エーテルの時代の幕開け25:エーテル解放戦線
夜明け前の召集――新たな始まり
森の闇の中でケンシンとの魂の対話を終えたアシェルは、もはや以前の彼女ではなかった。
瞳から迷いは消え去っていた。
代わりに、夜明け前の空のように静かで、しかし確固たる決意の光が宿っていた。
アシェルの足取りは、力強かった。
もう、迷いはなかった。
彼女は、自分が何をすべきか、はっきりと理解していた。
彼女は夜が明けるのも待たずにレメディアル寮へ戻った。
寮は、まだ静かだった。
皆、眠っているはずだった。
しかし、アシェルは、その足で信頼できる仲間たちを起こし始めた。
まず、リアンの部屋へ向かった。
扉を、静かにノックした。
コンコン。
しばらくして、リアンが扉を開けた。
彼女は、まだ寝間着を着ていた。
目をこすりながら、アシェルを見た。
「アシェル……?どうしたの……こんな時間に……」
「リアン、談話室に来て」
アシェルの声は、静かだった。
しかし、その声には――
何か、特別な響きがあった。
「大事な話がある」
リアンは、アシェルの目を見た。
その目は――
いつもと違っていた。
強く、そして――決意に満ちていた。
「……分かった」
リアンは、頷いた。
そして、急いで服を着替えた。
次に、カインの部屋へ向かった。
同じように、ノックをした。
カインは、すぐに扉を開けた。
彼は、まだ起きていたようだった。
「アシェル……何か、あったのか?」
「談話室に来て。皆を集める」
カインは、アシェルの表情を見て、何かを察した。
「……分かった」
そして、ケンシンとタケルの部屋へも向かった。
さらに、アシェルの戦いぶりに心を動かされていたレメディアルの有志数名にも声をかけた。
ガレス、エルザ、そして他の数名。
彼らは皆、アシェルを信頼していた。
そして、アシェルの呼びかけに、躊躇なく応じた。
談話室に、仲間たちが集まり始めた。
集まったのは、リアン、カイン、ケンシン、タケル。
そして、レメディアルの有志数名。
合計で、十人ほどだった。
彼らは、暖炉の周りに集まった。
暖炉では、弱々しい火が燃えていた。
その火が落とす影が、壁に揺らめいていた。
談話室は、薄暗かった。
しかし、その暗闇の中で――
仲間たちの目は、アシェルを見つめていた。
その尋常ならざる気配に、呼び出された者たちは何かが始まろうとしていることを予感していた。
空気が、緊張していた。
誰も、言葉を発しなかった。
ただ、アシェルが口を開くのを、固唾を飲んで待っていた。
## 革命の宣言――新しい戦いの始まり
「みんな、集まってくれてありがとう」
アシェルは、暖炉の前に立った。
そして、仲間たち一人一人の顔を、真剣な眼差しで見つめた。
その目には――
もう、迷いはなかった。
ただ、決意だけがあった。
「私は決めた」
アシェルの声は、静かだった。
しかし、その一言一句には、もはや揺らぐことのない鉄のような意志が込められていた。
「もう、敵が作った盤の上で踊るのは、終わりにしよう」
その言葉に、仲間たちは息を呑んだ。
敵が作った盤。
それは、学園長やバルトールが用意した、罠のことだった。
戦うか、諦めるか。
その二択の中で、選ぶことを強要されていた。
しかし、アシェルは――
もう、その盤の上では踊らない。
「バルトール侵爵の脅迫も、学園長の見えざる支配も、全ては同じ根から生えている」
アシェルは、ゆっくりと言葉を続けた。
「この学園の、歪んだシステムそのものから」
「リアンを苦しめているのは、病気じゃない」
「カインの心を縛っているのは、過去の事故だけじゃない」
「私たちを『落ちこぼれ』と蔑み、希望を奪っているのは、このシステムそのものだ」
その言葉は、真実だった。
仲間たちは、それを理解していた。
しかし、それを言葉にすることは――
恐ろしいことだった。
なぜなら、それは――
学園そのものへの、反逆を意味するから。
アシェルは、禁書庫で知った学園の闇と、学園長の王国転覆という恐るべき野望について、包み隠さず全てを語り始めた。
中央マナ炉計画。
生体実験。
学園長の真の目的。
龍人族の買収。
すべてを、詳細に語った。
仲間たちは、息を呑んでその衝撃的な真実に聞き入った。
自分たちが信じていた学び舎が、実は非人道的な陰謀の温床であったという事実に、彼らの顔から血の気が引いていった。
「なんだと……!?」
ガレスが、驚きの声を上げた。
「学園長が、そんなことを……」
「私たちが、ただの『素材』……?」
エルザの声は、震えていた。
他の仲間たちも、同じだった。
信じられない、という表情。
しかし、アシェルの真剣な表情を見て――
それが真実だと、理解した。
「だから、私は戦う」
アシェルは、力強く宣言した。
その声は、談話室全体に響き渡った。
「個人の勝利のためじゃない」
「バルトールへの復讐のためでもない」
アシェルは、拳を握りしめた。
「この腐りきったシステムを根元から変え、私たちのような弱い立場の人々が、二度と搾取されることのない、本当の意味で公平な世界を作るために」
その言葉は、革命の宣言だった。
それは、もはや個人の戦いではなかった。
それは――
すべての抑圧された者たちのための、戦いだった。
アシェルの熱く、純粋な言葉に、その場にいた全員の心が動かされた。
沈黙が、しばらく続いた。
そして――
「……私も、戦うわ」
リアンが、震えながらも、力強く言った。
彼女は、立ち上がった。
その小さな身体は、震えていた。
しかし、その目には――
決意の光が宿っていた。
これまで常に守られる側だった彼女が、初めて自らの意志を示した瞬間だった。
「もう、アシェル一人に全てを背負わせない」
リアンの声は、涙で震えていた。
「私の命は、アシェルが救ってくれた命」
「今度は、私がその命を、みんなのために使う番よ」
その言葉に、アシェルは驚いた。
そして――
深く感動した。
リアンが、こんなに強くなっていたなんて。
「……俺もだ」
次に声を上げたのは、カインだった。
これまで自らの過去に囚われ、沈黙を守っていたカインが、ゆっくりと顔を上げた。
フードの奥の瞳に、久しぶりに闘志の光が宿っていた。
「俺は、過去の恐怖から逃げ続けてきた」
カインの声は、低かった。
しかし、その声には――
強い決意が込められていた。
「だが、もう逃げない」
「俺の知識が、システムを打ち破るための武器になるのなら、喜んで協力しよう」
カインもまた、変わっていた。
過去に囚われていた彼が――
ついに、前を向き始めていた。
そして、ケンシンが静かに立ち上がった。
彼は、アシェルの隣に立った。
「面白か」
ケンシンの口元に、好戦的な笑みが浮かんだ。
「腐った権力ば、下からひっくり返す」
「そげん面白か祭りは、滅多にねえど」
ケンシンの声は、力強かった。
「わいらSATUMAも、おはんの義の戦、しかと見届けさせてもらう」
「チェストォッ!」
タケルが、拳を突き上げた。
「理屈は分からんが、アシェルの嬢ちゃんのためなら、わいはいつでも戦うごわす!」
その言葉に、他の仲間たちも次々と立ち上がった。
「俺も戦う!」
「私も!」
「一緒に、世界を変えよう!」
談話室は、熱気に包まれた。
誰もが、決意を新たにしていた。
誰もが、アシェルと共に戦うことを選んだ。
## エーテル解放戦線――組織の誕生
こうして、その夜明け前、レメディアル寮の片隅で、歴史を動かすことになる小さな、しかし燃えるような意志を持った秘密結社が産声を上げた。
アシェルは、その組織の名を、静かに、しかし誇らしげに宣言した。
「私たちの名は、『エーテル解放戦線』」
アシェルの声は、力強かった。
「力は支配するためではなく、分かち合うためにある」
「その真理を、この世界に示すための戦いを、今、ここから始める」
エーテル解放戦線――
それが、この革命組織の名前だった。
エーテルを解放する。
力を、皆で分かち合う。
それが、この組織の理念だった。
仲間たちは、その名前を聞いて、深く頷いた。
それは、素晴らしい名前だった。
彼らの理想を、完璧に表現していた。
## 最初の作戦会議――緻密な計画
解放戦線の最初の作戦会議は、直ちに開始された。
それはもはや、学生の思いつきなどではなかった。
緻密な計算と覚悟に基づいた、本格的な革命の始まりだった。
アシェルは、即席の作戦盤の前に立った。
テーブルの上に、学園の地図が広げられていた。
そこには、様々な印がつけられていた。
重要な場所。
敵の拠点。
味方の位置。
すべてが、記されていた。
「まず、私たちの目的を明確にしよう」
アシェルは、仲間たちを見回した。
そして、組織の目的を説明し始めた。
「短期目標は、秋季カップ決勝で、学園の不正と学園長の陰謀を、全ての観衆の前で暴露すること」
アシェルは、地図上の競技場を指差した。
「決勝戦は、学園中の生徒が見る」
「そして、多くの貴族や商人も観戦に来る」
「その場で、学園長の陰謀を暴露すれば――」
「学園長は、もう隠すことができなくなる」
その計画は、大胆だった。
しかし、効果的だった。
「そして、長期目標は、『中央マナ炉』の非人道的なシステムを解放し、学園の支配体制を根本から変革することだ」
アシェルの声は、真剣だった。
「これは、簡単なことじゃない」
「多くの困難が、待ち受けている」
「しかし、私たちは――」
「必ず、成し遂げる」
その決意は、揺るぎなかった。
彼女は、仲間たち一人一人に、その特性を活かした役割を冷静に与えていった。
「カインは、参謀として、情報分析と作戦立案を担当してほしい」
アシェルは、カインを見つめた。
「あなたの知識が、私たちの頭脳になる」
カインは、フードの下で力強く頷いた。
「……任せろ」
彼の声には、自信が込められていた。
カインは、頭が良かった。
戦略を考えることが得意だった。
彼の能力は、この組織にとって不可欠だった。
「リアンは、後方支援と、学園内の良心的な生徒や教官への働きかけをお願いしたい」
アシェルは、リアンに優しく微笑んだ。
「あなたの優しさと誠実さが、私たちの心を繋ぐ鎖になる」
リアンは、決意に満ちた表情で答えた。
「……うん、やってみる」
リアンは、戦うことはできなかった。
しかし、人と話すことは得意だった。
人の心を動かすことができた。
その能力は、革命には不可欠だった。
「ケンシンさんとタケルさんには、戦闘部隊の主軸として、物理的な障害の排除をお願いします」
アシェルは、ケンシンとタケルを見た。
「あなたたちの突破力が、私たちの剣になる」
ケンシンは、静かに頷いた。
「承知した」
タケルは、拳を握りしめた。
「任せるごわす!」
二人の戦闘能力は、群を抜いていた。
彼らがいれば、どんな障害も突破できる。
「そして、私は……」
アシェルは、一度言葉を切った。
そして、仲間たちを見回した。
「私は、みんなのエーテルを繋ぎ、力を増幅させ、そして導く、『心臓』になる」
それが、アシェルの役割だった。
彼女の能力――エーテルの譲渡と吸収。
それを使えば、仲間たちの力を増幅させることができる。
そして、組織全体を、一つにまとめることができる。
## 協力者の登場――広がる輪
「しかし、私たちだけでは力が足りない」
カインが、冷静に指摘した。
「外部からの協力者が必要だ」
その言葉は、正しかった。
彼らだけでは、学園長に対抗できない。
もっと、多くの協力者が必要だった。
その時、談話室の扉が、静かに開いた。
ギィィ……
軋む音が、部屋に響いた。
仲間たちは、一斉に扉を見た。
そこに立っていたのは――
薬学者のドクター・エリアーデだった。
彼女は、白衣を着ていた。
その顔は、疲れていた。
目の下には、深いクマができていた。
しかし、その目には――
決意の光が宿っていた。
「……その協力者なら、私が心当たりがある」
エリアーデの声は、静かだった。
しかし、その声には――
強い意志が込められていた。
「エリアーデ先生……!」
アシェルは、驚いた。
エリアーデは、バルトールに脅迫されていた。
リアンの薬を偽物にすり替えていた。
しかし――
彼女は、ここにいた。
エリアーデは、部屋に入った。
そして、アシェルの前に立った。
「アシェル君……ごめんなさい……」
エリアーデの目から、涙が流れ落ちた。
「私は……あなたを裏切った……」
「リアンさんの薬を……偽物にすり替えていた……」
「すべて……バルトールに脅迫されて……」
エリアーデは、すべてを告白した。
バルトールに脅迫されたこと。
薬を偽物にすり替えたこと。
そして、それを後悔していること。
すべてを、包み隠さず話した。
アシェルは、エリアーデの告白を聞いて――
怒りを感じた。
しかし、同時に――
理解もした。
エリアーデも、被害者だった。
学園長とバルトールの、犠牲者だった。
「先生……」
アシェルは、エリアーデの肩に手を置いた。
「もう、いいんです」
「先生も、苦しんでいたんですよね」
その言葉に、エリアーデは激しく泣き始めた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
アシェルは、エリアーデを抱きしめた。
「もう、終わりました」
「これから、一緒に戦いましょう」
エリアーデは、その言葉に救われた。
彼女は、解放戦線への協力を申し出た。
「私は、学園の薬物管理システムと、研究棟の内部構造に詳しい」
エリアーデの声は、力強くなっていた。
「必ず、君たちの力になれるはずだ」
その申し出を、アシェルは喜んで受け入れた。
さらに、ケンシンの人脈を通じて、学園内のSATUMA全員と、地下闘技場でアシェルに心を動かされた一部の戦士たちも、解放戦線への参加を表明した。
「わいらも、参加させてもらうど」
ケンシンが、報告した。
「SATUMAの全員が、賛同してくれた」
「そして、地下闘技場の戦士たちも、十人ほど協力してくれる」
その報告に、アシェルは深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
アシェルの戦いは、もはや孤独なものではなかった。
レメディアルの壁を越え、ティアの垣根を越え、その輪は着実に広がり始めていた。
## 水面下の準備――決戦に向けて
決勝戦までの数日間、エーテル解放戦線は、水面下で周到な準備を進めていった。
カインとエリアーデは、学園のシステムの脆弱性を洗い出していた。
彼らは、図書館に籠もり、古い資料を読み漁った。
学園の設計図。
マナ炉のシステム図。
警備の配置図。
すべてを、詳細に調べた。
「ここが、弱点だ」
カインは、地図上のある場所を指差した。
「北塔の最上階へのアクセスは、ここからしかない」
「つまり、ここを制圧すれば――」
「学園長を孤立させることができる」
エリアーデも、頷いた。
「そして、研究棟の薬品庫には、様々な薬品が保管されている」
「それらを使えば、学園長の計画を妨害できる」
二人の分析は、的確だった。
ケンシンとタケルは、決行の日に備えて特殊な訓練を重ねていた。
彼らは、訓練場で、夜遅くまで訓練していた。
剣術の訓練。
体術の訓練。
そして、連携の訓練。
「もっと速く!」
ケンシンが、タケルに指示を出した。
「敵は、俺たち以上に強いぞ!」
「はい!」
タケルは、必死に応えた。
二人の動きは、日に日に洗練されていった。
そして、アシェルは、仲間たちとのエーテルの同調訓練を行っていた。
彼女は、自らの「共有」の力を、組織的な戦術へと昇華させようとしていた。
「みんな、私のエーテルを感じて」
アシェルは、仲間たちと手を繋いだ。
そして、自分のエーテルを流し始めた。
温かいエーテルが、仲間たちの身体に流れ込んでいった。
「これが、私の力」
「これを使えば、みんなの力を増幅させることができる」
仲間たちは、驚いた。
身体が、軽くなった。
魔力が、増えた。
すべてが、強化された。
「すごい……」
リアンが、呟いた。
「これなら、勝てるかもしれない……」
訓練は、順調に進んでいった。
## 冷たい監視――サイラスの視線
しかし――
その全ての動きを、サイラスは冷ややかに、しかし鋭い警戒心をもって監視していた。
サイラスは、遠くから、アシェルたちの訓練を見ていた。
彼は、木の陰に隠れていた。
その目は、冷たかった。
そして、計算高かった。
(……面白い)
サイラスは、心の中で呟いた。
(あの小娘、ただでは屈しないと思っていたが、まさかここまでやるとはな)
サイラスは、アシェルを過小評価していなかった。
彼は、アシェルの強さを知っていた。
しかし――
これほどまでとは、思っていなかった。
(だが、それもまた、学園長閣下にとっては計算のうち)
サイラスは、冷たく微笑んだ。
(君が輝けば輝くほど、閣下の実験は成功に近づくのだよ、アシェル……)
サイラスは、すべてを学園長に報告していた。
アシェルの動き。
エーテル解放戦線の活動。
すべてが、学園長に筒抜けだった。
学園長は、それらの報告を読んで――
満足そうに微笑んでいた。
「素晴らしい……」
「アシェル君は、期待以上だ……」
「このまま、決勝戦まで泳がせておこう……」
学園長は、すべてを把握していた。
そして、すべてを許容していた。
なぜなら――
アシェルが輝けば輝くほど、彼の実験データは充実するから。
アシェルの革命は――
まだ、学園長の手の中にあった。
## 運命の舞台――決勝戦へ
物語は、一個人の絶望的な戦いから、理念と理念、組織と組織がぶつかり合う、組織的な抵抗運動へと、その舞台を大きくスケールアップさせた。
秋季カップの決勝戦。
それは、もはや単なる学生の競技会ではなかった。
それは――
新しい時代を賭けた、革命の狼煙が上がる、運命の舞台となろうとしていた。
アシェルとエーテル解放戦線。
学園長とその支配体制。
二つの勢力が、激突しようとしていた。
その戦いは――
学園全体を、そして王国全体を揺るがす、歴史的な戦いになる。
準備は、整った。
仲間たちは、覚悟を決めた。
そして、決勝戦の日が――
近づいていた。
太陽が、昇っていた。
新しい一日が、始まっていた。
そして――
革命の日が、近づいていた。
運命の歯車は、最後の回転を始めていた。
そして、その歯車が止まる時――
世界は、変わる。
それは、確実だった。




