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冒険者適性Aランク でも俺、鍛冶屋になります  作者: むひ
アシェルの章

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エーテルの時代の幕開け22:サイラスの取引、バルトールの終焉

冷徹な計算――同じ夜、別の場所で


アシェルがケンシンとの対話を経て、魂の奥底で新たな決意を固めていた、まさにその同じ夜。


学園のもう一つの影の中で、一人の少年が冷徹な計算を始めていた。


レメディアル寮の一室。


それは、サイラスの部屋だった。


その部屋は、他のレメディアルの生徒たちの部屋とは、明らかに異なっていた。


まず、整理整頓が完璧だった。


机の上には、書類が綺麗に積まれていた。


本棚には、難解な魔法理論書が並んでいた。


壁には、学園の地図が貼られていた。


そして、その地図には――


無数の印がつけられていた。


赤い印、青い印、緑の印。


それらは、サイラスが独自に作成した、勢力図だった。


サイラスは、机の前に座っていた。


彼の前には、学園の勢力図と、自ら収集した情報網からの報告書が広げられていた。


その報告書は、膨大な量だった。


何十枚もの羊皮紙が、机の上に広がっていた。


そこには、様々な情報が記されていた。


学園長の動向。


バルトールの行動。


アシェルの状態。


龍人族の動き。


すべてが、細かく記録されていた。


サイラスは、それらの情報を、まるでチェスの名手が盤面を読むかのように、鋭い瞳で見つめていた。


彼の目は、冷たかった。


感情が、まったく感じられなかった。


それは、まるで機械のような目だった。


計算し、分析し、そして――


最適な手を探す。


それだけを、考えている目だった。


(……潮時だな)


サイラスの唇の端に、年不相応な冷笑が浮かんだ。


それは、少年の笑みではなかった。


それは、老練な策士の笑みだった。


サイラスは、十五歳だった。


しかし、その知性は――


大人を遥かに凌駕していた。


バルトール侵爵がリアンを脅迫したという情報は、彼の耳にも入っていた。


サイラスの情報網は、学園中に張り巡らされていた。


彼は、レメディアルの生徒たちを、巧みに利用していた。


金を渡し、情報を集めさせる。


時には、恩を売り、借りを作る。


そして、その借りを利用して、さらに情報を集める。


サイラスは、情報こそが最大の武器だと知っていた。


そして、それが学園長オルティウスの指示によるものであることも、彼は見抜いていた。


サイラスは、すべてを理解していた。


学園長の計画。


バルトールの役割。


アシェルが追い詰められている理由。


すべてが、彼には見えていた。


(バルトールは、もう用済みだ)


サイラスは、報告書の一枚を手に取った。


それは、バルトールの最近の行動を記録したものだった。


サイラスは、それを読みながら考えた。


(あの老いぼれのやり方は、あまりにも古く、直接的すぎる)


(脅迫や暴力など、三流の悪党が使う手だ)


(学園長閣下ほどの人物が、いつまでもあんな無能な駒を使い続けるはずがない)


サイラスの分析は、正確だった。


バルトールは、確かに有能だった。


しかし、そのやり方は古かった。


時代遅れだった。


学園長のような、洗練された悪には、不適切だった。


サイラスの野心は、もはやレメディアル・ティアという小さな水溜りには収まりきらなかった。


彼は、この学園という巨大なシステムの、より中枢へ、より深くへと食い込む機会を、虎視眈々と狙っていたのだ。


サイラスは、生まれながらにして野心家だった。


彼は、貧しい家の出身だった。


両親は、早くに亡くなった。


彼は、孤児として育った。


そして、その過程で学んだ。


この世界は、弱肉強食だと。


力のない者は、搾取される。


知恵のない者は、利用される。


だから、自分は強くならなければならない。


知恵をつけなければならない。


そして、頂点に立たなければならない。


それが、サイラスの生き方だった。


そして、今こそがその絶好の機会だった。


アシェルの予想外の精神的な強さと、バルトールの稚拙な手口。


この二つの要素が、彼に最高の舞台を用意してくれた。


「アシェルを完全に制御し、閣下の計画の駒として献上する……」


サイラスは、立ち上がった。


そして、窓の外を見た。


遠くに、北塔がそびえ立っていた。


その最上階――


そこが、学園長の執務室だった。


「その功績を手土産にすれば、俺は、あの爺さんの懐に潜り込める」


サイラスは、北塔の最上階を、挑戦的な視線で見据えた。


彼の目には、野心の炎が燃えていた。


これから行うのは、自らの人生を賭けた、最大級の危険な取引だった。


失敗すれば、すべてを失う。


しかし、成功すれば――


学園の中枢に入り込める。


権力を手に入れられる。


そして、いつの日か――


学園長の座さえ、狙える。


サイラスは、そう信じていた。


## 学園長への謁見――狼の巣穴へ


翌日の深夜。


月が、高く昇っていた。


学園は、静まり返っていた。


生徒たちは、皆、眠っている。


しかし、サイラスは、眠っていなかった。


彼は、黒いマントを着て、寮を抜け出した。


そして、北塔へと向かった。


北塔――それは、学園で最も警備が厳重な場所だった。


入り口には、常に衛兵が立っている。


塔の中には、無数の監視魔法が張り巡らされている。


許可なく侵入すれば、即座に捕らえられる。


しかし、サイラスは、堂々と歩いていった。


彼は、許可を得ていた。


どのようにして、この学園で最も警備が厳重な場所への謁見を許可されたのか。


それは、彼がこの数ヶ月間、地道に築き上げてきた情報網と、学園長派閥の下級官僚を取り込む狡猾な手腕の賜物だった。


サイラスは、数ヶ月前から準備していた。


まず、学園長派閥の下級官僚を見つけた。


彼らは、給料が安く、不満を抱えていた。


サイラスは、彼らに近づいた。


そして、金を渡した。


情報を売ってくれと。


最初は、些細な情報だった。


学園長のスケジュール。


学園長の好み。


しかし、徐々に――


より重要な情報を手に入れていった。


そして、ついに――


学園長への謁見の機会を得た。


サイラスは、北塔の入り口に着いた。


衛兵が、二人、立っていた。


彼らは、サイラスを見た。


そして、一人が尋ねた。


「何の用だ」


その声は、冷たかった。


警戒していた。


「学園長閣下への謁見を許可されている」


サイラスは、懐から一通の手紙を取り出した。


それは、学園長の署名が入った許可証だった。


衛兵は、それを確認した。


そして、頷いた。


「……通れ」


サイラスは、塔の中に入った。


長い螺旋階段を、ゆっくりと上っていった。


その階段は、暗かった。


壁には、魔法の明かりがついていたが、それでも薄暗かった。


サイラスは、一歩一歩、慎重に上っていった。


彼の心臓は、激しく鼓動していた。


しかし、彼の顔には、何の感情も浮かんでいなかった。


冷静だった。


計算していた。


これから、何を言うべきか。


どう振る舞うべきか。


すべてを、頭の中でシミュレーションしていた。


やがて、サイラスは最上階に着いた。


そこに、学園長の執務室があった。


重厚な木製の扉。


その表面には、複雑な紋章が刻まれていた。


サイラスは、深呼吸をした。


そして、扉をノックした。


コンコン。


その音が、静寂な廊下に響いた。


しばらくの沈黙。


そして――


「……入れ」


中から、声が聞こえてきた。


それは、あの好々爺然とした、温和な声だった。


しかし、サイラスは知っていた。


その声の裏に、どれほどの悪意が隠されているか。


サイラスは、扉を開けた。


そして、中に入った。


## 好々爺の仮面――悪魔の微笑


執務室は、広く、そして豪華だった。


床には、高価な絨毯が敷かれていた。


壁には、古い絵画が飾られていた。


大きな窓からは、月光が差し込んでいた。


部屋の中央には、暖炉があった。


そこで、火が燃えていた。


パチパチという音が、静かに響いていた。


そして、暖炉の前に――


学園長が座っていた。


学園長オルティウス・フォン・クローゼンは、安楽椅子に深く腰掛け、読書に耽っていた。


その姿は、まるで孫の訪問を喜ぶ、心優しい祖父のようだった。


白い髭を蓄え、優しい目をして、穏やかな表情をしている。


しかし、サイラスは知っていた。


それが、仮面だということを。


「やあ、サイラス君だったかな」


学園長は、本から顔を上げた。


そして、サイラスを見て、優しく微笑んだ。


「こんな夜更けに、何の用かね?」


「若い者は、あまり夜更かしをするものではないよ」


その声は、本当に優しかった。


まるで、心配してくれているかのように。


しかし、サイラスは騙されなかった。


「失礼いたします、学園長閣下」


サイラスは、深々と頭を下げた。


しかし、媚びるような素振りは一切見せなかった。


恭しく、しかし――


対等な存在として。


「本日は、閣下の貴重なお時間を頂戴したく、参上いたしました」


「閣下の、そしてこの学園の未来にとって、極めて重要なご提案がございます」


その言葉に、学園長の表情がわずかに変わった。


「ほう?」


学園長は、ゆっくりと本を閉じた。


そして、興味深そうにサイラスを見つめた。


その瞳の奥が、氷のように冷たく光るのを、サイラスは見逃さなかった。


(やはり、この男は――)


サイラスは、心の中で確信した。


(本物の悪魔だ)


「レメディアルの少年が、この私に、提案かね?」


学園長の声には、わずかな嘲笑が含まれていた。


「面白い。聞かせてもらおうか」


学園長は、手招きした。


サイラスは、学園長の前に進んだ。


そして、立ったまま、話し始めた。


## 悪魔のプレゼンテーション――完璧な分析


「閣下が現在、最も関心をお持ちの対象は、アシェル・ヴァーミリオン」


サイラスは、単刀直入に切り出した。


その声は、冷静だった。


感情が、まったく含まれていなかった。


まるで、ビジネスの報告をしているかのように。


「そして、彼女の持つ特異なエーテル操作能力」


「そのデータを収集し、いずれは『中央マナ炉』計画に応用することこそが、閣下の最大の目的」


「違いますかな?」


サイラスの、あまりにも直接的で、大胆な切り出しに、学園長の穏やかだった表情が、初めて微かに強張った。


彼の目が、鋭くなった。


それは、獲物を見つけた捕食者の目だった。


「……どこでそれを」


学園長の声は、低かった。


そして、脅迫的だった。


中央マナ炉計画――それは、学園の最高機密だった。


その存在を知っている者は、ごくわずかだった。


それを、なぜレメディアルの少年が知っているのか。


「私は、私なりの情報源を持っておりますので」


サイラスは、不敵な笑みを浮かべた。


それは、挑戦的な笑みだった。


「そして、その観点から申し上げますと、バルトール侵爵のやり方は、あまりにも古く、非効率的すぎます」


サイラスは、まるで一流のコンサルタントがプレゼンテーションを行うかのように、流れるような弁舌で自らの分析を語り始めた。


「脅迫や人質といった物理的な圧力は、確かに対象に強いストレスを与えます」


サイラスは、手を使いながら説明した。


その動作は、洗練されていた。


まるで、何度もこのようなプレゼンテーションを行ってきたかのように。


「しかし、それは同時に、対象の強い反発心を引き出す、諸刃の剣です」


「特に、アシェルのような純粋で理想主義的な人間には、逆効果ですらある」


「彼女は絶望するかもしれませんが、決して屈服はしないでしょう」


「むしろ、その逆境をバネに、我々の想像を超える力を発揮する可能性すらあります」


サイラスの分析は、的確だった。


彼は、アシェルのことを深く理解していた。


彼女の性格。


彼女の行動原理。


彼女の強さと、弱さ。


すべてを、把握していた。


学園長は、黙って聞いていた。


その顔には、何の感情も浮かんでいなかった。


しかし、その目は――


興味深そうに、サイラスを観察していた。


サイラスの分析が、驚くほど的確であることを、認めざるを得なかったからだ。


「私ならば、もっと巧妙に、もっと効率的に、彼女を精神的に追い詰めることができます」


サイラスは、自信を持って宣言した。


そして、自らの計画の核心を語った。


「物理的な脅迫ではありません」


「彼女が最も信じているもの――仲間との『絆』そのものを、内側から破壊するのです」


その言葉に、学園長の目が、わずかに輝いた。


それは、興味の輝きだった。


サイラスが提案した計画は、あまりにも陰湿で、そして悪魔的なものだった。


「例えば、彼女の親友であるリアンに、偽りの『希望』を与えるのです」


サイラスは、ゆっくりと説明した。


その声は、冷たかった。


まるで、人間を実験動物として扱うかのように。


「あたかも自分がリアンの味方であるかのように振る舞い、特別な薬と称して毒を少しずつ与える」


「そして、リアンの体調不良の原因を、アシェルが力の代償として振りまいている『呪い』のせいだと、周囲に信じ込ませるのです」


その計画は、恐ろしかった。


バルトールの計画よりも、遥かに陰湿だった。


バルトールは、直接的に脅迫した。


しかし、サイラスは――


仲間同士を、互いに疑わせる。


信頼を、内側から崩壊させる。


「仲間たちは、次第にアシェルを恐れ、避け始めるでしょう」


サイラスは、その結果を予測した。


「善意で戦ってきたはずの彼女は、自らが信じてきた絆によって、完全に孤立させられる」


「その時こそ、彼女の精神が完全に砕け散り、閣下の望む、ありのままのデータを示す瞬間ではありませんか?」


「そして、その絶望の淵で、唯一手を差し伸べるのが、この私」


「あなたの駒としての私なのです」


サイラスの計画は、完璧だった。


論理的で、実行可能で、そして――


残酷だった。


## 新たな駒、そして古い駒の処分――冷酷な決断


学園長は、長い沈黙の後、静かに、そして満足そうに、笑った。


「……素晴らしい」


その声には、賞賛が込められていた。


「実に、素晴らしい悪意だ、サイラス君」


学園長は、椅子から立ち上がった。


そして、サイラスに近づいた。


彼は、サイラスの肩に手を置いた。


その手は、冷たかった。


「君の野心と知性、気に入った」


学園長は、サイラスの目を見つめた。


「君を、私の新たな駒として、正式に迎え入れよう」


「非公式だが、私の直属の補佐官として、これから私のために働いてもらう」


その言葉に、サイラスは内心で勝利を叫んだ。


しかし、表情には出さなかった。


「光栄の至りです、閣下」


サイラスは、恭しく頭を下げた。


彼の計画は、成功した。


学園長の懐に、潜り込むことができた。


これで、権力への道が開けた。


「しかし、そのためには、まず『掃除』が必要だね」


学園長は、サイラスから離れた。


そして、執務机へと向かった。


彼は、机の引き出しを開けた。


そして、一つのファイルを、音もなく取り出した。


そのファイルは、古く、分厚かった。


表紙には、「バルトール侵爵 機密」と書かれていた。


「これは、バルトール侵爵が、この十年間に行ってきた、全ての不正の記録だ」


学園長は、ファイルを開いた。


そこには、無数の文書が入っていた。


「横領、収賄、そして……彼の政敵の、不審な死に関する調査報告もね」


学園長の声は、冷たかった。


それは、人間の命を、何とも思っていない声だった。


「……これを、私に?」


サイラスは、そのファイルを見つめた。


「ああ」


学園長は、そのファイルをサイラスに手渡した。


「用済みとなった駒は、盤上から速やかに取り除かねばならん」


「後始末は、君に任せる」


「どう使うかは、君の自由だ」


「ただし、私の名が決して表に出ないよう、賢く立ち回ることだ」


その命令は、明確だった。


バルトールを、始末しろ。


しかし、学園長の名前が出ないように。


それが、サイラスの最初の任務だった。


サイラスは、ファイルを受け取った。


それは、重かった。


物理的な重さではなく――


その意味の重さが。


このファイルを使えば、バルトールを破滅させることができる。


一人の人間の人生を、終わらせることができる。


しかし、サイラスは躊躇しなかった。


彼にとって、バルトールは――


ただの障害物に過ぎなかった。


排除すべき、対象。


「承知いたしました」


サイラスは、静かに答えた。


「必ずや、閣下のご期待に応えてみせます」


## バルトールの終焉――哀れな道化の最期


翌日の深夜。


バルトール侵爵は、自邸の書斎で祝杯を挙げていた。


彼は、上機嫌だった。


顔は、赤く染まっていた。


高価なワインを、何杯も飲んでいた。


アシェルが絶望の淵にいるという報告を受け、自らの名誉回復が近いことを確信していたのだ。


「ふははは!」


バルトールは、大声で笑った。


「あの小娘も、ついに観念したか!」


「これで、私の名誉は回復する!」


「学園長閣下も、私の功績を認めてくださるだろう!」


バルトールは、完全に有頂天だった。


彼は、自分の計画が成功したと信じていた。


しかし――


彼は知らなかった。


自分が、もう用済みだということを。


自分の運命が、既に決まっているということを。


その時、書斎の扉が、静かに開いた。


バルトールは、それに気づいた。


「……誰だ?」


彼は、警戒しながら扉を見た。


そこに立っていたのは――


サイラスだった。


その手には、学園長の執務室から持ち出した、例のファイルが握られている。


「これはこれは、侵爵閣下」


サイラスの声は、冷たかった。


そして、嘲笑的だった。


「祝杯とは、気が早いですな」


「サイラス……!」


バルトールは、驚いた。


「レメディアルの……なぜお前がここに!」


バルトールは、立ち上がった。


そして、サイラスを睨みつけた。


しかし、サイラスは動じなかった。


ただ、冷たく微笑むだけだった。


「あなたに、最後の『取引』をご提案しに参りました」


サイラスは、ゆっくりと机に近づいた。


そして、ファイルを机の上に置いた。


ドサッ、という音が響いた。


「ここに書かれているものが何か、お分かりですかな?」


その言葉に、バルトールは嫌な予感がした。


彼は、ファイルに手を伸ばした。


そして、開いた。


その瞬間――


ファイルの中身を一目見たバルトールの顔から、血の気が引いていった。


顔が、真っ青になった。


手が、震え始めた。


そこには、すべてが記されていた。


彼の十年間の不正。


横領の記録。


収賄の証拠。


そして――


政敵の暗殺の調査報告。


すべてが、詳細に記録されていた。


「ば、馬鹿な……!」


バルトールは、震える声で叫んだ。


「なぜ、これを……!?」


「誰が、これを……!?」


バルトールは、混乱していた。


この記録は、誰にも知られていないはずだった。


学園長だけが、知っているはずだった。


それが、なぜ――


レメディアルの少年の手に。


「選択肢は二つです」


サイラスは、冷酷に宣告した。


その声には、一切の感情が含まれていなかった。


まるで、裁判官が判決を下すかのように。


「このまま、この証拠と共に、王国の司法の手に落ちるか」


「あるいは……」


サイラスは、懐から小さな薬瓶を取り出した。


その薬瓶は、透明なガラスでできていた。


中には、青い液体が入っていた。


それは――


毒だった。


「……侵爵家の名誉を守り、静かに歴史から消えるか」


サイラスは、その薬瓶をバルトールの前に置いた。


「あなたほどの誇り高い方なら、どちらを選ぶべきか、お分かりでしょう?」


バルトールは、その薬瓶を見つめた。


そして、すべてを理解した。


自分は、裏切られた。


学園長に、裏切られた。


自分は、最初から、学園長の手の中で踊らされていたに過ぎないのだと。


バルトールは、震える手で薬瓶を受け取った。


その手は、冷たかった。


まるで、死者の手のように。


「……学園長閣下に、お伝えしろ」


バルトールは、最後の力を振り絞って、憎しみの言葉を吐いた。


「この私を、裏切ったことを、必ず後悔させてやると……!」


その声は、震えていた。


怒りと、悲しみと、そして――恐怖に満ちていた。


「ご心配なく」


サイラスは、冷たく微笑んだ。


「そのお言葉、一言一句違えず、お伝えいたしますとも」


サイラスは、そう言うと、踵を返した。


そして、部屋を出ていった。


扉が、静かに閉まった。


バルトールは、一人、部屋に残された。


彼は、薬瓶を見つめた。


そして――


ゆっくりと、栓を開けた。


青い液体が、わずかに光っていた。


それは、美しかった。


しかし、致命的だった。


バルトールは、その液体を口に含んだ。


苦かった。


そして、熱かった。


喉を通り、胃に達した。


すぐに、効果が現れた。


身体が、痺れ始めた。


呼吸が、苦しくなった。


視界が、ぼやけてきた。


バルトールは、椅子に座り込んだ。


そして、天井を見上げた。


(……私の人生は、何だったのだ……)


バルトールは、心の中で問いかけた。


(権力を求めて、生きてきた……)


(しかし、その権力に、裏切られた……)


(私は……愚かだった……)


バルトールの意識が、薄れていった。


暗闇が、彼を包み込んだ。


そして――


やがて、バルトールは動かなくなった。


書斎には、ただ、空になった薬瓶が転がる音だけが、虚しく響いた。


## 新たなステージの開幕――より狡猾な悪の時代へ


こうして、知的で危険な悪役サイラスが、本格的に始動した。


そして、バルトールが非情に切り捨てられることで、学園長の底知れない冷酷さが、より一層際立つことになった。


翌朝、バルトールの死が発見された。


学園中に、その噂が広まった。


「バルトール侵爵が、自殺した」


「薬を飲んで、死んだらしい」


生徒たちは、驚いた。


教師たちも、驚いた。


しかし――


学園長は、驚かなかった。


彼は、すべてを知っていた。


すべてを、計画していた。


そして、サイラスは――


静かに、学園長の懐に潜り込んだ。


彼は、新しい駒として、動き始めた。


バルトールよりも、遥かに危険な駒として。


物語は、より狡猾で、より複雑な陰謀の渦巻く、新たなステージへと、静かに幕を開けたのである。


アシェルは、まだ知らなかった。


自分の周りで、どれほど恐ろしい陰謀が進行しているのか。


どれほど危険な敵が、自分を狙っているのか。


しかし、彼女もまた――


新しい決意を固めていた。


二つの意志が、激突しようとしていた。


アシェルの革命の意志と、サイラスの野心。


その戦いは――


やがて、学園全体を巻き込む、巨大な動乱へと発展していく。


月が、学園を照らしていた。


その光は、冷たく、そして――残酷だった。


運命の歯車は、容赦なく回り続けていた。


そして、その歯車が止まる時――


多くの者が、犠牲になる。


それは、もう避けられない運命だった。

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