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冒険者適性Aランク でも俺、鍛冶屋になります  作者: むひ
アシェルの章

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エーテルの時代の全盛期63:因果律の刻印

# 第六十三章:逆因果のルーン文字――世界の法則を書き換える儀式


## 最も危険な段階へ――冒涜的な儀式の始まり


『逆転の書』の本体――アシェルの髪で綴じられた人皮紙の束――が完成し、秘密研究所「プロメテウス」は、その活動を新たな、そして最も危険な段階へと移行させていた。


表の実験室では、レグルスたちがエーテル循環理論の完成に熱狂し、自分たちの名が歴史に刻まれる日を夢見ている。


だが、その裏側――


サイラスの私室と化した聖域では、世界の法則そのものを書き換えるための、静かで冒涜的な儀式が始まろうとしていた。


サイラスの私室は――


薄暗かった。


ろうそくの光だけが、部屋を照らしていた。


机の上に広げられているのは、黒曜石の石板から写し取った「エーテル・リバーサル」の原典。


その中でも、ひときわ複雑で、禍々しいオーラを放つ一節があった。


それは、古文書に記されていた最も危険な術式――空間を超え、時間と因果を歪めるための**「逆因果のルーン文字」**に関する記述だった。


(……ついに、ここまで来たか)


サイラスの心臓が、恐怖と興奮で高鳴った。


ドクン、ドクン。


激しく、鼓動していた。


これまでの工程は、あくまで準備に過ぎなかった。


このルーン文字を、血で精製したインクを用いて、一文字ずつ人皮紙に刻み込むことこそが、『逆転の書』に魂を吹き込む、最後の、そして最も重要な儀式なのだ。


サイラスは、自らの研究の集大成である数式群を壁に貼り付けた。


羊皮紙が、壁一面を覆っていた。


「レグルスの『位相空間理論』」


サイラスは、呟いた。


「エリアナの『大気エーテル凝縮理論』」


「そして、ルキウスの『クロノス粒子仮説』……」


「奴らの純粋な知性が、この禁忌の扉を開く鍵となる」


サイラスは、仲間(と彼が思っている)の研究成果を冷徹に利用し、古代のルーン文字を現代のマギアテック理論で解釈し直すことに成功していた。


## 血で描かれる呪詛――最初の一文字


サイラスは、深呼吸を一つした。


スゥゥゥ……


ハァァァ……


落ち着かせた。


そして、無念の死を遂げた罪人の血で精製した、あの深紅のインク壺に、鳥の羽根で作った古風なペンを浸した。


インクが――


ペンに、染み込んだ。


深紅の、インク。


禍々しい輝きを放つ、インク。


最初のページを開いた。


ギィィィ……


音がした。


そして、最初の一文字を刻み込もうとした。


その瞬間――


部屋の空気が、まるで重い鉛のように、密度を増した。


肌を刺すような、圧迫感。


呼吸が――


苦しくなった。


サイラスは、これが単なる心理的な緊張ではないことを理解していた。


世界の法則そのものが、これから行われようとする行為に、抵抗しているのだ。


(……面白い)


サイラスは、不敵な笑みを浮かべた。


(世界が、私に挑んでくるというのか)


サイラスは、最初の一画を、人皮紙の上に走らせた。


シュッ。


ペンが、動いた。


インクが、紙に染み込んだ。


最初のルーンが、刻まれた。


その瞬間――


部屋に置かれていた蝋燭の炎が、不自然に青白く揺らめいた。


そして、一瞬だけ、逆に下方に向かって燃え上がった。


まるで――


重力が、逆転したかのように。


(……因果の揺らぎ……)


サイラスは、思った。


(始まったか)


サイラスは、構わず、二文字目を刻んだ。


シュッ。


三文字目も。


シュッ。


集中力を極限まで高めて、複雑なルーンを刻んでいった。


その一つ一つが、時間の流れ、空間の座標、そして生命のエーテルの循環を規定する、宇宙の根源的なプログラムコードにも似ていた。


## 歪み始める世界――次々と発生する異常現象


ルーンが刻まれるたびに、研究所内では不可解な異常現象が、次々と発生し始めた。


十文字目を刻んだ時――


机の上のインク壺が、数秒間だけ独りでに浮き上がった。


フワッ。


重力が、なくなった。


そして――


静かに、元の位置に戻った。


トン。


局所的な、重力異常。


二十文字目を刻んだ時――


サイラス自身の影が、壁の上で奇妙に蠢いた。


そして、彼とは全く異なる動きを見せた。


まるで、過去の自分の動きを、遅れて再生しているかのようだった。


時間の微細な、ズレ。


五十文字目を刻み終えた頃には、現象はさらに顕著になっていた。


部屋の隅に置かれていた魔獣の骸骨標本が、カタカタと音を立てて震え始めた。


カタカタカタカタ……


そして、まるで生き返ろうとするかのように、僅かに動いた。


死のエーテルが、逆流する時間の奔流に刺激されている証拠だった。


(……素晴らしい)


サイラスは、思った。


(着実に完成へと向かっている)


サイラスは、これらの異常現象を肌で感じながら、恐怖ではなく、自らの理論の正しさを証明する確信を得ていた。


彼は、世界が悲鳴を上げているのを、まるで美しい交響曲のように聴いていたのだ。


## 研究者たちの困惑――気づかない破滅


その異常は、やがて、壁一枚を隔てた、レグルスたちの実験室にまで、微かな影響を及ぼし始めた。


「……なんだ?」


レグルスが、実験の手を止めて眉をひそめた。


「今の揺れは……」


地震計は、何の異常も示していない。


しかし、確かに――


何かが、あった。


「おかしいな……」


エリアナが、首をかしげながら言った。


「さっきから、マナ測定器の数値が、ほんの僅かだが、安定しない」


「まるで、空間そのものに、ノイズが混じっているような……」


「気のせいだろう」


ルキウスが、自らの研究に没頭しながら答えた。


「それより見てくれ!」


「時間の歪みを計算する私の数式が、ついに完成しそうだ!」


彼らは、自分たちのすぐ隣で、自分たちの研究成果が悪用され、本物の時空の歪みが引き起こされていることなど、知る由もなかった。


彼らの純粋な探究心は、あまりにも目の前の課題に集中しすぎて、より大きな破滅の足音を聞き分けることができなくなっていた。


## 完成、そして呪詛の成就――絶対的な虚無


ルーンを刻む作業は、続いた。


百文字。


二百文字。


三百文字。


そして――


最後のページに、最後のルーン文字が刻まれた。


その瞬間――


サイラスの私室全体が、一瞬だけ、完全に無音になった。


そして――


全ての色を失った。


まるで、世界から切り離されたかのような、絶対的な虚無。


何も――


聞こえなかった。


何も――


見えなかった。


そして、次の瞬間――


部屋の中の全ての時間が、一斉に逆流を始めた。


机の上にこぼれていたインクの染みが、みるみるうちに小さくなってペン先へと戻っていった。


燃え尽きる寸前だった蝋燭の炎が、勢いを取り戻した。


そして、新品同様の長さへと戻っていった。


『逆転の書』と名付けられたその魔導書は、静かに最後のページを閉じた。


その人皮紙の表紙には、今や、禍々しい紫色のオーラが、まるで生き物のように蠢いていた。


ユラユラと。


不気味に。


(……完成、したか)


サイラスは、全身の力が抜けるような、深い疲労感と共に、椅子に深く沈み込んだ。


彼の顔には、大仕事を終えた満足感と、自らが生み出してしまった怪物の力への、畏怖が混じり合っていた。


サイラスは――


『逆転の書』を見た。


それは――


完成していた。


禍々しい輝きを放っていた。


そして――


恐ろしい力を、秘めていた。


彼は、まだ知らない。


この書が開かれる時、世界がどのような絶望に包まれるのかを。


そして、その絶望の渦は、やがて彼自身をも、容赦なく飲み込んでいく運命にあることを。


地下深くの秘密研究所で、世界の終わりを告げる時計の針が、今、静かに動き始めた。


物語は、もはや後戻りのできない、破滅へのカウントダウンを開始したのである。


サイラスは――


微笑んだ。


勝利を、確信した微笑み。


「……ついに、完成した」


サイラスの声が、響いた。


「あとは、アシェルに渡すだけだ……」


物語は、いよいよ最終局面へと向かっていく。


『逆転の書』が完成した。


そして――


アシェルの運命が、大きく変わろうとしていた。


破滅への道が、開かれていた。


誰にも止められない、道が。


運命の時が、迫っていた。


すべてを決する、時が。

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