表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者適性Aランク でも俺、鍛冶屋になります  作者: むひ
アシェルの章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

162/262

エーテルの時代の全盛期60:加速する研究

# 第六十章:狂気の加速――最後のピース


## 成功の熱狂――倫理観の麻痺


成功報告は、秘密研究所「プロメテウス」の天才たちを、熱狂の渦へと巻き込んだ。


「アシェルの能力を科学的に再現し、人類全てにその恩恵をもたらす」という、彼らの掲げた崇高な(と彼らが信じていた)目標が、ついに達成されたのだ。


研究室は――


興奮に、満ちていた。


「やった……!」


リーダーのレグルスが、叫んだ。


「やったぞ、みんな!」


レグルスは、普段の皮肉っぽい冷静さを完全に失っていた。


子供のように、はしゃいでいた。


そして、仲間たちと抱き合った。


「これで証明された!」


レグルスの声が、響いた。


「知性こそが、先天的な才能に勝るのだと!」


彼らは、祝杯を挙げた。


ワインが、注がれた。


グラスが、ぶつかり合った。


カチン、カチン。


自らの偉業を、夜通し語り合った。


その瞳には、もはや当初抱いていた倫理的な懸念や、禁断の知識に触れることへの恐怖など、微塵も残ってはいなかった。


偽りの成功は、彼らの倫理観を完全に麻痺させてしまったのだ。


「次は、どうする?」


マナ気象学の天才エリアナが、興奮気味に提案した。


「この理論を、もっと発展させられるはずだ!」


「エーテルの流れを、局所的にではなく、地域全体で制御できれば、天候そのものを操作できるかもしれない!」


エリアナの目は――


輝いていた。


野心で、輝いていた。


最初の成功に興奮した研究者たちは、一度道を踏み外すと歯止めが利かなくなる恐ろしさを、身をもって体現していった。


彼らは、サイラスにさらなる研究予算と実験材料を要求した。


より大規模で、より危険な実験を、次々と繰り返していくようになった。


地下の実験室の様相は、数週間で一変した。


以前の知的な探究の場という雰囲気は、消え失せた。


代わりに、狂信的な熱気と、非人道的な光景が支配するようになっていた。


捕獲されてきた魔獣の檻は、数を増した。


その中では、エーテルを過剰に注入されたり、逆に完全に抜き取られたりした生物たちが、苦悶の呻き声を上げていた。


ガルルル……


ギャアアアア……


悲鳴が、響いていた。


しかし、研究者たちは――


気にしなかった。


失敗した実験体は、研究室の隅に無造作に積み上げられていた。


生命への畏敬の念など、どこにも感じられなかった。


彼らの目的は、もはや「人類への貢献」などではなかった。


ただ、目の前にある、知的好奇心という名の麻薬に溺れ、自らの才能を誇示することだけに、その全ての情熱を注いでいた。


サイラスは、その狂気の加速を、満足げに、そして冷ややかに、見守っていた。


## 最後のピースを求めて――足りないデータ


研究が加速する一方で――


サイラスは一人、自らの真の目的である**『逆転の書』**の完成に向けて、最後の、そして最も重要な準備に取り掛かっていた。


サイラスの私室では――


毎晩、作業が続いていた。


(……順調だ)


サイラスは、心の中で呟いた。


(奴らの狂気が、最高の部品を作り上げてくれている)


レグルスたちが開発した、より精密なエーテル循環制御回路。


エリアナが生み出した、広範囲のエーテルを強制的に収束させる結界術。


ルキウスが発見した、時間の歪みを安定させるための数式。


それら、一つ一つの「光」の成果を、サイラスは着々と、自らの「闇」の兵器へと組み込んでいった。


しかし――


最後の仕上げには、どうしても欠けているピースがあった。


(……足りない)


サイラスは、思った。


(アシェルの、最新の、そして最も詳細なエーテル波形データが……)


『逆転の書』を完璧にアシェル専用の呪いの器とするためには、彼女の魂の「鍵穴」にぴったりと合う「鍵」――すなわち、彼女固有のエーテル波形の、精密なデータが必要不可欠だった。


彼が持っているのは、秋季カップ以前の古いデータだけ。


覚醒し、さらに成長を続けているであろう、現在の彼女のデータが必要だった。


## 内部協力者への接触――悪魔の囁き


そのデータがどこにあるか、サイラスは知っていた。


学園の北塔最上階「観測室」。


そして、そのデータにアクセスできるのは、かつては学園長オルティウスと、その直属の部下たちだけだった場所。


サイラスは、かつて自分が駒として使っていた男に、再び接触することにした。


ファウンデーション・ティアの苦学生、マルクスである。


アシェルの革命の後、マルクスは協力者として一時的に評価されたが、結局は日陰者のままであった。


才能ある者たちが次々と要職に就く中、彼は下級職員として燻っていた。


不満が――


溜まっていた。


なぜ、自分は評価されないのか。


なぜ、自分は報われないのか。


深夜――


サイラスは、マルクスが入り浸っている、街の安酒場を訪れた。


酒場は――


薄暗かった。


酒の匂いが、充満していた。


マルクスは、カウンターで一人、酒を飲んでいた。


「……サイラス……!?」


マルクスは、突然現れた過去の亡霊に、驚きと恐怖で目を見開いた。


「久しぶりだな、マルクス君」


サイラスの笑みは、以前と変わらなかった。


しかし、どこか虚無的な響きを帯びていた。


「君に、一つ儲け話がある」


サイラスは、金貨が詰まった重い袋を、テーブルの上に音を立てて置いた。


ドサッ。


重い音がした。


「ここに金貨百枚ある」


サイラスは、言った。


「簡単な仕事を手伝ってくれれば、これは君のものだ」


金貨百枚――


それは、下級職員であるマルクスの年収の十年分に相当する額だった。


マルクスの目が、欲にぎらついた。


「……どんな仕事だ?」


マルクスの声は、震えていた。


期待で、震えていた。


「簡単なことだ」


サイラスは、声を潜めた。


「北塔の観測室」


「あそこにある、今はもう誰も使っていない、学園長オルティウスの古い個人データベース」


「そこに接続するためのパスワードを、君は知っているはずだ」


「かつて、私の下で働いていたのだからな」


マルクスは、一瞬ためらった。


それは、明確な違法行為だ。


しかし――


「……だが」


サイラスは、続けた。


「もはやオルティウスはこの世にいない」


「誰も管理していない、忘れ去られたデータだ」


「それを少しばかり覗き見たところで、誰が困る?」


「罪の意識など感じる必要はない」


「むしろ、こんな大金が手に入ってラッキーとしか思えないだろう?」


サイラスの悪魔の囁きは、マルクスのちっぽけな良心を、いとも容易く粉砕した。


(……そうだ)


マルクスは、思った。


(死んだ人間のデータだ)


(誰も困らない)


(それに、この金があれば……俺だってもっといい暮らしができる……!)


「……わかった」


マルクスは、言った。


「やろう」


## 手に入れたデータ――復讐の刃の完成


数日後――


マルクスは、サイラスに、一本のデータクリスタルを、震える手で手渡した。


「……これが、観測室にあった、アシェルに関する全ての記録だ……」


マルクスの声は、小さかった。


罪悪感が、あった。


しかし、金貨の袋を見ると――


その罪悪感は、消えた。


「ご苦労だった」


サイラスは、金貨の袋をマルクスに押し付けた。


そして、そのクリスタルを手に、闇の中へと消えていった。


陰謀が、着々と進行していく。


マルクスは、手にした金貨の重みに笑みを浮かべながら、その金が何に使われるのか、そしてそのデータがどのような悲劇を引き起こすのかなど、全く考えようともしていなかった。


ただ、目の前の欲望に忠実だっただけだ。


地下研究所に戻ったサイラスは、手に入れたデータを解析した。


そして、戦慄した。


「……すごい」


サイラスは、呟いた。


「これが、今の彼女のエーテル波形……」


データに記録されていたのは、もはや人間のものではない、神の領域に達した、あまりにも強大で、そして複雑なエーテルのパターンだった。


波形が、画面に表示されていた。


それは――


美しかった。


しかし、同時に――


恐ろしかった。


「……だが、これでいい」


サイラスは、微笑んだ。


「鍵穴が複雑であればあるほど、それを開けるための鍵を作る価値があるというものだ……」


サイラスは、その膨大なデータを、『逆転の書』の最後の回路へと、恍惚とした表情で組み込み始めた。


作業は――


続いた。


何日も、何週間も。


そして――


ついに、完成した。


復讐の刃は、ついに最終的な形を成した。


そして、その引き金を引いたのが、英雄たちの輝かしい世界の片隅で、ただ己の欲望を満たしたかっただけの、一人の凡庸な青年であったことを、歴史は記録しないだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ