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冒険者適性Aランク でも俺、鍛冶屋になります  作者: むひ
アシェルの章

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エーテルの時代の全盛期67:最後の偽装

# 第六十七章:祝福の言葉、呪詛の刻印――最も冒涜的な偽装


## 二つの書物――光と闇の対比


秘密研究所「プロメテウス」の奥深く、サイラスは自らの最高傑作の、最終工程に取り掛かっていた。


彼の目の前には、二つの書物が並べられている。


机の上に――


並んで、置かれていた。


一つは、レグルスたちが叡智の全てを結集して完成させた、「エーテル・ハーモニクス理論」の集大成。


白金と水晶で装飾され、そのページには人類の未来を照らすであろう革新的な理論が、美しいインクで記されている。


純粋な知性の輝きを放つ、まさに「光」の書物。


それは――


美しかった。


希望に、満ちていた。


そしてもう一つが、『逆転の書』の本体。


アシェルの髪で綴じられた人皮紙に、罪人の血で呪詛のルーンが刻まれた、禍々しい「闇」の塊。


それは――


不気味だった。


呪いに、満ちていた。


「……美しい」


サイラスは、二つの書物を恍惚とした表情で見比べた。


「実に、美しい対比だ」


サイラスの目には――


狂気の光があった。


そして、彼は、悪魔でさえ思いつかないであろう、最も冒涜的な偽装作業を開始した。


## 祝福の言葉、呪詛の刻印――金粉のインク


サイラスはまず、『逆転の書』の、何も書かれていない最初のページを開いた。


ギィィィ……


重い音がした。


そして、学園最高のカリグラファー(文字の専門家)を匿名で呼び出した。


数日後――


書記官が、サイラスの私室を訪れた。


彼女は――


若い女性だった。


美しい文字を、書くことで有名だった。


「お呼びでしょうか」


彼女の声は――


清らかだった。


「ああ」


サイラスは、答えた。


「この書に、祝福の言葉を書いてほしい」


サイラスは、最高級の金粉を混ぜたインクを用意していた。


それは――


輝いていた。


美しく、輝いていた。


「この言葉を、書き記してほしい」


サイラスは、口述した。


『親愛なるエーテル時代の申し子、アシェル・ヴァーミリオンへ』


書記官の手が、動いた。


ペンが、滑らかに動いた。


美しい文字が、綴られていった。


金色の、インク。


その下に続くのは、アシェルの偉業を最大限に讃える、美辞麗句の限りを尽くした賛辞だった。


『汝が魂の輝きは、我らが学び舎の長き夜を終わらせ、新しい時代の夜明けを告げた』


一文字、また一文字と。


ペンが、走った。


『汝が説いた「共有」の理念は、争いと独占の闇を払い、我々に真の調和の光を示した』


文字は――


美しかった。


芸術的だった。


『この書は、汝の偉大なる功績を永遠に記憶し、その高潔なる魂を未来永劫に讃えるための、我ら一同からの、心からの感謝の証である』


書記官は、自分が歴史的な賛辞を記しているのだと信じていた。


一文字一文字に心を込めて、筆を運んだ。


彼女は――


知らなかった。


その祝福の言葉のすぐ裏側、人皮紙の染み込んだ層で、サイラスが刻んだ「逆因果のルーン」が、邪悪な紫色の光を放っていることを。


光と闇が――


重なっていた。


祝福と呪詛が――


共存していた。


## 王家の紋章という名の偽証――国宝級の芸術品


次に、サイラスは書物の表紙の製作に取り掛かった。


彼が用意させたのは――


磨き上げられた純白の象牙板。


魔力を帯びた白金の延べ棒。


そして、グランベルク王家から、公式ルートを通じて極秘裏に入手させた、王家の紋章の精密な設計図だった。


設計図は――


複雑だった。


美しかった。


サイラスは、学園で最高の腕を持つ宝飾職人を、これもまた匿名と高額な報酬で雇った。


職人が、訪れた。


彼は――


中年の男性だった。


熟練の、職人。


「……これは、王国最高の栄誉ある人物に贈られる、記念碑の製作依頼だ」


サイラスは、設計図を渡した。


「寸分の違いもなく、この設計図通りに仕上げてもらいたい」


宝飾職人は、その設計の複雑さと美しさ、そして何よりも、王家の紋章を刻むという栄誉に、武者震いした。


「……お任せください」


職人の声は――


震えていた。


興奮で、震えていた。


彼もまた、自分が歴史的な傑作の製作に携わっているのだと信じていた。


そして、その持てる技術の全てを注ぎ込んだ。


数日後――


完成した表紙が、届けられた。


それは――


まさに国宝級の芸術品だった。


白金の縁取りには、精巧なエーテルの循環を示す紋様が彫り込まれていた。


中央には、サファイアとダイヤモンドで飾られた、グランベルク王家の『永遠の桜』の紋章が、誇らしげに輝いていた。


キラキラと――


宝石が、輝いていた。


美しく、荘厳に。


サイラスは、その荘厳な表紙を、人皮紙で作られた呪いの本体に、慎重に取り付けた。


丁寧に――


一つ一つの工程を、確認しながら。


完璧を、求めながら。


アシェルの功績を讃える豪華な学術記念碑(献上品)として、『逆転の書』は完璧に偽装されたのだ。


王家の紋章。


それは、この書が安全であり、そして王国最高の敬意の証であることを、何よりも雄弁に物語る、絶対的な保証印に他ならなかった。


この紋章を目にして、この書物の内容を疑う者など、誰一人としていないだろう。


完璧な――


偽装だった。


誰も、疑わない偽装。


## 完成した悪意――絶対的な罠


ついに完成した『逆転の書』を手に取った。


サイラスは、その冷たい感触とずっしりとした重みを確かめた。


重かった。


冷たかった。


しかし――


美しかった。


「……完璧だ」


サイラスの声が、響いた。


彼の目の前にあるのは、もはや単なる呪いの道具ではなかった。


祝福の言葉。


王家の権威。


最高の芸術性。


その全てを兼ね備えた、絶対的な罠。


サイラスの用意周到さと、悪意の深さは、もはや人間の域を超え、芸術的なまでの完成度を誇っていた。


(さあ、舞台は整った)


サイラスは、心の中で呟いた。


サイラスは、偽りの偉業である「エーテル・ハーモニクス増幅器」と、真の目的である『逆転の書』を、それぞれ別々のビロードの布に包んだ。


一つは――


光の書。


希望の、象徴。


もう一つは――


闇の書。


破滅の、象徴。


そして、式典の日に、これらが公式な献上品としてアシェルの元へ届けられるよう、最後の裏工作を開始した。


サイラスは――


動いた。


王宮への、連絡。


儀典長への、確認。


すべてを、手配した。


アシェルが築き上げた、光に満ちた世界そのものが、今、彼女自身の破滅を祝福するための、最も華麗な舞台装置となろうとしていた。


サイラスの復讐は、もはや誰にも止められなかった。


運命の歯車は、悲劇のクライマックスへと向かって、静かに、そして確実に、回転していた。

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