エーテルの時代の全盛期55:地下に集うエリートたち
# 第五十五章:人心掌握の魔術――才能ある者たちの熱狂
## 噂の広がり――選ばれし者たちのサロン
秘密結社「プロメテウス」の噂は、アーコン・ティアとエリート・ティアの、野心的な学生たちの間で、密かに、しかし熱を持って囁かれるようになっていた。
それは、公には決して語られない、選ばれし者たちだけが集う、秘密のサロンのような響きを持っていた。
廊下で――
誰かが、囁いた。
「聞いたか?」
「サイラスという男が、地下で革命的な研究を進めているらしい」
別の誰かが、答えた。
「ああ、知っている」
「アシェルのような先天的な才能ではなく、純粋な知性で世界を変えるプロジェクトだとか」
また別の誰かが、言った。
「参加するには、リーダーのレグルス氏による、厳しい知能テストをクリアしなければならないそうだ」
その言葉は――
魅力的だった。
選ばれし者。
そう呼ばれることが。
サイラスは、自らが直接リクルートするのではなく、最初に駒としたレグルスを巧みに利用し、プロジェクトに神秘性と権威を与えていた。
そして、その策略は見事に功を奏した。
才能がありながらも、アシェルの「非論理的」な成功に反感を抱き、正当な評価を得られていないと感じていた多くのエリートたちが、次々とその門を叩いたのだ。
夜な夜な――
学園の地下深く、忘れ去られた実験室へと、アーコン・ティアの生徒や、将来を嘱望された若い研究者、さらには既存の学問に行き詰まりを感じていた教員すらが、吸い寄せられるように集まってきた。
彼らは皆、自らの才能に絶対の自信を持っていた。
しかし、アシェルの作った「共有」と「調和」の時代に、言いようのない息苦しさを感じている者たちだった。
(なぜ、俺たちの才能が評価されないのか)
(なぜ、アシェルばかりが称賛されるのか)
そんな不満が――
彼らの心に、渦巻いていた。
## 人心掌握の魔術――甘美な言葉
彼らを迎えるサイラスの人心掌握術は、もはや魔術の域に達していた。
彼は、一人一人の才能がありながらも満たされない心の隙間を、驚くほど正確に見抜いた。
そして、そこに最も甘美な言葉を囁きかけるのだ。
高額な研究費を前に、目の色を変える貧しい家の出身の天才に対しては、こう語る。
「君の才能は、金銭的な制約によって縛られるべきではない」
サイラスの声は、優しかった。
「我々のプロジェクトでは、予算は無限だ」
「君が望むなら、ドラゴン族の心臓さえ研究材料として用意しよう」
「君はただ、その知性の翼を、思う存分広げればいい」
その言葉を聞いた若者は――
涙を流した。
ついに、理解者が現れた。
ついに、自分の才能が認められた。
将来の地位の約束を求める、野心的な貴族の子弟に対しては、こう囁く。
「このプロジェクトが成功した暁には、君こそが、新しいマギアテック省の初代大臣となるだろう」
サイラスは、その若者の肩を叩いた。
「アシェルが作った感傷的な福祉国家ではなく、君のようなエリートが統治する、合理的で強力な国家を、我々の手で築くのだ」
その言葉を聞いた若者は――
興奮した。
自分の未来が、見えた。
権力を、手に入れる未来が。
そして、純粋に**「世界を変えたい」という甘い言葉**に心を焦がす、理想主義的な若者に対しては、彼は自らもまた、情熱的な革命家を演じてみせる。
「見てみろ、この世界の停滞を!」
サイラスの声が、響いた。
「アシェルの『共有』は、結局のところ、凡人たちのための衆愚政治に過ぎん!」
「真の進歩は、我々のような、選ばれた一握りの天才によってこそ、もたらされるのだ!」
「我々は、世界を『救う』のではない!」
「『創造』するのだ!」
その言葉を聞いた若者は――
心を奪われた。
これこそが、自分が求めていた言葉。
サイラスの言葉は、まるで麻薬のように、彼らの自尊心をくすぐり、野心を煽り、そして学園や社会への不満を、行動へと駆り立てるエネルギーへと変換していった。
彼の話術とカリスマ性に、誰もが抗うことができなかった。
## 復讐の道具と知らず――集結する天才たち
こうして、無数のアーコン・ティアの生徒や優秀な研究者たちが、次々とサイラスの秘密プロジェクトに参加した。
理論魔術師レグルスを筆頭に――
マナ気象学の天才エリアナ。
時間魔術の異端児ルキウス。
魂魄魔術の権威ベアトリス。
さらには、錬金術、魔導工学、古代言語学のトップクラスの研究者たちが、まるで何かに取り憑かれたかのように、この地下の実験室に集結した。
実験室は――
活気に満ちていた。
議論の声が、響いていた。
実験器具の音が、鳴っていた。
彼らは、自分たちの研究が、アシェルの功績を超える、新たなエネルギー革命を起こすと信じて疑わなかった。
誰も、自分たちがただ、アシェルという一人の少女への復讐のためだけに、その貴重な才能を利用されている、哀れな『道具』に過ぎないことに、気づいていなかった。
彼らは――
誇らしかった。
選ばれた、と感じていた。
世界を変える、と信じていた。
しかし、真実は――
違った。
彼らは、利用されていた。
サイラスの、復讐の道具として。
陰謀の協力者たちは、こうして揃った。
サイラスは、この才能豊かな、しかし道を踏み外した駒たちを、満足げに見渡した。
## 神々の領域へ――熱狂の始まり
「諸君」
サイラスが、集まった三十名のエリートたちの前に立った。
そして、高らかに宣言した。
「今日、我々は神々の領域へと、第一歩を踏み出す!」
サイラスの声が、響き渡った。
「歴史は、アシェル・ヴァーミリオンの名ではなく、我々『プロメテウス』の名を、真の革命家として記憶することになるだろう!」
その声に呼応するように――
地下実験室は、熱狂的な拍手と歓声に包まれた。
パチパチパチパチ!
拍手が、鳴り止まなかった。
「サイラス様!」
誰かが、叫んだ。
「プロメテウス万歳!」
別の誰かが、叫んだ。
それは、才能がありながらも満たされなかった者たちが、ようやく見つけた、歪んだ自己実現の光であった。
しかし、その光は、やがて世界そのものを焼き尽くす、破滅の炎へと変わる運命にあることを、熱狂の中にいる彼らは、まだ知る由もなかった。
サイラスの復讐の歯車は、最も優秀な頭脳たちを巻き込みながら、ついに本格的に回転を始めたのである。
サイラスは――
笑っていた。
すべてが――
計画通りだった。
駒は、揃った。
研究も、進んでいた。
あとは――
時を、待つだけ。
アシェルの平和が、頂点に達する時を。
そして――
すべてを、破壊する時を。
サイラスの陰謀が――
完成に近づいていた。
そして――
アシェルの運命も、大きく変わろうとしていた。
破滅への道が――
開かれていた。
誰にも、止められない道が。




