エーテルの時代の全盛期69:祝祭の前夜
# 第六十九章:絆の輝き――幸福な時間
## 記念式典の前夜――温かい静寂
記念式典を明日に控えた夜。
グランベルク王都は、前夜祭の祝祭ムードで華やかに輝いていた。
街は――
賑やかだった。
人々が、歩いていた。
笑い声が、響いていた。
しかし――
エーテル解放戦線のアジトであった古い植物園の管理棟は、温かく、そして穏やかな静寂に包まれていた。
かつて革命の炎が燃え盛ったこの場所は、今や、苦楽を共にした仲間たちが集う、かけがえのない我が家となっていた。
談話室の中央では――
暖炉の火が、ぱちぱちと優しい音を立てて爆ぜていた。
パチパチ。
パチパチ。
部屋全体を、オレンジ色の柔らかな光で満たしている。
テーブルの上には、リアンや他のメンバーたちが腕によりをかけて作った、ささやかな、しかし心のこもったご馳走が並んでいた。
ローストした鳥の、香ばしい匂い。
焼きたてのパンの、香り。
そして、皆で持ち寄った果実酒の、甘い香り。
それらが――
幸福な空間を、作り出していた。
仲間たちが――
集まっていた。
アシェル、リアン、ケンシン、タケル、カイン。
みんな、笑顔だった。
「――というわけで、明日の主役、アシェルに乾杯!」
カインが、少し照れくさそうに、しかし誇らしげにグラスを掲げた。
部屋にいた全員から、温かい拍手と歓声が上がった。
パチパチパチパチ!
「乾杯!」
みんなが、叫んだ。
「アシェル、おめでとう!」
リアンが、言った。
「君は、俺たちの誇りだ!」
ケンシンが、言った。
式典の前夜、アシェルはケンシンやリアン、解放戦線の仲間たちと、これまでの戦いを振り返り、平和な未来への希望を語り合っていた。
## 絆の輝き――感慨深い言葉
「……信じられないな」
タケルが、大きな肉の塊を頬張りながら、感慨深げに言った。
「つい二年前、わいらはこの地下で、明日の命も知れんちゅうて震えちょったちゅうのに」
タケルの目には――
涙が、浮かんでいた。
「今じゃ、国の英雄様と一緒に、こげん美味い飯が食えちょる」
「本当に、夢みたい……」
リアンも、スープの湯気で潤んだ瞳で微笑んだ。
「あの頃は、明日が来ることが怖かった」
「でも、今は、明日が来るのが楽しみで仕方ないの」
彼女の言葉に、誰もが深く頷いた。
絶望の淵から這い上がり、彼らは自らの手で、この温かい場所と、希望に満ちた明日を勝ち取ったのだ。
苦しい日々が――
あった。
辛い日々が――
あった。
しかし、今は――
幸せだった。
「……全部、アシェルのおかげだよ」
カインが、普段の彼からは想像もできないほど、素直な言葉を口にした。
「君がいなければ、僕たちは今頃、まだあの暗い寮で、希望もなく朽ち果てていただろう」
カインの声は――
震えていた。
感謝で、震えていた。
「違うよ」
アシェルは、静かに首を振った。
「私一人の力じゃない」
「みんながいたから」
アシェルは、仲間たちを見た。
一人一人を、見た。
「カインの頭脳が、リアンの心が、ケンシンさんとタケルさんの力が……」
「みんなの力が一つになったから、私たちは勝てたんだよ」
彼女の言葉には、もはや以前のような気負いや自己犠牲の色はなかった。
ただ、仲間への、揺るぎない信頼と深い愛情だけがあった。
仲間たちは――
感動していた。
涙を、流していた。
## 未来への夢――それぞれの道
「しかし、明日で一区切りじゃのう」
ケンシンが、故郷の芋焼酎をちびちびと舐めながら、言った。
「これから、どうするんじゃ、おはんたちは」
その問いに、仲間たちは、それぞれの夢を語り始めた。
「私は、ドクター・エリアーデの助手として、もっと薬学を勉強したいわ」
リアンが、目を輝かせた。
「アシェルの理論を応用すれば、きっと、どんな病気でも治せる薬が作れるはずだから」
リアンの目には――
希望があった。
未来への、希望。
「……俺は、新しい学園の教師になる」
カインが、決意を込めて言った。
「かつての俺たちのような、才能がありながらも評価されない生徒たちの、力になりたい」
「ティアなんていうくだらないものさしで、人の価値は決まらないってことを、俺が証明してやる」
カインの声は――
力強かった。
決意に、満ちていた。
「わいは決まっちょる!」
タケルが、叫んだ。
「SATUMAに帰って、アシェルの嬢ちゃんから学んだ『共有』の心ば、故郷の若者たちに伝える!」
「武士道も大事じゃが、それだけじゃ足りんち、分かったからの!」
タケルの目は――
輝いていた。
誇りで、輝いていた。
そして、ケンシンがアシェルを見つめて尋ねた。
「……おはんは、どうするんじゃ、アシェル」
アシェルは――
少し、考えた。
そして、穏やかな、しかし確信に満ちた笑顔で答えた。
「私は……」
「私は、この学園に残る」
「そして、私の理論を、もっとたくさんの人に伝えたい」
「力は、争うためじゃなく、助け合うためにあるんだって」
「この世界から、悲しむ人が、一人でもいなくなるように」
彼女の語る、平和な未来への希望。
それは、あまりにも美しく、そしてあまりにも純粋だった。
その場にいた誰もが、彼女が語るその未来が、必ず訪れるのだと信じて疑わなかった。
仲間たちは――
感動していた。
アシェルの言葉に。
アシェルの夢に。
彼らの絆が、最も強く、そして美しく輝く瞬間。
それは、やがて来る悲劇の闇が深ければ深いほど、その輝きを増す、かけがえのない一瞬の光だった。
## 幸福な時間――夜更けまで
宴は、夜更けまで続いた。
SATUMAのメンバーが、故郷の歌を歌った。
その歌声は――
力強かった。
美しかった。
カインが、照れながらも古い詩を朗読した。
その詩は――
美しかった。
感動的だった。
リアンが、小さな魔法で部屋中に光の花を咲かせた。
キラキラと――
光の花が、舞った。
美しく、幻想的に。
アシェルは、その幸福な光景を、心の奥底に焼き付けるように、ただ静かに、そして愛おしそうに見つめていた。
(……これが、私が守りたかったものなんだ)
アシェルは、思った。
エルダンのこと。
地下闘技場での日々。
そして、仲間たちの死。
数え切れないほどの犠牲と痛みの果てに、ようやくたどり着いた、温かい場所。
「アシェル」
ケンシンが、隣に座った。
そして、静かに言った。
「……よう、頑張ったな」
その、不器用だが心からの労いの言葉に、アシェルの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
それは、悲しみの涙ではなかった。
幸せの、涙。
感謝の、涙。
登場人物たちの幸福な瞬間を丁寧に描写することで、読者は彼らの絆の尊さを再確認する。
しかし、その幸福の絶頂こそが、やがて来る悲劇との対比を最大化するための、残酷な舞台装置でもあった。
## 運命の贈り物――子供のような期待
宴が終わり、仲間たちがそれぞれの部屋へ戻った後――
アシェルは一人、窓辺に立って星空を見上げていた。
夜空は――
美しかった。
星が、輝いていた。
明日、彼女は「エーテル時代の申し子」として、世界中から祝福を受ける。
そして、王国から公式の贈り物を授与されるのだという。
(……どんな贈り物なんだろう)
アシェルは、子供のように胸をときめかせていた。
きっと、彼女が築き上げた新しい時代にふさわしい、希望に満ちた贈り物に違いない、と。
アシェルは――
期待していた。
楽しみに、していた。
しかし――
彼女は、知らない。
その「贈り物」こそが、彼女が愛するこの幸福な世界と、仲間たちとの温かい絆の全てを、根こそぎ破壊するための、悪魔の罠であることを。
物語は、最も輝かしい幸福の瞬間の直後に、最も深い絶望の奈落を用意して、その運命の朝を待っていた。
祝祭の前夜。
それは、一つの時代の終わりのための、最後の、そしてあまりにも美しい、鎮魂歌でもあった。




