エーテルの時代の全盛期56:地下に眠る忘れられた遺跡
# 第五十六章:影の拠点――古代遺跡の秘密研究所
## より深く、より暗い場所へ――忘れ去られた領域
学園の光が、新時代の英雄アシェルとその仲間たちの上に降り注いでいるその裏側で――
サイラスと彼の秘密結社「プロメテウス」は、その活動拠点を、より深く、より人目につかない場所へと移していた。
彼らが必要としていたのは、単に人目を避けるだけの隠れ家ではなかった。
これから行われる、世界の法則を根底から覆すための禁断の研究に耐えうる、特別な場所だった。
サイラスが目をつけたのは、学園の地下構造の中でも、最も古く、そして最も忘れ去られた領域だった。
学園が建設される遥か以前、この土地に存在したという古代の遺跡。
それは、禁書庫の片隅で見つけた、一枚の古い地図にのみ、その存在が記されていた場所だった。
地図は――
古かった。
羊皮紙が、黄ばんでいた。
文字は、かすれていた。
しかし、サイラスは――
それを解読した。
そして、場所を特定した。
「……ここだ」
数日間にわたる探索の末――
サイラスたちは、レメディアル寮のさらに下層、通常は立ち入りが禁じられている廃棄された動力施設の、そのさらに奥深くにある、偽装された壁の向こうに、隠された通路を発見した。
壁は――
古かった。
石で、できていた。
しかし、よく見ると――
偽装されていた。
魔法で、隠されていた。
サイラスは、その魔法を解いた。
ゴゴゴゴゴ……
壁が、動いた。
そして――
通路が、現れた。
ひやりとした、千年の時を封じ込めたような空気が、彼らの顔を撫でた。
通路は――
暗かった。
狭かった。
壁には、苔が生えていた。
サイラスたちは、松明を灯した。
そして、進んだ。
## 古代遺跡――幾何学的な紋様
通路の先は、広大な地下空洞となっていた。
その空間は――
広かった。
天井は、高かった。
天井からは、鍾乳石がいくつも垂れ下がっていた。
壁には、この世界のものではない、幾何学的な紋様が、一面に刻まれている。
その紋様は――
複雑だった。
美しかった。
しかし、同時に――
不気味だった。
何か、古代の力を感じさせた。
床の中央には、今では干上がってしまった地下水脈の痕跡が、まるで大蛇の骨のように、白く残っていた。
そこは――
静寂だった。
誰の目も、届かなかった。
禁断の研究を進めるには、まさに最適な場所だった。
## 光との対比、影の拠点――開かれた場所と閉ざされた場所
「素晴らしい……」
レグルスが、恍惚とした表情で呟いた。
「これ以上の場所はない」
彼の魔術師としての鋭敏な感覚は、この遺跡に、通常の空間とは比較にならないほど濃密な、そして特殊な魔力が満ちていることを感じ取っていた。
マナが――
渦巻いていた。
古代の、マナ。
それは――
強力だった。
復讐計画の物理的な「拠点」は、アシェルたちが築いた光の世界とは、まさに対照的だった。
アシェルたちのいる場所が、共有と調和によって生命のエーテルが豊かに循環する、開かれた場所であるならば――
この地下研究所は、独占と秘密によって外界から完全に閉鎖された空間だった。
差し込む光は、なかった。
空気は、常に淀んでいた。
聞こえるのは、地下水が滴る微かな音と、彼ら自身の息遣いだけ。
ポタッ……ポタッ……
水滴の音が、響いていた。
サイラスは、この場所の雰囲気を意図的に利用した。
「諸君」
サイラスは、集まった「プロメテウス」のメンバーたちに告げた。
「我々は、地上の偽りの光から追放された者たちだ」
サイラスの声が、遺跡に響いた。
「ならば、この闇こそが、我々の聖域だ」
「この静寂の中でこそ、真理の探求は為されるのだ」
メンバーたちは――
頷いた。
その目には――
決意があった。
## 秘密研究所の建設――技術と魔術の融合
それからの数週間――
アーコン・ティアの天才たちは、その卓越した技術と知識を、この古代遺跡を秘密の研究所として改造することに注ぎ込んだ。
マナ気象学の天才エリアナは、遺跡内の気圧と湿度を精密に制御する、特殊な結界を構築した。
彼女は――
計算した。
魔法陣を、描いた。
そして、結界を張った。
空気が――
変わった。
快適になった。
時間魔術の異端児ルキウスは、遺跡の一部だけ、時間の流れを外部より僅かに遅らせるフィールドを展開し、実験の安全性を確保した。
彼は――
複雑な術式を、唱えた。
時間が――
歪んだ。
外部とは、異なる流れになった。
魂魄魔術の権威ベアトリスは、古代の防御魔法を解析し、外部からのいかなる魂の干渉をも防ぐ、精神的な障壁を張り巡らせた。
彼女は――
古代の魔法を、読み解いた。
そして、現代の技術と融合させた。
完璧な、障壁。
やがて、古代遺跡は、最新のマギアテック技術と、禁断の古代魔術が融合した、恐るべき研究施設へとその姿を変えた。
中央には、「エーテル・リバーサル」理論を検証するための、巨大な黒曜石の祭壇が設置された。
その祭壇は――
巨大だった。
黒く、光を吸収していた。
不気味な、オーラを放っていた。
その周囲には、高出力のマナ増幅器、エーテル位相干渉計、そして因果律の揺らぎを測定するための、彼らが独自に開発した特殊な観測機器が、不気味な光を放ちながら並べられている。
青白い光。
緑色の光。
赤い光。
それらが――
明滅していた。
壁際には、捕獲してきた魔獣を閉じ込めるための魔法の檻がいくつも設置された。
檻の中では――
魔獣が、唸っていた。
ガルルル……
恐ろしい、音。
彼らは、禁術の最初の実験台として、まず魔獣のエーテルを逆流させることから始めるつもりだった。
## 始まる禁断の実験――神殺しの研究
「……準備は整った」
サイラスは、完成した秘密研究所を見回した。
そして、満足げに呟いた。
「さあ、始めようか」
サイラスの声が、響いた。
「アシェルという偽りの神を、歴史の舞台から引きずり下ろすための、神殺しのための研究を」
研究所の重い石の扉が、ゴゴゴ……という音を立てて閉ざされた。
暗く、閉鎖的な空間の雰囲気は、彼らの閉ざされた心と、歪んだ野望を象徴しているかのようだった。
この日から――
この地下深くの秘密研究所で、世界を破滅へと導くことになる、恐るべき魔導書『逆転の書』の開発が、静かに、そして着実に、開始されることになる。
実験が、始まった。
魔獣が、檻から出された。
祭壇の上に、置かれた。
レグルスが、術式を唱え始めた。
古代語で。
複雑な、術式。
マナが、集まってきた。
祭壇が、光り始めた。
そして――
魔獣が、悲鳴を上げた。
ギャアアアアア!
その悲鳴は――
凄まじかった。
しかし、研究者たちは――
気にしなかった。
ただ、データを記録した。
観測機器を、見つめた。
地上の祝祭の喧騒は、もはや彼らの耳には届かなかった。
彼らが聞くのは、自らの野望の足音と、破滅へと向かう世界の、か細い悲鳴だけであった。




