をもって同居していた。
アシェルは――
歩いていた。
一歩、一歩。
ゆっくりと、確実に。
彼女が歩むたびに、民衆は祝福の花びらを投げかけた。
ヒラヒラと――
花びらが、舞った。
美しく、舞った。
「アシェル様!」
愛のこもった歓声が、波のように彼女を包んだ。
アシェルの偉業を祝う記念式典が、今、盛大に開催されようとしていた。
演壇の麓では、解放戦線の仲間たちが、その光景を万感の思いで見守っていた。
「すごい……」
リアンは、ハンカチで目頭を押さえていた。
「本当に、世界を変えたんだね、アシェルは」
病弱だった自分が、今こうして親友の晴れ舞台に立ち会えている。
その事実が、何よりも嬉しかった。
リアンの目には――
涙が、溢れていた。
「ああ」
カインが、フードを外し、素顔で誇らしげに呟いた。
「あいつは、俺たちの誇りだ」
カインの顔の火傷痕は、もはや劣等感の象徴ではなかった。
過酷な戦いを生き抜いた、栄光の勲章のように見えた。
客賓席では、ケンシンとタケルが、腕を組んでその様子を眺めていた。
「フン」
ケンシンは、ぶっきらぼうに言った。
「わいが育てたようなもんじゃ」
しかし、その口元には、隠しきれない喜びの笑みが浮かんでいた。
「チェストォ!」
タケルは、我慢しきれずに故郷の言葉で叫んだ。
「嬢ちゃん、日本一たい!」
## 祝福の言葉――国王の演説
アシェルが、演壇に立った。
そして――
国王アレクセイ陛下が、自ら彼女の隣に進み出た。
国王は――
威厳に満ちていた。
その姿は――
堂々としていた。
「アシェル・ヴァーミリオン君!」
国王の声は、魔法によって増幅され、広場の隅々にまで響き渡った。
「君が成し遂げた偉業は、グランベルク王国の歴史、いや、人類の歴史そのものにおける、偉大なる一歩である!」
国王の声は――
力強かった。
感動に、満ちていた。
「君は、マギアテックに、新しい魂を吹き込み、支配と独占の時代を終わらせた!」
「君が示した『共有』の理念は、この国の、そして世界の未来を照らす、希望の光そのものだ!」
民衆は――
歓声を上げた。
拍手を、した。
パチパチパチパチ!
その音は――
止まなかった。
国王、貴族、そして彼女に救われた民衆が、心からの祝福を送った。
続いて、かつて「生体電池」として地下に囚われていた、元レメディアルの先輩、エミリナが登壇した。
アシェルの革命によって解放された彼女は、まだ完全には健康を取り戻していなかった。
しかし、その顔には、新しい人生への希望が輝いていた。
エミリナは――
痩せていた。
しかし、目は――
輝いていた。
「アシェルさん……」
エミリナの声は、涙で震えていた。
「ありがとう……」
「あなたは、私たちに、光をくれた」
「人間としての尊厳を、取り戻してくれた」
「この御恩は、生涯忘れません……!」
その、魂からの感謝の言葉に、広場に集った数万の民衆もまた、涙を流した。
みんなが――
泣いていた。
感動で、泣いていた。
## 最高の瞬間――栄光の頂点
ケンシン、リアンたちも、壇上に立つアシェルの姿を、誇らしげに見守っていた。
彼女は、もう、孤独な落ちこぼれではなかった。
多くの仲間に支えられ、多くの人々から愛される、真の英雄となったのだ。
アシェルの栄光が、頂点に達した。
試験塔での絶望。
レメディアルでの孤立。
地下闘技場での死闘。
そして、学園の闇との戦い。
その全ての苦難が、今、この輝かしい瞬間のためにあったのだと、誰もが感じていた。
アシェルは、溢れる涙を堪えながら、集まった全ての人々に、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます……」
アシェルの声は――
震えていた。
感謝で、震えていた。
「でも、これは、私一人の力ではありません」
「支えてくれた、たくさんの仲間たちがいたからです……!」
彼女の視線の先には、はにかみながら手を振るリアン、静かに頷くカイン、そして腕を組んで満足そうにしているケンシンたちの姿があった。




