同居人(8)二七日③
二七日③
月曜日、体育の授業で、全員種目の練習があった。
体育祭は、クラス対抗。みんな気合が入っている。
今日の種目は『みんなでジャンプ』。要するに、大縄跳びだ。跳んだ回数がそのまま得点になるので、一発逆転の大チャンスだ。
俺はともかく、母さんは気合十分。なのに、一番先に引っかかってしまった。
今まで運動をしていなかったからとか、太っているからとか、疲れているからとか、ではない。
タイミングがずれているからだ。
縄とではない。俺と母さんと、だ。
「年よりは反応が鈍いんだから、引っ込んでろ」
『何言ってるの。あんたの身体が重すぎて足が上がらないのよ』
言い合いしてもしなくても、その日引っかかったのは俺だけだった。
俺のせいで優勝できなかったとか下級生のクラスに負けたとか、そんなことになったらクラスに居づらい。母さんはそう言うが、単に負けず嫌いなだけだ。
俺はもともと体育祭に出る気はないし、勝ち負けもどうでもいい。しかし、母さんは出る気満々だし、そうなったらきっと、俺は引きずられて出場する羽目になる。その時、一人目立つのはごめんだ。
仕方なく、俺たちは互いに歩み寄ることにした。
要するに、練習だ。
家に帰ると、小学生のとき使っていた縄跳びでタイミングを合わす練習をした。
大縄のスピードに合わせて、ゆっくりめに回す。
「ほい」とん。
声をかけて跳ぶ。
「ほい」とん。
「ほい」とん。
何だか、一人で二人三脚をしているような気分だ。
それでも、何とかタイミングが合うようになった。
慣れてきたら、本番のように数を数えながら跳ぶ。
「イーチ、ニーイ、サーン……」
駐車場で練習していると、父さんが帰って来た。
「おお、頑張ってるな」と、笑顔で通り過ぎた。
突然、いろんな思い出が押し寄せてきて、俺は縄に引っかかった。
俺は、昔から運動ができる方じゃなかった。今みたいに太ってなかったけど、どちらかというと鈍くさく、縄跳びも下手だった。小学校三年生のとき、交差跳びがどうしてもできずここで練習した。父さんが帰って来て、今と同じように「頑張ってるな」と笑って家に入っていった。そしたら、急にやる気がなくなって、俺は練習を止めた。
父さんは、いつもそんなだった。
グローブを買ってもらった。でも、一度しかキャッチボールをしてもらえなかった。釣りに行きたいとねだった。でも、釣り竿を買いに行こうと言ってそれきりだった。
そして、俺は、父さんに期待するのをやめた。
いきなり、母さんが言った。
『キャッチボールしようって、言わなかったの』
口に出さなくても伝わるというのは、こんなとき本当に良くない。
「言ったよ」
『何回?』
一回かもしれないし、二回かもしれない。ただ、うちの両親が一度駄目だと言ったことは何度お願いしても駄目だということを、俺は経験で知っていた。
『ごめんね』
不意に、母さんがそう言った。
何が、と思ったが、言わなかった。
こちらの思いは伝わるくせに、向こうの考えは伝わらない。本当に良くない。
母さんは、金曜だけでは飽き足らず、火曜の夜もテニスをすることにした。下手の横好きという言葉は、母さんのためにあるようだ。
なにしろ、壁打ちが続かない。ボールを放り上げて打つ。これは何とかできる。が、その一発目が壁に当たって戻ってこない。たまに上手く跳ね返ってきても、空振る。運良くラケットに当たっても、それは壁に届かない。あるいは、壁を越えて遥か彼方へ旅立つ。数十回に一度くらいうまく壁に当たることがあるが、違う方向に反射し、手元に戻ってくることがない。要するに、二度目がないのだ。その度に拾いに走る。これは、壁打ちという名のランニングだ。
「ラケットの向きが悪いよ。ボールが当たるとき、空向いてるよ」
『うるさいわね。素人は黙ってなさい』
確かにテニスは素人だけど、原理は卓球と同じだ。
そう反論しようとしたら、後からコーチの声がした。
「坂下君。スイング中にラケット面の角度が変わっているよ。それから、ボールが当たる瞬間まできちんと見る。それを忘れないで」
思わずにまーっと顔が緩む。
母さんが舌打ちして、それでも懲りずにラケットを振る。跳ね返ったボールを、また、とんでもない方向に飛ばす。
コーチが苦笑する。
「君って、お母さんと同じ振り方をするんだねえ」
母さんは黙って走る。でも、俺は笑いをこらえられなかった。
大笑いしながらボールを拾う俺を、コーチがどんな目で見ていたのかは知らない。
ボールを拾って壁の前に戻ってきたとき、母さんはふてくされたように言った。
『偉そうに言うなら、やってみせてよ』
「良いよ。絶対、俺の方がうまいから」
そして俺は、左手でボールを投げ上げた。右手のラケットは、みごとに空振った。
ぶっはーと、母さんが大げさに笑う。
「今のは遊びだ」
慎重に、もう一度。今度は、前に跳んだ。が、壁に当たったボールは俺のところまで戻ってきてはくれなかった。
もう一度、もう一度。だんだん意地になってくる。
そして、とうとう、二度、打ち返すことができた。
三度目のボールは、残念ながら壁を越えた。
拾いに走ろうとしたとき、後で拍手がした。コーチだ。
「ちょっとコツをつかんだかな。でも、もう終わりの時間だよ」
笑顔に会釈して応える。
片付けの時、コーチと並んでコートを出た。
「確か、中三だったよね」
「あ、はい」
「珍しいね。こんな時期に始めるなんて。もう、受験だろう」
俺は、返答に困った。が、勝手に母さんは答える。
「ダイエットのためなんです」
「部活を引退して太ったのかな」
「いえ、不登校だったんで」
これには、コーチもしばし黙った。
「それは悪いことを言ったね。すまなかった」
「ああ、良いんです。今は学校へ行ってるし」
「部活ができなかった分、今頑張ってるんだね。きっと、テニスが好きなんだね」
言葉を選んでくれたのが分かった。のに、母さんは言葉を選ばない。
「いえ、先生が好きなんです」
先生は、目を丸くして俺を見つめた。
俺は、慌てて付け加える。
「えーと、あの、あの、先生としてですよ。教え方がうまいし、優しいし」
「ああ」
先生は、やっぱり爽やかに笑った。でも、いつもの笑いとちょっと違って見えたのは、きっと、俺が気にしすぎているせいだ。
木曜の夜は、お寺さんが来る。みんなで仏壇の前に座って、般若心経を唱える。母さんは一生懸命漢字のとなりのルビを目で追うが、すぐ唱えているところを見失う。まあ、確かに、般若心経はよく似た言葉が繰り返されるけど、あんまりひどいので俺が代わりに唱えてやった。こう見えても、俺は空で覚えているのだ。
お参りが済むと、みんなでお供えのお菓子をいただく。今日は、母さんの大好きな、福寿堂の栗まんじゅうだ。
「母さんの好物だね」
舞が嬉しそうにほおばる。
「ああ、やっぱり好きなものをお供えしないとね」
「そういえば、おばあちゃんのときは、甘露堂の焼き餅だったね」
「母さん、喜んでくれるといいなあ」
俺は、食べ終わった包みをひねりながら答えた。
「喜んでるよ。間違いなく」
それから部屋に戻り、母さんに言ってやった。
「へたくそ」
『何が』
「お経だよ。しっかり唱えろよ」
『あのね、言っとくけど、君が覚えてるのは母さんのおかげだよ。小さい頃から仏壇の前に座らせて練習させてきたからで……』
「その割りに、自分は覚えてないんだね」
『だからあ、何でも小さい頃の方が覚えるのが早いんだよ。母さんだって、実家のお経なら覚えてるから』
母さんの実家は浄土真宗で般若心経は唱えなかったのだと、必死に言い訳する。
「はいはい、そういうことにしておきましょう」
小さいころから事あるごとに仏壇の前に座らされた。お念仏の後いただけるお菓子やお団子がうれしくて、素直に従っていた。
それは、母さんの実家の風習だったらしいが、今大いに役立ってますよ。