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冒険者適性Aランク でも俺、鍛冶屋になります  作者: むひ
アシェルの章

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エーテルの時代の全盛期62:穢された素材

# 第六十二章:穢された素材――血と魂のインク


## 二つの実験室――光と闇の対比


秘密研究所「プロメテウス」では、二種類の全く異なる研究が、壁一枚を隔てて同時に進行していた。


表の実験室は、狂信的な熱気に満ちていた。


レグルスを筆頭とするアーコン・ティアの天才たちが、自分たちの研究に没頭していた。


彼らの目的は、サイラスが提示した「エーテル・ハーモニクス理論」をさらに発展させ、自分自身の名を歴史に刻むこと。


彼らは――


互いの成果を、競い合った。


新しい発見に、歓喜した。


時には、激しい論争を繰り広げた。


「見たまえ!」


エリアナが、フラスコの中で虹色に輝く液体を手に、興奮して叫んだ。


「エーテルの位相変調によって、マナの性質を自在に変化させることに成功した!」


「素晴らしい!」


ルキウスもまた、目を輝かせて彼女の成果を称賛した。


「その理論を応用すれば、理論上、どんな属性の魔法でも後天的に習得可能になるぞ!」


彼らの心には、もはやサイラスという存在さえ希薄になっていた。


目の前にある、無限の可能性を秘めた未知の学問。


それが、全てだった。


彼らは、自身の研究で周りが見えなくなっていた。


隣の研究室で何が行われているかなど、気にも留めていなかった。


自分たちが発見する技術の断片が、サイラスによって密かに収集され、別の目的のために利用されていることなど、知る由もなかった。


## 孤独な儀式――静かでおぞましい作業


一方――


その隣、厚い防音壁と何重もの魔法結界で閉ざされたサイラス個人の私室では、全く別の、静かで、そしておぞましい儀式が、サイラス一人の手によって進められていた。


私室は――


薄暗かった。


ろうそくの光だけが、部屋を照らしていた。


「……ようやく揃ったか」


サイラスは、闇ルートから調達させた特殊な素材を、黒曜石で作られた祭壇の上に、一つ一つ丁寧に並べていった。


隣の研究室から漏れ聞こえてくる、天才たちの純粋な歓声が、この部屋の禍々しい静寂を、より一層際立たせていた。


その対比は――


残酷だった。


光と闇。


希望と絶望。


彼の復讐計画の核心、『逆転の書』の製作には、通常では手に入らない穢された素材が必要だった。


その理論は、古代の石板に明確に記されていた。


エーテルは、生命力そのもの。


人間に向けて使うのであれば、人間のエーテルが最も深く染み付いた素材を使うのが一番共鳴し、作用する――と。


## 血と魂のインク――憎しみと後悔


最初の素材は、血だった。


しかし、ただの血ではなかった。


地下の人脈を使い、彼は処刑場から密かに調達させていた。


「裏切りによって無念の死を遂げた罪人の血」。


憎しみと後悔の念が最も強く宿るとされるその血を、彼は錬金術の知識を独学で学び、特殊な薬草と混ぜ合わせ、禍々しい輝きを放つ深紅のインクへと精製していく。


サイラスは――


慎重に、作業した。


フラスコに、血を入れた。


薬草を、加えた。


そして、加熱した。


ゴボゴボゴボ……


フラスコの中で血液が煮え立つ音が、静かな部屋に不気味に響いた。


その音は――


おぞましかった。


しかし、サイラスは――


何も感じなかった。


ただ、作業を続けた。


(……アシェル)


サイラスは、心の中で呟いた。


(お前が信じた『絆』など、所詮は裏切られるためにあるのだ)


(その真理を、このインクに込めてやろう)


血液は――


徐々に、変化していった。


色が、濃くなった。


輝きが、増した。


そして――


完成した。


深紅の、インク。


禍々しい輝きを放つ、インク。


それは――


美しかった。


しかし、同時に――


恐ろしかった。


## 怨念を綴る紙――無実の罪


次に彼が取り出したのは、なめされた皮だった。


それは――


人間の、皮膚。


これもまた、処刑場から調達された**「無実の罪で殺された者の皮膚」**だった。


サイラスは、誰にも見られることなく、何日もかけて、それを古代の製法で**人皮紙**へと加工していった。


薬品に、浸した。


薄く、削いだ。


そして、丁寧に乾燥させた。


その作業は――


忍耐を、必要とした。


時間も、かかった。


しかし、サイラスは――


丁寧に、作業した。


完璧を、求めた。


完成した人皮紙は、不気味なほど白く、そして滑らかだった。


しかし、触れると――


指先に、微かな冷たさが伝わってきた。


そして、魂の悲鳴のような振動が。


サイラスは――


それを感じた。


そして、満足した。


(お前の掲げる『正義』など、所詮は権力者の都合で作られた虚構に過ぎん)


サイラスは、心の中で呟いた。


(この紙に刻まれた無念の声が、お前の耳にも届けばよい)


## 絆を縛る呪いの糸――銀灰色の髪


そして、最後の、最も重要な素材。


サイラスは、小さな桐の箱を、まるで聖遺物に触れるかのように、恭しく開いた。


中には、ビロードの布に包まれて、数本の、アシェルと全く同じ銀灰色の髪の毛が収められていた。


それは――


美しかった。


銀色に、輝いていた。


革命の後、英雄となったアシェルが、レメディアル寮で使っていた部屋は、一種の記念室として保存されていた。


サイラスは、学園の下級職員として潜入している部下に命じ、その部屋を「清掃」させたのだ。


枕や櫛に残っていた、数本の髪の毛。


アシェルの栄光の象徴として残された場所から、最も卑近な形で盗み出された、彼女自身の生体サンプルだった。


彼女の強大なエーテルが、最も色濃く宿る、呪いの触媒。


サイラスは、その数本の髪の毛を、特殊な魔法の紡ぎ車にかけた。


ギィィィ……


紡ぎ車が、回った。


そして――


一本の、細く、しかし強靭な銀色の糸へと紡いでいった。


その糸は――


美しかった。


銀色に、輝いていた。


しかし、それは――


呪いの糸だった。


その糸を使って、彼は一枚一枚の人皮紙を丁寧に綴じ合わせ、本の形へとまとめていった。


針に、糸を通した。


そして、紙を縫った。


一針、一針。


丁寧に。


アシェルの「絆」の象徴たるべき力が、皮肉にも、無数の怨念が込められた人皮紙を一つに束ねるための、呪いの糸として使われたのだ。


サイラスが一人で行う悍ましい実験と制作過程は、レグルスたちの知的好奇心に満ちた研究とは、あまりにも対照的だった。


彼らは、「光」の技術を創造していると信じていた。


その裏で、サイラスは、彼らの成果さえも利用して、ただ一人で「闇」の呪物を丹念に作り上げていた。


研究者たちは、そのおぞましい真実に全く気づいていなかった。


## 完成への序曲――満足の微笑


全ての素材が一つになった。


禍々しい装丁前の『逆転の書』の本体が、完成した。


サイラスは、それを祭壇に置いた。


そして、深々と頭を下げた。


「……ありがとう、諸君」


サイラスは、呟いた。


「君たちの純粋な狂気が、私の復讐を、完璧な芸術へと高めてくれる」


サイラスは、壁一枚を隔てた隣の実験室で、新たな発見に歓声を上げるレグルスたちの声を、まるで美しいBGMのように聞きながら、満足げに微笑んだ。


才能ある者たちが、いかに容易く倫理の境界線を越えてしまうか。


いや、彼らは越えたことにすら気づいていない。


ただ、自らの探究心に忠実なだけだ。


そして、その純粋さこそが、最も効果的な悪の触媒となる。


復讐の道具が、文字通り穢された素材で作られていく過程。


それは、サイラスという一人の男の、孤独で、歪んだ魂の儀式であった。


物語の不吉な雰囲気は、この地下深くの密室で、最高潮に達しようとしていた。


完成の日は、近い。


サイラスは――


『逆転の書』を見た。


まだ、装丁はされていなかった。


しかし、本体は完成していた。


あとは――


仕上げだけ。


そして――


アシェルに、渡すだけ。


物語は、いよいよ最終局面へと向かっていく。


『逆転の書』の完成が、近づいていた。


そして――


アシェルの運命も、大きく変わろうとしていた。


破滅への道が、開かれていた。


誰にも止められない、道が。


運命の時が、迫っていた。


すべてを決する、時が。


物語は、まだ終わらない。


最後の戦いが、待っている。


そして、その戦いは――


想像を絶するものとなる。

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