エーテルの時代の全盛期66:偽りの偉業
# 第六十六章:新エーテル理論の完成――光の絶頂
## 地上の光の世界――偉大な功績
『逆転の書』が地下の闇で静かにその呪詛を完成させていた、時を同じくして――
地上の光の世界では、一つの偉大な功績が、輝かしい産声を上げようとしていた。
学園の大図書館、その最上階に新設された「エーテル理論研究所」。
そこで、アシェルは、革命から二年間にわたる研究の集大成として、**「新エーテル理論」**の最終稿を書き上げていた。
研究室は――
明るかった。
窓から、日光が差し込んでいた。
部屋の壁一面には、無数の数式と図形が描かれた羊皮紙が、まるで芸術作品のように張り巡らされている。
それは、彼女が仲間たちと共に歩んできた、苦悩と発見の軌跡そのものであった。
アシェルは――
机に向かっていた。
ペンを、握っていた。
そして、最後の文字を書いていた。
「……できた」
最後の文字を書き終えたアシェルのペンが、震える指から滑り落ちた。
カラン。
音がした。
彼女の目の前には、五百ページにも及ぶ、壮大な論文の束があった。
『共鳴する魂――循環と共有の原理に基づく、新世界体系』
それは、これまでのマギアテック理論を根底から覆す、革命的な論文だった。
エーテルを単なるエネルギー資源としてではなく、生命と魂、そして宇宙そのものを繋ぐ、根源的な「関係性」のネットワークとして捉え直した、全く新しい世界観。
その理論の中核には、彼女が自らの魂で掴み取った「吸収」と「譲渡」の真の意味――すなわち「共有」と「循環」の理念が、厳密な数式と哲学的な洞察をもって記されていた。
アシェルは――
疲れていた。
しかし、満足していた。
ついに、完成した。
「すごい……」
研究のパートナーであったカインが、完成した論文を読み通していた。
そして、畏敬の念を込めて呟いた。
「アシェル、君は本当に、新しい世界の扉を開いたんだ……」
カインの目には――
涙が、浮かんでいた。
感動の、涙。
## 王国を揺るがす功績――満場一致の評価
アシェルの「新エーテル理論」が完成したという報せは、瞬く間に学園を駆け巡った。
そして、グランベルク王国の王宮をも揺るがした。
論文は、直ちに王立アカデミーの碩学たちによって検証された。
その革新性と重要性が、満場一致で認められた。
王立アカデミーの会議室では――
長老たちが、集まっていた。
論文を、読んでいた。
そして、驚嘆していた。
「これは……」
アカデミーの長老であるアーチメイジ・セレスタンが、興奮に震える声で国王アレクセイに報告した。
「マギアテック革命以来の、いや、それ以上の大発見だ!」
セレスタンの声は――
震えていた。
興奮で、震えていた。
「この理論を応用すれば、エネルギー問題だけでなく、医療、農業、さらには人々の精神的な幸福に至るまで、我々の社会が抱える全ての問題を、解決できる可能性があります!」
国王アレクセイは――
驚いた。
そして、感動した。
「なんと……」
国王の声が、響いた。
「それほどの、功績とは……」
その功績は、王国中に知れ渡った。
アシェル・ヴァーミリオンの名は、もはや単なる「学園の英雄」ではなくなった。
「時代の知性を代表する賢者」として、人々の心に刻まれた。
新聞は、連日彼女の特集を組んだ。
一面に――
アシェルの写真が、載った。
見出しには――
「新時代の賢者、アシェル・ヴァーミリオン」
「世界を変える理論、ついに完成」
吟遊詩人たちは、彼女の偉業を讃える新しい叙事詩を歌った。
街角で――
歌声が、響いた。
美しい、旋律。
「銀髪の乙女よ、光の申し子よ」
「その叡智で、世界を照らせ」
人々は――
喜んでいた。
誇りに、思っていた。
## 史上最大の記念式典――王国最高の栄誉
この歴史的な功績に対し、王国は最高の形で応えることを決断した。
王宮の玉座の間で――
国王アレクセイが、宣言した。
「これほどの偉業には、王国最高の栄誉を以て報いるべきである!」
国王の声が、響き渡った。
グランベルク国王アレクセイは、国王の名の下に、アシェルの功績を祝福し、新時代の到来を宣言するための、史上最大の記念式典の開催を決定した。
日時は、一ヶ月後の建国記念日。
場所は、王都カストラムの中央大広場。
大陸中の王侯貴族、学者、芸術家たちが招待される。
その模様は、魔法によって全世界へと中継されるという、前代未聞の規模の祝祭だった。
学園もまた、この祝祭の準備に沸き立った。
廊下では――
生徒たちが、話していた。
「すごいね!」
「アシェル様のための式典だって!」
「私たちの学園から、歴史的な偉人が生まれたんだ!」
生徒たちは、自分たちの学園から歴史的な偉人が生まれたことを、心から誇りに思っていた。
リアンやケンシンたち、解放戦線の仲間たちは、友の栄光を、涙を流して喜んだ。
アシェルの部屋で――
仲間たちが、集まっていた。
リアンが、アシェルを抱きしめた。
「すごいよ、アシェル……!」
リアンの声は、震えていた。
涙で、震えていた。
「あなたは本当に、世界を変えたんだ!」
ケンシンも、タケルも、カインも――
みんな、喜んでいた。
涙を、流していた。
アシェルの栄光が、まさにその頂点に達する瞬間が、用意された。
彼女が長年夢見てきた「共有」の理念が、世界に認められる、最高の舞台。
光が――
眩しかった。
希望が――
溢れていた。
## 復讐の舞台――冷たい笑み
だが、その輝かしい光の裏側。
地下の秘密研究所で、サイラスは、その報せを冷たい笑みで聞いていた。
(……来たか)
サイラスの目の前には、完成した『逆転の書』が、荘厳な輝きを放って置かれていた。
(これ以上ない、最高の舞台じゃないか)
この祝祭が、サイラスにとって、自らの復讐を完成させるための、最高のシチュエーションとなることは、火を見るより明らかだった。
全世界が注目する、栄光の頂点。
全ての観衆が、彼女の言葉に耳を傾け、その一挙手一投足を見守る、祝福の瞬間。
その、まさにクライマックスで、英雄は、自らの手によって、奈落の底へと突き落とされるのだ。
(お前の栄光が大きければ大きいほど、その失墜の絶望もまた、深くなる)
サイラスの計画は、もはや個人的な復讐を超えていた。
歴史的な大悲劇を演出するという、歪んだ芸術的な野望へと、変貌していた。
サイラスは、この式典でアシェルに『逆転の書』を献上させるため、最後の、そして最も巧妙な裏工作を開始した。
彼は――
動いた。
王宮の儀典長、シルヴァリオン公爵に再び接触した。
「公爵閣下」
サイラスの声は、丁寧だった。
「記念式典での贈呈品について、最終確認を」
「ああ、あの素晴らしい書か」
公爵は、答えた。
「国王陛下も、大変お喜びだ」
「式典の最後に、アシェル嬢に直接お渡しすることが決まった」
サイラスは――
微笑んだ。
完璧だった。
アシェルの光が強ければ強いほど、その光に焼かれた影であるサイラスの闇もまた、深く、濃くなっていく。
物語は、栄光の絶頂と、破滅の奈落が、紙一重の場所で交錯する、最も華やかで、そして最も残酷なクライマックスへと、その駒を進めていた。
祝祭の日は、刻一刻と、近づいていた。




