エーテルの時代の幕開け13:学園を揺るがす番狂わせ
チーム「リヴォルト」の快進撃は、秋季カップ最大の番狂わせとして、瞬く間に学園全体の知るところとなった。それはもはや、単なる下剋上物語ではなかった。レメディアル・ティアという、学園の最底辺に位置づけられた落ちこぼれたちが、エリートやアデプトといった上位ティアの強豪チームを、次々と撃破していく。その光景は、固く凍てついていた学園の階級社会に、小さな、しかし確実な亀裂を入れるほどの衝撃を持っていた。
食堂や談話室では、生徒たちの話題はリヴォルトのことで持ちきりだった。
「おい、聞いたか?昨日の三回戦、リヴォルトがアデプト・ティアの『フレイムタンズ』に圧勝したらしいぞ!」
「マジかよ!?あの攻撃魔法特化チームにか?信じられん……」
彼らの戦い方は、常に観客の予想を裏切った。相手が強力な攻撃魔法を放てば、リアンとカインが連携してそれを寸断し、相手が堅牢な防御陣を敷けば、SATUMA仕込みの体術を持つアシェルがその一点を突破する。一つ一つの駒は弱くとも、それらが完璧に連携した時、盤上の力関係は完全に覆る。彼らの勝利は、個の力に頼る上位ティアの戦術思想そのものへの、痛烈なアンチテーゼとなっていた。
レメディアル寮は、かつての諦観に満ちた雰囲気から一変し、今や学園で最も熱気に満ちた場所となっていた。
「すごいぞ、アシェル!君は僕らの誇りだ!」
「カインの分析も完璧だった!」
「リアンの支援魔法がなければ、あの勝利はなかったわ!」
試合が終わるたびに、仲間たちは勝利の喜びを分か-ち合った。アシェルは、生まれて初めて「英雄」と呼ばれることの、気恥ずかしさと、そして抗いがたい高揚感を感じていた。リアンも自信を取り戻し、その表情は日に日に明るくなっている。カインでさえ、フードの下から時折、微かな笑みを浮かべるようになっていた。彼らの勝利は、単なるトーナメントの勝ち星以上の、失われた自尊心を取り戻すための、魂の戦いでもあったのだ。
仕組まれた試練
しかし、その輝かしい快進撃の裏側で、冷徹な計算が働いていることを、アシェルたちはまだ知らない。
北塔最上階「観測室」。情報統括官が、巨大なマナ・スクリーンに表示されたトーナメント表を、満足そうに眺めていた。
「……実に順調だ。計画通りに、リヴォルトは準々決勝まで駒を進めた」
スクリーンに映し出されているのは、リヴォルトがこれまでに対戦してきたチームの詳細な分析データだった。そのどれもが、偶然に選ばれた相手ではなかった。
二回戦の相手:「シルフィード」
分析:風魔法による三位一体の連携攻撃を得意とするチーム。個々のマナ量は標準的だが、その連携は鉄壁。
学園の狙い:アシェルの**「連携寸断能力」と「味方へのエーテル譲渡による強化」**を観測するための、理想的な実験台。
三回戦の相手:「フレイムタンズ」
分析:アデプト・ティア屈指の火力を誇る攻撃魔法特化チーム。防御は脆いが、その一撃はエリート・ティアにも匹敵する。
学園の狙い:極限の攻撃にさらされた際、アシェルの**「エーテル吸収による防御」**がどのレベルまで通用するのか、その限界値を測定するための当て馬。
四回戦の相手:「ストーンウォールズ」
分析:防御魔法と物理防御に特化した、ファウンデーション・ティアのチーム。攻撃力は皆無だが、その耐久力は学園随一。
学園の狙い:長期戦に持ち込み、アシェルの力の「持続時間」と、その代償として発生する「記憶欠落」の相関関係を、詳細にデータ化するための生贄。
彼らの勝利は、決して偶然ではなかった。学園上層部が、まるで優秀な調教師が駿馬を鍛えるかのように、アシェルの能力を最大限に引き出し、その全てのデータを収集するために、完璧に対戦カードを操作していたのだ。レメディアルの快進撃は、彼らの掌の上で踊る、巧妙に仕組まれた茶番劇に過ぎなかった。
「素晴らしいデータが取れています」
部下の分析官が、興奮気味に報告する。
「対象アシェルのエーテル吸収量は、試合を重ねるごとに指数関数的に増大。譲渡の効率も、15%向上しています。しかし、その代償として、戦闘後の短期記憶の欠落率も、23%上昇。このまま負荷をかけ続ければ、彼女の能力の全貌が、間もなく明らかになるでしょう」
学園長オルティウスは、その報告を聞きながら、静かにワイングラスを傾けていた。
「結構だ。だが、この程度ではまだ足りん。次の準々決勝では、さらに強力な『刺激』を与えてやれ。彼女の、魂の奥底に眠る、真の力を、無理やりにでも引きずり出すのだ」
芽生える違和感
リヴォルトの快進撃が続く中、学園内には、その不自然さに気づき始める者たちもいた。
SATUMAの寮では、ケンシンが一人、眉間に深い皺を寄せていた。
「……おかしい」
彼は、これまでのリヴォルトの対戦記録を、一枚の羊皮紙に書き出していた。
「あまりにも、出来すぎている」
彼の隣で、タケルが首を傾げた。
「何がじゃ、ケンシンさぁ?アシェルの嬢ちゃんたちが勝つんは、嬉しかことじゃろが」
「そうじゃなか」ケンシンは、対戦相手のチーム名を、指でなぞった。「シルフィード、フレイムタンズ、ストーンウォールズ……。この対戦順、まるで、アシェルの能力を試すために、わざわざ組まれたかのごつある」
連携、攻撃、防御。あまりにも都合よく、アシェルのチームが持つ特殊な能力を試すのに最適な相手が、順番に現れすぎている。ケンシンの武人としての長年の勘が、このトーナメントの裏に、何者かの作為的な意志が働いていることを、強く警告していた。
「学園の奴ら……あの娘を利用して、何かを企んじょる……」
サイラスもまた、独自の調査で、同じ結論に達していた。彼は地下の情報網を駆使し、大会の賭け率の不自然な変動から、裏で何らかの情報操作が行われていることを突き止めていた。
(ちっ、学園長派の連中が、先に手を打ちやがったか……)
サイラスは、リヴォルトの試合を観客席から見つめながら、舌打ちした。
(俺が見出した、最高の『原石』を、横からかっさらうつもりらしい。だが、そうはさせねえ。アシェルの力は、俺が、俺だけが、有効に利用するんだ……!)
彼の心には、アシェルへの歪んだ独占欲と、学園上層部への激しい対抗心が、黒い炎となって燃え上がっていた。
勝利の先に待つもの
「――勝者、チーム『リヴォルト』!準々決勝進出決定!」
四回戦、対「ストーンウォールズ」戦。二時間にも及ぶ死闘の末、リヴォルトは再び奇跡的な勝利を収めた。アシェルは、力の代償で意識が朦朧としながらも、仲間たちと抱き合って喜びを分か-ち合った。
「やった……!やったわ、みんな!」
リアンが、涙で濡れた顔で微笑む。
「これで、私たちも、もう誰からも馬鹿にされない……!」
彼らの目には、輝かしい未来だけが映っていた。この勝利が、自分たちをさらに危険な深淵へと導く、巧妙な罠であることなど、夢にも思わずに。
観客席から送られる、熱狂的な賞賛と歓声。その光の中で、アシェルは、自分の足元に伸びる影が、以前よりもずっと濃く、そして長くなっていることに、まだ、気づいてはいなかった。物語は、栄光と破滅が背中合わせとなった、最も危険で、そして最も甘美な段階へと、静かに、そして確実に、進んでいく。