エーテルの時代の幕開け29:システムの心臓部――怒りと誓いの記録
戦いの始まり――涙から決意へ
アシェルが流した涙は、悲しみの終わりではなかった。
それは――
戦いの始まりを告げる狼煙だった。
アシェルは、ゆっくりと立ち上がった。
涙を拭った。
そして、深呼吸をした。
もう、泣いている時ではなかった。
今は、行動する時だった。
彼女は、カプセルに眠る先輩エミリナに別れを告げるように、一度だけ頷いた。
そして、迷いのない足取りで、広間の中央へと向かった。
彼女の足取りは、力強かった。
もう、迷いはなかった。
彼女のエーテル感知能力が、この広大な空間の、そしてこの忌まわしきシステムの心臓部――制御室の場所を、正確に捉えていた。
アシェルは、エーテルの流れを感じ取っていた。
すべてのエーテルが、ある一点に集まっていた。
それが、制御室だった。
「……こっちだ」
アシェルの声は、静かだった。
しかし、その声には――
強い決意が込められていた。
アシェルに導かれ、一行は中央の巨大なマナ凝縮装置の基部にある、巧妙に隠された扉を発見した。
その扉は、周囲の壁と完全に同化していた。
普通に見ただけでは、扉だと気づかなかった。
それほど、巧妙に隠されていた。
そして、物理的な鍵穴も存在しなかった。
どうやって開けるのか。
「マナ認証式のロックだ」
カインが、扉を調べながら分析した。
「管理者権限を持つ者でなければ、開けることはできない」
その言葉に、仲間たちは顔を見合わせた。
管理者権限――
それは、おそらく学園長だけが持っている。
ならば、どうやって開けるのか。
「道を開けろ」
ケンシンが、静かに、しかし有無を言わせぬ響きで言った。
その声は、低かった。
しかし、その声には――
絶対的な意志が込められていた。
ケンシンは、木刀を構えた。
その構えは、美しかった。
まるで、彫刻のように。
そして、その木刀に――
何かが、集まり始めた。
それは、これまで見たこともないほど濃密な「気」だった。
それはマナではなかった。
純粋な意志と、鍛え上げられた肉体が生み出す、生命エネルギーそのものの奔流だった。
木刀が、光り始めた。
いや、光っているのではなかった。
それは――
「気」が、可視化されていたのだ。
まるで、木刀の周りに、透明な炎が燃えているかのように。
「チェストォッ!」
タケルの叫びが、広間に響いた。
そして――
ケンシンの木刀が、扉を捉えた。
ゴウッ!
衝撃音が響いた。
それは、まるで雷のようだった。
広間全体が、揺れた。
錬金術で強化されたはずの金属扉が、まるで粘土のように内側へとひしゃげた。
歪んだ蝶番から、扉が弾け飛んだ。
ガシャァァァン!
扉は、遠くまで吹き飛ばされた。
そして、床に激突した。
## 制御室――システムの中枢
扉の向こう側は、がらんとした静寂に包まれていた。
そこは、広間とは対照的だった。
そこは――
高度にシステム化された、制御室だった。
部屋は、広かった。
しかし、カプセルの広間ほどではなかった。
壁には、いくつものマナ・スクリーンが並んでいた。
それらのスクリーンには、様々な情報が表示されていた。
数字、グラフ、図表。
すべてが、このシステムに関する情報だった。
部屋の中央には、複雑な制御盤があった。
その制御盤には、無数のボタンとレバーが並んでいた。
それらを使って、このシステムを制御するのだろう。
部屋は、無人だった。
誰も、いなかった。
ただ、機械の動作音だけが、不気味に響いていた。
ウィーン、ウィーン。
規則正しい音。
まるで、心臓の鼓動のように。
このシステムの心臓が、動いている音。
一行は、慎重に制御室に入った。
周りを警戒しながら。
しかし――
本当に、誰もいなかった。
罠も、なかった。
ただ、機械だけが、動いていた。
## 数字が語る非人道の記録――冷徹なデータ
「……これを、見ろ」
カインが、最も大きな中央スクリーンを指差した。
その声は、恐怖と怒りで震えていた。
仲間たちは、スクリーンに近づいた。
そして――
その内容を見た瞬間、誰もが息を呑んだ。
スクリーンに表示されていたのは、「中央マナ炉・生体ユニット管理システム」と題された、冷徹なデータの一覧だった。
そこには、この施設に収容されている「ユニット」一人一人の、詳細な個人情報と、現在の状態が、リアルタイムで表示されていた。
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【生体ユニット No. 734:エミリナ・ライトウィング】
学籍番号: R-089-C
配属ティア: レメディアル
施設収容日: グランベルク暦 千二百三十五年 四月十日
公的記録: 「王立研究所へ特別就職」
エーテル変換効率: 78.4% (初期値92.1%)
生命維持ステータス: 低下傾向 (予測余命:284日)
処理ステータス: 「消耗品」として継続利用中
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その記録を見た瞬間――
一行は、言葉を失った。
「……消耗品……だと……?」
タケルの唇から、信じられないといった言葉が漏れた。
人間を――
消耗品として扱っている。
それが、この記録の意味だった。
エミリナ先輩は――
ただの、消耗品として扱われていた。
使い捨ての、道具として。
予測余命:284日。
その数字が、何を意味するのか。
それは――
あと284日で、エミリナは死ぬということだった。
エーテルを搾り取られ尽くして、死ぬ。
リストは、どこまでも続いていた。
カインが、スクリーンをスクロールした。
すると――
さらに多くの名前が現れた。
その数は、三百を超えていた。
その全てが、レメディアル・ティアを「卒業」した生徒たちの名前だった。
【生体ユニット No. 652:マルコス・グリーンフィールド】
【生体ユニット No. 581:アンナ・ベルモント】
【生体ユニット No. 479:ディラン・ストーンウェル】
名前が、延々と続いていた。
それぞれに、詳細な記録が添えられていた。
収容日。
エーテル変換効率。
予測余命。
すべてが、記録されていた。
彼らは皆、表向きは「社会の様々な場所で奉仕している」と、学園から公式に発表されていた。
清掃員、下級兵士、地方の小役人。
誰も気にも留めないような、地味だが必要な仕事に就いていると、誰もが信じていた。
しかし――
真実は、違った。
レメディアル・ティアの卒業生たちは、「社会奉仕」という偽りの名目でこの施設に送られていた。
そして、その生命エーテルをマナに強制変換されていた。
学園都市の動力源として、文字通り「搾取」され尽くされていたのだ。
それが、真実だった。
卒業は、嘘だった。
就職も、嘘だった。
すべてが、嘘だった。
真実は――
彼らは、ここに囚われていた。
生きたまま、電池にされていた。
## 学園長の悪意――設計された非人道
さらに、カインが制御盤を操作した。
彼の手は、震えていた。
しかし、それでも――
彼は、操作を続けた。
真実を、知らなければならなかった。
すると、より恐ろしい記録が画面に映し出された。
それは、この非人道的なシステムの設計思想と、運営記録に関する機密ファイルだった。
その文書の起草者として記されていたのは――
ただ一つの名前。
学園長 オルティウス・フォン・クローゼン。
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【ファイル名:レメディアル・ティアの効率的活用に関する提言】
起草者:学園長 オルティウス・フォン・クローゼン
日付:グランベルク暦 千二百十五年 二月三日
『マギアテック革命の発展に伴い、マナの安定供給は国家の最重要課題である。しかし、従来の魔石や自然エーテルからの変換は、コストと効率の面で限界がある。
ここに、私は新たな解決策を提言する。
すなわち、人間自身をエネルギー源とすることである。
人間の生命エーテルは、魔石よりも遥かに効率的にマナへと変換できる。そして、その供給源は――我々の足元に、無尽蔵に存在する。
特に、レメディアル・ティアに属する生徒たちは、社会における生産性が低く、教育コストに見合う貢献を期待できない。
彼らは、社会の重荷である。
しかし、彼らの中には、エーテルの保有量だけは標準以上という個体も存在する。
彼らを『社会奉仕』の名の下に国家管理下に置き、その生命エーテルを直接マナへと変換する『生体電池』として活用する。
これにより、学園都市は半永久的なエネルギー自給を達成し、国家への多大な貢献が可能となる。
また、この方法は、レメディアル・ティアの生徒たちに、初めて社会に貢献する機会を与えることにもなる。
彼らは、生きている間は無価値だが、死ぬことで――いや、死にながら生きることで、初めて価値を持つのである。
これは、合理的であり、効率的であり、そして――美しい解決策である』
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その文章を読んだ瞬間――
一行は、完全に言葉を失った。
システムの非情さと、その裏にある学園長の悪意が、もはや疑いようのない事実として、彼らの前に突きつけられた。
これは、事故ではなかった。
過ちでもなかった。
それは――
冷徹な計算と、歪んだ功利主義に基づいて、意図的に設計され、運営されてきた、巨大な**「人間牧場」**だったのだ。
「……狂ってる……」
カインが、震える声で呟いた。
「完全に……狂ってる……」
カインの手が、震えていた。
彼の全身が、震えていた。
怒りで、震えていた。
記録ファイルをスクロールしていくと、さらに胸を抉るような事実が明らかになった。
記録によれば、このシステムが稼働してからの二十年間で、これまで数百人の生徒がエーテルを搾取され尽くし、命を落としていた。
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【ユニット廃棄記録】
総廃棄数:217名
ユニット No. 001~217: 規定耐用年数超過のため、機能停止。
記録上は「病死」または「事故死」として処理済み。
遺体処理:学園所有の火葬施設にて処分。
遺族への通知:「不慮の事故による死亡」として報告。
補償金:一律5000ゼニー支給済み。
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二百十七人。
その数字が、スクリーンに表示されていた。
二百十七人もの人々が――
ここで、死んでいた。
エーテルを搾り取られ尽くして、死んでいた。
そして、その死は――
すべて、隠蔽されていた。
「……ひどい……」
リアンの声が、震えていた。
「ひどすぎる……」
リアンの目から、涙が止めどなく溢れた。
「卒業していった先輩たちが……」
「みんな、ここで……!」
リアンは、泣き崩れた。
彼女は、膝をついた。
そして、両手で顔を覆った。
## 怒りの咆哮、そして誓い――武人の魂
その瞬間――
ケンシンの身体から、凄まじい「気」が迸った。
それは、これまでアシェルが見てきた彼のどの姿とも違っていた。
それは――
怒りに燃える、闘神のオーラだった。
空気が、震えた。
部屋全体が、その「気」に満たされた。
まるで、嵐の中にいるかのように。
「……外道が……!!」
ケンシンの声が、響いた。
それは、まるで雷のようだった。
激しく、力強く、そして――怒りに満ちていた。
ケンシンは、近くにあった頑丈な制御盤に向かった。
そして、木刀を振り上げた。
「チェストォォォォ!」
木刀が、制御盤を捉えた。
ドガァァァン!
激しい音が響いた。
制御盤が、粉砕された。
破片が、四方に飛び散った。
火花が散った。
部屋の一部が、停電した。
「ケンシンさぁ!」
タケルが、驚いて叫んだ。
しかし――
「黙っちょれ!」
ケンシンの、怒りに震える声が響いた。
「こいは、人の道に反する!」
「武士としても、人としても、断じて許せん!」
普段は冷静沈着な彼の、初めて見せる激しい怒りだった。
それは、純粋な正義感から来る、魂の咆哮だった。
ケンシンは、SATUMAの武人だった。
武人には、誇りがあった。
武士道があった。
そして、その武士道の根本は――
人の道を守ることだった。
弱き者を守ること。
正義を貫くこと。
不正を正すこと。
それが、武士の道だった。
しかし、学園長がやっていることは――
完全に、人の道に反していた。
人間を、道具として扱う。
消耗品として、使い捨てにする。
それは――
絶対に、許されないことだった。
タケルもまた、震えていた。
しかし、それは恐怖からではなかった。
抑えきれない怒りからだった。
「……ぶっ殺す」
タケルの声は、低かった。
しかし、その声には――
凄まじい殺意が込められていた。
「あのがに股眼鏡(学園長)……」
「俺が必ず、ぶっ殺してやる……!」
タケルは、木刀を握りしめた。
その手は、震えていた。
怒りで、震えていた。
カインは、ただ静かに、スクリーンに表示され続ける犠牲者たちのリストを見つめていた。
その一人一人の名前に、彼は見覚えがあった。
共にレメディアルの教室で学んだ、仲間たち。
共に絶望を分かち合った、仲間たち。
かつての友人たちの名前。
【マーカス・ブラウン】
彼は、カインの隣の席に座っていた。
いつも、冗談を言って笑わせてくれた。
卒業する時、カインに言った。
「俺、頑張って立派な兵士になるよ」
しかし――
彼は、兵士にはなれなかった。
彼は、ここで死んだ。
【リリアン・グレイ】
彼女は、優しい少女だった。
いつも、困っている人を助けていた。
卒業する時、カインに言った。
「私、田舎に帰って、学校の先生になるの」
しかし――
彼女は、先生にはなれなかった。
彼女も、ここで死んだ。
カインの目から、涙が流れ落ちた。
彼は、泣いていた。
静かに、しかし――
深く。
## 氷の決意――静かな炎
そして、アシェルは――
彼女は、涙を流していなかった。
怒りを叫ぶこともなかった。
ただ、その灰色の瞳の奥で、氷よりも冷たく、そして溶岩よりも熱い、静かな決意の炎を燃やしていた。
アシェルの心は――
もう、揺らいでいなかった。
もう、迷っていなかった。
ただ、一つのことだけを考えていた。
この悪を、滅ぼす。
それだけだった。
彼女は、制御盤に近づいた。
そして、その小さな手で、一つの記録クリスタルを抜き取った。
それは、小さなクリスタルだった。
しかし、その中には――
このシステムの全ての記録が、コピーされていた。
すべての証拠が、ここにあった。
学園長の文書。
犠牲者たちのリスト。
廃棄記録。
すべてが、このクリスタルに記録されていた。
これを、世界に公表すれば――
学園長は、もう逃げられない。
アシェルは、クリスタルをポケットに入れた。
そして、仲間たちを見回した。
「……行こう」
アシェルの声は、不気味なほど落ち着いていた。
その声には、感情が感じられなかった。
しかし――
その目には、強い決意が宿っていた。
「私たちが、やるべきことは、決まった」
その言葉に、仲間たちは頷いた。
彼らの戦いは、今、その意味を完全に変えた。
それはもはや、学園内の不正を正すための戦いではなかった。
これは――
奪われた数百の魂の名誉を回復し、人間の尊厳そのものを踏みにじる絶対的な悪を断罪するための、聖戦なのだ。
学園が隠蔽してきた最大の闇、「中央マナ炉」の真実を完全に暴露する。
システムの非情さと学園長の悪意を、全世界に知らしめる。
それが、彼らの使命だった。
そのために――
彼らは、戦う。
どんな犠牲を払っても、戦う。
一行は、制御室を出た。
その背後で、破壊された制御盤が、警告音を虚しく響かせ続けていた。
ピーピーピー。
規則正しい音。
それは、システムの異常を知らせる音だった。
しかし、もう誰も――
それを、止めることはできなかった。
その音は、やがて来るシステムの崩壊と、新しい時代の始まりを告げる、産声のようにも聞こえた。
一行は、来た道を戻り始めた。
今度は、証拠を持って。
この証拠を――
世界に、公表しなければならない。
そのために――
生きて、帰らなければならない。
運命の歯車は、最後の回転を始めていた。
物語は、いよいよ最終局面へと突入する。
そして、その戦いは――
誰も予想できないほど、激しいものになる。




