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冒険者適性Aランク でも俺、鍛冶屋になります  作者: むひ
アシェルの章

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エーテルの時代の幕開け33:魔女の捕縛

決死の逃走――追い詰められた影


崩れかけた地下水路の暗闇を、数名の影が決死の覚悟で疾走していた。


足音が、水に跳ね返って響いていた。


荒い息遣いが、暗闇に満ちていた。


皆、限界だった。


しかし――


止まるわけには、いかなかった。


先頭を行くケンシンの折れた腕からは、絶えず血が滴っていた。


その血が、床に落ちていた。


赤い血痕が、逃走経路を示していた。


ケンシンの顔は、苦痛に歪んでいた。


しかし、彼は走り続けた。


その後ろでは、タケルが意識のないアシェルを背負いながら、歯を食いしばって走っていた。


アシェルは、重かった。


いや、重いのではなく――


タケル自身が、疲労困憊していた。


「アシェル……」


タケルは、背中のアシェルに語りかけた。


「しっかりしろ……」


「もうすぐだ……」


しかし、アシェルは答えなかった。


意識が、なかった。


彼らの背後からは、ドラゴ率いる龍人族部隊の冷酷な追撃の声と、警備ゴーレムの重い足音が、まるで死へのカウントダウンのように響いていた。


「そこだ!」


「逃がすな!」


追っ手の声が、近づいていた。


ザッ、ザッ、ザッ。


ゴーレムの足音も、近づいていた。


もう、時間がなかった。


「くそっ……!」


ケンシンが、舌打ちした。


「もう袋小路じゃ……!」


古い貯水槽と思われる広場に出た瞬間、ケンシンは忌々しげに舌打ちした。


行き止まりだった。


そこは、広い空間だった。


しかし――


出口が、なかった。


鉄格子が嵌められた太い排水口が数本あるだけで、彼らの逃げ道は完全に断たれていた。


「ここまでか……」


生き残った数名の解放戦線のメンバーが、武器を構えながらも、その顔に絶望の色を浮かべた。


もう、逃げられない。


ここで、戦うしかない。


しかし――


勝てる見込みは、なかった。


## アシェルの覚悟――魂の選択


その時だった。


「……下ろして……タケルさん……」


タケルの背中で、アシェルがか細く、しかし確かな意志のこもった声で呟いた。


「アシェル!」


タケルは、驚いた。


「気がついたんか!」


アシェルは、タケルの背中で目を開けていた。


その目は――


もう、以前のような迷いはなかった。


「……ええ」


アシェルの声は、静かだった。


「状況は、わかってる」


タケルの背中から、アシェルはゆっくりと降り立った。


その足は、震えていた。


身体は、限界だった。


しかし――


その瞳には、もはや以前のような迷いはなかった。


そこに宿っていたのは、仲間たちの血と絶望をその目に焼き付けた者だけが持つ、氷のように冷徹な覚悟だった。


「私が、殿を務める」


アシェルの言葉に、全員が息を呑んだ。


殿を務める――


それは、つまり――


一人で、追っ手を引き受けるということ。


「馬鹿なこと言うな!」


ケンシンが、叫んだ。


「おはんを置いて、逃げられるわけがなか!」


ケンシンの声は、激しかった。


怒りと、悲しみが混ざっていた。


「そうじゃ!」


タケルも、同調した。


「死ぬ時は一緒ごわす!」


タケルの目からは、涙が流れていた。


しかし――


「これは、死ぬための戦いじゃない」


アシェルは、静かに、しかし有無を言わさぬ響きで言った。


「これは、みんなが生き延びるための、戦いよ」


アシェルは、広場の奥にある、かろうじて一人が通れるほどの細い排水口を指差した。


「ケンシンさん、タケルさん、みんなを連れて、あそこから逃げて」


「私が、時間を稼ぐ」


その言葉は――


決定だった。


もう、議論の余地はなかった。


「じゃっどん……!」


ケンシンは、反論しようとした。


しかし――


「ケンシンさん」


アシェルの灰色の瞳が、ケンシンの目を真っ直ぐに見つめた。


その目には――


強い意志があった。


揺るぎない、決意があった。


「あなたは、私に教えてくれた」


アシェルは、静かに言った。


「『チェストとは、己の魂ば曲げんことじゃ』って」


「……これが、私の魂の、選択よ」


その言葉を聞いた瞬間――


ケンシンは、唇を噛み締めた。


アシェルの瞳に宿る、あまりにも強く、そして悲しい光を前にして、彼はもはや、反論の言葉を見つけられなかった。


長い沈黙の後――


「……必ず、迎えに来る」


それが、彼が絞り出した、唯一の言葉だった。


ケンシンは、深く頭を下げた。


そして、仲間たちに命令した。


「行くぞ!」


「アシェルの覚悟を、無駄にするな!」


仲間たちは、涙を流しながら、排水口へと向かった。


タケルは、最後までアシェルを見つめていた。


「……必ず、助けに来るけんな……」


その言葉に、アシェルは微笑んだ。


「うん……待ってる」


仲間たちが、最後の脱出口へと向かう背中を見届けながら、アシェルは一人、広場の中央に立った。


## 魔女の最後の舞踏――規格外の力


追っ手の赤い光が、暗闇の中から次々と現れた。


そして、アシェルの小柄な身体を取り囲んでいった。


その数――


龍人族のエリートが二十。


最新式の警備ゴーレムが三十。


絶望的な戦力差だった。


「……まだ抵抗するか、愚かな魔女め」


ドラゴ・シルヴァリオンが、高みの回廊から、侮蔑の眼差しで見下ろしていた。


その目には――


勝利の確信があった。


しかし――


アシェルは答えなかった。


ただ、目を閉じた。


そして、深く、深く、呼吸を始めた。


彼女の意識は、もはや目の前の敵には向いていなかった。


彼女の魂は、この地下施設の、壁の向こうに囚われた、名もなき先輩たちの苦しみに、寄り添っていた。


(みんなの声が、聞こえる……)


アシェルは、彼らの声を聞いた。


苦しみの声。


絶望の声。


しかし、同時に――


希望を求める声。


助けを求める声。


彼女は、彼らの苦しみ、彼らの絶望、彼らのエーテルを、自らの身に受け入れた。


それは、これまでのような「吸収」ではなかった。


それは――


**「共感」であり、「同化」**だった。


彼らの痛みを、自分の痛みとして感じた。


彼らの苦しみを、自分の苦しみとして受け入れた。


そして――


彼らの力を、借りた。


「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」


アシェルの身体から、これまでにない、凄まじい規模のエーテルの奔流が迸った。


それは、黄金色の光だった。


神々しいまでの、光。


その光は、柱となって天を突いた。


地下施設全体を、激しく震わせた。


壁が、揺れた。


天井が、揺れた。


床が、割れた。


「な……なんだ、この力は……!?」


ドラゴが、驚愕の声を上げた。


「観測値を、遥かに超えている……!?」


観測室で、モニターを見ていた学園長でさえ、その規格外の力の奔流に、驚愕の声を上げた。


「これは……予想外だ……」


学園長の手が、震えていた。


しかし――


その目は、興奮していた。


「素晴らしい……」


「素晴らしいデータだ……」


アシェルは、もはやただの少女ではなかった。


彼女は、数百の魂の叫びをその身に宿した、怒れる女神、あるいは復讐の魔女となっていた。


その姿は――


美しく、そして――恐ろしかった。


「させない……!」


アシェルは、手をかざした。


詠唱も、魔法陣も必要としなかった。


ただ、手をかざすだけで――


絶対的な現象が引き起こされた。


警備ゴーレムの群れが、彼女が放った不可視の衝撃波によって吹き飛ばされた。


まるで、ブリキのおもちゃのように。


ゴーレムたちは、壁に叩きつけられた。


そして、粉々になった。


金属の破片が、四方に飛び散った。


龍人族のエリートたちが、上級魔法を放った。


炎の槍。


氷の刃。


雷の矢。


しかし――


それらの魔法は、アシェルの周囲に形成されたエーテルの渦に吸い込まれた。


そして、霧散していった。


何の効果もなかった。


「馬鹿な……!」


ドラゴの顔から、余裕の笑みが消えた。


「魔法が、効かん……!」


ドラゴは、冷や汗を流していた。


これは――


予想外だった。


「総員、物理攻撃に切り替えろ!」


ドラゴは、命令を下した。


「あの小娘を、力でねじ伏せろ!」


エリートたちは、剣を抜いた。


槍を構えた。


そして、アシェルに向かって突進した。


しかし――


だが、それすらも無駄だった。


アシェルの周囲には、エーテルが高密度に凝縮された、不可視の障壁が形成されていた。


剣も、槍も、その障壁に触れた瞬間に――


まるで、熱した鉄が水に触れたように、ジュッという音を立てて溶けていった。


「ぎゃああああ!」


エリートたちが、悲鳴を上げた。


彼らの武器が、溶けていった。


そして、彼らの手も、火傷を負った。


彼女は、凄まじい力を発揮していた。


敵部隊を、一方的に退けていた。


その姿は、英雄的であり、そして同時に、あまりにも痛々しかった。


彼女は戦いながら、血の涙を流していた。


その涙は、赤かった。


力の代償だった。


(痛い……)


アシェルは、心の中で呟いた。


(みんな、こんなに苦しかったんだね……)


(ごめんね……)


(気づいてあげられなくて……)


(ごめんね……)


## 仕組まれた罠、そして捕縛――魂の牢獄


「……頃合いか」


戦況を見守っていたドラゴの背後で、一つの影が静かに呟いた。


サイラスである。


彼は、この状況を、全て予測していた。


アシェルが力を使い果たすのを――


待っていたのだ。


「ドラゴ様、今です」


サイラスの声は、冷たかった。


「……うむ」


ドラゴは、懐から一つの黒い水晶を取り出した。


それは、小さな水晶だった。


しかし、その中には――


恐ろしい力が込められていた。


それは、学園長オルティウスが、対アシェル用に特別に開発させた、究極の兵器だった。


「……起動しろ」


ドラゴが、命令した。


サイラスが、魔導端末を操作した。


すると――


水晶が、禍々しい紫色の光を放ち始めた。


その光は、不気味だった。


まるで、呪いのように。


それは、アシェルたちが逃げ込んできた貯水槽の、床、壁、天井の至る所に、事前に巧妙に仕掛けられていた。


対アシェル用エーテル封じの罠――「魂の牢獄アニマ・ケージ」。


アシェルが最後の力を振り絞り、敵を薙ぎ払おうとした、まさにその瞬間――


広間全体に描かれた巨大な魔法陣が、一斉に発動した。


床に刻まれていた魔法陣が、光り始めた。


壁に刻まれていた魔法陣が、光り始めた。


天井に刻まれていた魔法陣が、光り始めた。


すべてが、紫色の光を放った。


「――なっ!?」


アシェルは、異変に気づいた。


しかし――


もう、遅かった。


アシェルの全身を、激しい痺れが襲った。


体内のエーテルの流れが、強制的に逆流させられた。


吸収も、譲渡も、そして制御さえも、完全に不可能になった。


彼女の力の源泉そのものが、外部から断ち切られたのだ。


「ぐ……あ……っ……!」


アシェルは、膝をついた。


身体が、動かなかった。


力が、出なかった。


力の代償による極度の消耗と、魂の牢獄による強制的なエーテル封印。


二つの絶望的な負荷が、彼女の限界を超えさせた。


黄金色のオーラは、掻き消えた。


そして――


彼女の身体は、力なく地面へと崩れ落ちた。


ドサッ。


鈍い音が響いた。


「……終わりだ、魔女よ」


ドラゴが、ゆっくりと彼女に近づいてきた。


その足音が、アシェルの耳に響いた。


ザッ、ザッ、ザッ。


アシェルは、薄れゆく意識の中で、必死に抵抗しようとした。


動け。


動いてくれ。


しかし――


だが、その指一本さえも、動かすことはできなかった。


(ケンシン……)


アシェルは、心の中で呼びかけた。


(タケル……)


(リアン……)


(ごめん……)


それが、彼女の最後の思いだった。


意識が、暗闇に沈んでいった。


## 奈落への転落――捏造された真実


アシェルがついに捕縛されたという報せは、瞬く間に学園全体へと広められた。


しかし、その事実は、学園長によって巧妙に歪曲されて伝えられた。


学園中に、放送が流れた。


「緊急速報!緊急速報!」


その声は、緊迫していた。


「レメディアル・ティアの生徒アシェル・ヴァーミリオンが、過激思想に基づき、学園の動力施設を破壊しようとした!」


「彼女は仲間を裏切り、多数の負傷者を出し、現在逃走中であったが、アーコン・ティアのドラゴ・シルヴァリオン殿の英雄的な活躍により、先程、捕縛された!」


真実は、完全に捏造された。


彼女は、仲間を救おうとした英雄から――


**「危険思想を持つテロリスト」**へと、一夜にして貶められたのだ。


学園中の生徒たちは、その放送を聞いて驚いた。


「アシェルが、テロリスト?」


「嘘だろ……」


「でも、放送で言ってるし……」


誰もが、混乱していた。


しかし――


学園長の権威は、絶対だった。


放送が言うことは、真実だと信じられた。


こうして――


アシェルの名誉は、完全に貶められた。


アシェルは、意識を取り戻すことなく、学園の、地図にも載っていない、地下最も深い場所へと運ばれていった。


そこは、かつて反逆者を幽閉するために作られた場所だった。


光も、音も、そして生命のエーテルさえも届かない、完全な監獄。


**「奈落」**と呼ばれた場所。


重い、重い鉄の扉が閉ざされる音が、彼女の絶望的な運命の始まりを告げた。


ガシャン。


その音は、最終的だった。


もう、戻れない。


アシェルの英雄的な自己犠牲は、誰にも知られることなく、学園の闇の中に葬り去られた。


そして、彼女の身には、「奈落」への転落という、最も過酷な運命が待ち受けていた。


特別観覧室では、サイラスが学園長に深々と頭を下げていた。


「閣下」


サイラスの声は、恭しかった。


「計画通り、対象の捕縛に成功いたしました」


「うむ、ご苦労だった、サイラス君」


学園長は、満足そうに頷いた。


その顔には、喜びの表情があった。


「君の働き、高く評価しよう」


「これで、ようやく、私の本当の実験を始めることができる……」


学園長の目が、輝いていた。


それは――


狂気の輝きだった。


希望は、完全に絶たれたかに見えた。


仲間は、散り散りになった。


リーダーは、囚われた。


そして、真実は、闇に葬られた。


しかし――


物語は、まだ終わらない。


ケンシンたちが交わした「必ず迎えに来る」という誓いと、アシェルの魂に宿る不屈の炎が、消え去らない限り。


絶望の底から始まる、本当の革命の物語が、今、静かに始まろうとしていた。


月が、学園を照らしていた。


その光は、冷たく、そして――悲しかった。


まるで、アシェルの運命を悼むかのように。


運命の歯車は、最後の回転を続けていた。


そして、やがて――


すべてが、決まる。

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