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エーテルの時代の幕開け15:観測される魂

秋季カップ予選、最終戦。ベスト8を賭けたこの一戦は、学園中の注目を集めていた。会場となった第三競技場は、立ち見客で通路まで埋め尽くされ、異様な熱気に包まれている。これまで数々の番狂わせを演じてきたチーム「リヴォルト」が、ついに正真正銘の格上、アデプト・ティアの強豪チームと激突するのだ。


対戦相手は、チーム「アストラル・ノヴァ」。リーダーのシリウスは、星の魔法を操る天才と名高い、アデプト・ティア首席の男だった。彼の率いるチームは、攻撃、防御、支援のバランスが完璧に取れており、過去二年間、同学年の大会では無敗を誇る絶対王者。レメディアルが勝利する可能性は、誰の目にもゼロに等しく見えた。


「……勝てるだろうか」

試合直前の控室で、カインが不安そうに呟いた。彼の分析によれば、アストラル・ノヴァには戦術的な弱点がほとんど存在しない。

「彼らは強い。強いだけじゃない、賢いんだ。これまでの相手とは、次元が違う」


「大丈夫だよ」

リアンは気丈に微笑んだが、その顔色は明らかに青ざめていた。競技場を埋め尽くす観衆の期待と、対戦相手の圧倒的なプレッシャーが、彼女の繊細な心身に重くのしかかっていた。


アシェルは、そんな仲間たちの不安を、自らの背中で受け止めていた。

「……私たちがやるべきことは、一つだけ。今までやってきたことを、信じること。そして、お互いを信じること」

彼女の声は静かだったが、その瞳には、地下闘技場の修羅場を潜り抜けてきた者だけが持つ、揺るぎない覚悟が宿っていた。


だが、彼女自身の内面もまた、限界に近い悲鳴を上げていた。連戦による力の代償は深刻で、今朝も、エルダンと過ごした日々の一部の記憶が、まるで古い絵画の色彩が剥落するように、霞んで思い出せなくなっていた。


(しっかりしろ、私……。みんなが、私を信じてくれてるんだから)


彼女は、言いようのない恐怖を、決意という名の仮面の下に、必死で押し隠した。


学園長の冷たい期待


その頃、北塔最上階「観測室」では、学園長オルティウスが、まるで待ち望んだオペラの開演を待つ観客のように、優雅に椅子に座っていた。彼の目の前の巨大なマナ・スクリーンには、第七訓練リングの映像と、アシェルの生体情報を表示する無数のグラフが映し出されている。


「統括官。今日の『舞台装置』は万全かね?」

「はい、閣下」情報統括官が答えた。「対戦相手、シリウスには、アシェルの精神を極限まで追い詰めるよう、特別な指示を与えてあります。彼の星の魔法は、相手のマナを乱し、精神的な動揺を誘発する効果がある。対象アシェルにとっては、最悪の相性でしょう」


学園上層部の狙いは、もはや明らかだった。彼らは、アシェルに極度のプレッシャーと精神的負荷をかけることで、彼女が持つ未知の能力を、強制的に、そして完全に解放させようとしていた。


「面白い……」学園長は、アシェルの心拍数とエーテル波形のグラフが、試合開始前から不安定に揺れているのを見て、満足そうに口元を歪めた。「極限のストレス下で、彼女の魂は、どのような輝きを見せるのか。じっくりと、観測させてもらおう」


彼らにとって、アシェルも、リアンも、そしてシリウスさえも、自らの野望を達成するための、盤上の駒に過ぎなかった。


魂を削る戦い


「試合、開始!」


審判の合図と共に、シリウスは行動を開始した。彼の戦術は、冷酷なまでに計算され尽くしていた。

「星屑の牢獄スターダスト・プリズン!」

シリウスの杖から放たれた無数の光の粒子が、リヴォルトのメンバーを分断する、輝く檻を形成した。それは、物理的な障壁ではない。触れた者のマナの流れを乱し、精神を蝕む、特殊な結界魔法だった。


「くっ……!頭が……!」

カインとリアンが、苦悶の表情で膝をついた。アシェルの仲間たちは、まだ、これほどの高レベルな精神攻撃魔法に対応できる経験を持っていなかった。


「させるか!」

SATUMAのタケルが、「チェスト!」の叫びと共に木刀で結界を叩き割ろうとするが、物理的な攻撃は光の粒子に吸収され、効果がない。


「無駄だ、落ちこぼれたち」シリウスは、冷ややかに宣告した。「君たちの絆など、私の星々の前では、脆く儚い幻に過ぎん」


状況は、絶望的だった。仲間たちは次々と戦闘不能に陥り、アシェルは完全に孤立した。

(どうすれば……。私の力も、みんなに届かない……!)

星屑の牢獄は、アシェルの「譲渡」のエーテルさえも阻害していた。


「さあ、見せてみろ、『エーテル・ドレインの魔女』とやら」シリウスが、アシェルただ一人に狙いを定める。「お前の真の力を、この私に見せてみろ!」


彼の杖先に、巨大なマナの塊が収束していく。アデプト・ティア首席の、最大威力の攻撃魔法「超新星スーパーノヴァ」だった。


(……負けられない。みんなを……みんなを、守るんだ!)


エーテルの奔流、そして代償


その瞬間、アシェルは、自らの内に設けられた、最後の枷を、自らの意志で引きちぎった。これまで、無意識のうちに抑え込んできた、力の暴走への恐怖。記憶を失うことへの不安。その全てを、仲間を守りたいという、ただ一つの純粋な願いが、凌駕したのだ。


「うああああああああああああああっ!!」


彼女の身体から、凄まじい量のエーテルが、奔流となって溢れ出した。それはもはや、吸収でも、譲渡でもない。彼女の魂そのものが、世界と直接共鳴し、周囲一帯のエーテルの流れを、強制的に支配する、神の領域に等しい現象だった。


灰色の瞳は、眩いばかりの金色に輝き、その小柄な身体からは、アデプト・ティアのシリウスをも圧倒するほどの、神々しいオーラが立ち上っていた。


「な……なんだ、この力は……!?馬鹿な、レメディアルの生徒が、これほどの……!?」

シリウスが、恐怖に目を見開いた。


アシェルが手をかざすと、仲間たちを縛っていた「星屑の牢獄」が、まるで朝霧のように、あっけなく消え去った。そして、彼女は、シリウスが放とうとしていた「超新星」に、自らの手を差し伸べた。


魔法エネルギーの巨大な球体が、彼女の小さな手のひらに吸い込まれていく。

「……そんな、馬鹿な……。私の最大魔法が……吸収、されている……!?」


アシェルは、吸収した膨大なマナを、即座に自らの力へと変換し、そして、解き放った。


「みんなに……手を出すなあああっ!!」


それは、詠唱も、魔法陣もない、純粋な意志の力の顕現だった。競技場全体を揺るがすほどの衝撃波が、アシェルを中心に発生し、アストラル・ノヴァのメンバー全員を、リングの外まで吹き飛ばした。


「……そこまで!勝者、チーム『リヴォルト』!」


審判が、震える声で試合終了を告げた。だが、アシェルの耳には、もう何も聞こえていなかった。


全力を解放した代償は、あまりにも大きかった。彼女の視界は白く染まり、仲間たちの声も、観客の歓声も、全てが遠のいていく。最後に彼女の脳裏に浮かんだのは、エルダンと過ごした焚き火の温もりだった。しかし、その記憶も、まるで風に吹き消される蝋燭の炎のように、急速に色褪せていく。


(……エルダン……。あなたの名前……なんで……思い出せないんだろう……?)


糸が切れた人形のように、アシェルは、その場に静かに崩れ落ちた。


観測された魂


「素晴らしい……。これだ……。これこそが、我々が求めていたものだ!」

北塔の観測室で、学園長は、我を忘れて叫んでいた。彼の目の前のスクリーンには、アシェルが放った、規格外のエーテルの奔流が、これまでにないほど鮮明なデータとして記録されていた。


「エーテル吸収・譲渡の最大効率、98.7%!観測史上最高値!」

「代償として、海馬領域の記憶データに47%の欠落を確認!力の源は、魂の記憶そのものを燃料としている可能性が高い!」

「このデータを解析すれば……『生体マナ炉』の、最終理論が完成する……!」


情報統括官もまた、興奮を隠しきれない様子だった。

「閣下、これで計画は最終段階へ移行できます」


彼らにとって、アシェルの英雄的な活躍も、その裏にある自己犠牲も、何の意味も持たなかった。ただ、自らの陰謀を完成させるための、貴重なデータが記録された。それだけが、唯一の真実だった。


アシェルの、仲間を想う純粋な魂が、最も醜い形で観測され、利用されようとしている。物語は、彼女の栄光の頂点で、同時に、最も深い絶望へと繋がる、次なる段階へと、その扉を開いたのであった。

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