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エーテルの時代の幕開け17:サロンへの招待

学園長オルティウス・フォン・クローゼンが、次なる駒として白羽の矢を立てたのは、学園の、そしてグランベルク王国の貴族社会の頂点に君臨する一族だった。アーコン・ティアにして、次代の龍人族社会を担うと目される天才、ドラゴ・シルヴァリオン。そして、その父であり、王国の宰相候補とまで噂される有力貴族、シルヴァリオン公爵。


「閣下、シルヴァリオン公爵親子がご到着なされました」

執事が、恭しく学園長に告げる。

「うむ。サロンへお通ししろ」


学園長の私的なサロンは、彼の権力と富、そして何よりも彼の知性を誇示するために、計算し尽くされた空間だった。壁には失われた王国のタペストリーが掛けられ、棚には古代文明の遺物が並ぶ。しかし、その夜、公爵親子の目を最も引いたのは、部屋の中央、スポットライトに照らされたガラスケースの中に飾られた、一枚の古びた羊皮紙だった。


「これは……まさか……」

シルヴァリオン公爵の目が、ガラスケースに釘付けになった。龍族の本能が、その羊皮紙が放つ尋常ならざるオーラを感じ取っていた。


「お目が高いですな、公爵閣下」

学園長は、満足そうに微笑みながら現れた。「それは、初代龍王が記したとされる、伝説の『財宝目録』の断片でございます」


甘美なる毒、黄金竜の伝説


ドラゴもまた、息を呑んでその古文書に見入っていた。そこには、古代龍族の文字で、彼らの神話にのみ登場する**『黄金竜エルドラド・ドラゴン』**の名と、その財宝の一部らしき記述が記されていた。


「学園長閣下、これを、どこで……?」

公爵の声は、興奮で微かに震えていた。


「我が学園の禁書庫の、さらに奥深く。初代学園長のみが知る隠し部屋に眠っておりました」学園長は、用意していた最高級のワインをグラスに注ぎながら、ゆっくりと語り始めた。「この目録によれば、『黄金竜』は、その身全てが純金でできており、その棲家には、山のように金銀財宝が眠っていると……。まさに、龍族にとって究極の夢、究極の財宝ですな」


学園長の言葉は、甘い毒のように、二人の龍人族の魂に染み込んでいった。クラル王の文化政策によって知的探求へと昇華されていたはずの彼らの収集欲。その最も原始的で、最も強力な部分――財宝への渇望が、この古文書によって、再び呼び覚まされようとしていた。


「……それで、閣下。その……財宝の在り処は……?」

ついに、公爵は本題を切り出した。彼の瞳は、もはや高貴な貴族のものではなく、獲物を前にした獣のそれに近くなっていた。


「もちろん、この断片だけでは分かりません」学園長は、そこで勿体ぶるように言葉を区切った。「完全な地図は、禁書庫のさらに奥深くに、厳重な封印と共に眠っております。その封印を解くには、学園評議会の、それも議長である私の、特別な許可が必要となります」


仕組まれた取引


「……何を、お望みかな」

シルヴァリオン公爵は、全てを理解していた。これは、取引なのだ。


「さすがは公爵閣下、話が早い」

学園長は、ワイングラスを差し出した。「乾杯いたしましょうか。我々の、輝かしい未来のために」


学園長が提示した「協力」の内容は、巧妙かつ具体的だった。


第一に、学園内でのアシェルへの敵対行動。

「アシェル・ヴァーミリオンという娘。彼女は確かに才能がある。しかし、その力はあまりにも異質で、危険だ」学園長は憂いを装って言った。「ドラゴ君。君はアーコン・ティアの首席として、学園の秩序を守る義務がある。大会の本戦で彼女と当たった際には、その危険な力を白日の下に晒し、正義の鉄槌を下してくれたまえ」

これは、アシェルの力を限界まで引き出すための、完璧な「舞台装置」の依頼だった。


第二に、王宮での学園長派閥の形成。

「公爵閣下。あなたには、王宮内で、我々の『革新的な教育方針』への支持者を増やしていただきたい」学園長は、政治的な要求を突き付けた。「現王家の方針は、あまりにも理想主義に過ぎる。国を発展させるには、より現実的で、強力な指導力が必要なのです」


これは、クラル王家に対する、遠回しな、しかし明確な反逆の誘いであった。


「……もし、我々が、閣下のご期待に応えたならば……」

「もちろん」学園長は微笑んだ。「『黄金竜の財宝』の地図は、シルヴァリオン家のものとなるでしょう。そして、私がこの国の実権を握った暁には、公爵閣下には宰相の椅子を、そしてドラゴ君には、次期学園長の座を、お約束いたします」


再発症するドラゴンレア症候群


シルヴァリオン公爵とドラゴは、顔を見合わせた。彼らの心の中では、クラル王への忠誠心と、龍族の本能的な欲望が、激しく葛藤していた。しかし、目の前にぶら下げられた『黄金竜の財宝』という究極の餌は、あまりにも魅力的すぎた。


「……よろしいでしょう」

公爵が、ついに決断を下した。彼の目が、怪しく縦に細くなる。ドラゴンレア症候群が、数十年ぶりに再発症した瞬間だった。

「我らシルヴァリオン家は、学園長閣下に、全面的に協力することをお約束いたします」


ドラゴもまた、父親の決断に静かに頷いた。彼の瞳にもまた、富と権力への、ギラギラとした野心の炎が燃え盛っていた。


シルヴァリオン親子を皮切りに、学園の上位ティアの空気は、完全に一変した。学園長は、次々と有力な龍人族の学生とその親たちを、金銭と、失われた財宝の情報で買収していった。かつて「質的価値」へと昇華されていたはずの彼らの欲望は、いとも容易く、原始的な金銭欲へと退行していった。


こうして、学園長の支配の網は、ついに学園の頂点であるアーコン・ティアとエリート・ティアにまで及んだ。アシェルが知らないうちに、彼女の最も手強い敵となるであろう勢力が、学園の最高学府で、静かに、しかし確実に、牙を研ぎ始めていた。

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