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同居人  作者: 不動坊多喜


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同居人(24)七七日③

  七七日(なななぬか)


 中間テスト二日目もさっぱりだった。

 夕べも何も勉強せずに寝たし、当然だろう。

 しかし俺は気にしない。テストは受けることに意義がある。


 テストが終わった後はやりたい放題。止める人もいないから、久しぶりにゲーム三昧。自分の体を一人で使えることの開放感と幸福感に俺は浸っていた。

 最近は真面目に勉強したし、今日は一日、ゲームでもした方が体のために良いだろう。

 しかし、一時間もすると、急に虚しくなってきてスイッチをオフにした。

 ベッドに横になる。天井を見つめる。目を閉じる。母さんはいない。

 大の字になって深く呼吸をする。涙が勝手に頬を伝う。

 そういえば俺は、母さんが死んでから泣いていなかった。今、初めて泣いている。

 親が死ぬということはこういうことなんだと、初めて感じた。寂しいとか悲しいとか、そんな単純な言葉では表せない、深い喪失感。

 拭いても拭いても流れ続ける涙。うめき声まで勝手に出てくる。

 手のひらで顔を覆い、歯を食いしばって声を殺し泣き続けた。

 不意に、頬に何かが触れた。ざらっとした感触。

 目を開けると、シューだった。俺の涙を一生懸命なめている。

「止めろよ。くすぐったいじゃないか」

 俺を慰めようとしているのか。それとも、単に水分が欲しいのか。

 そして、思い出す。

 シューは濡れるのが嫌いだ。自分の身体が濡れたときは、一生懸命舐めて乾かしている。

 もしかしたら、俺の身体が濡れているのが可哀そうだと思って舐めているのかもしれない。

 健気だ。

「もういいよ、シュー。もう大丈夫だから」

 服の袖で涙を拭ききって、目を閉じた。

 母さんと過ごした四十九日が思い出される。

 いろいろあった。辛かった。

 でも、結構楽しかった。

 シューがいてくれて、本当に良かった。



 胸が苦しくて目が覚めた。

 腹の上にシューが乗っていた。まだまだちっちゃいのに、そこそこ圧がある。

 頭だけ起こすと、気づいたシューが顔に近寄ってきて一層苦しくなる。

 捕まえて、そっと下ろす。

 いつの間にか眠っていたらしい。すっかり暗くなっていた。

 立ち上がると、頭がボーっとしてふらついた。

 プールで思いきり泳いだ後のように、体が重くてだるい。

 何をする気も起らず、と言って何もしないでいるのもだるくて、机周りを片付けることにした。頭を使わず体を動かす、これがポイントだ。

 プリントを綴じたり、いらないものを捨てたり、ついでに机の中も、と引き出しを開けた。

 そして、目を見開いた。

 見覚えのない封筒が一つ。宛名は俺。

 裏返して、差出人は母さん。

 きっと、俺が眠っている間に書いたんだ。

 急ぎ、封を切る。はさみを探すのも面倒で、封筒の上部を引き破り、端のちぎれた便せんを引っ張り出した。


『歩夢君へ 

 ごめんなさい。君が学校に行けなくなったのは、母さんのせいだよね。

 一年の最初の中間テストの後、君は熱を出して一週間休んだ。それなのに、母さんは仕事を休まず、君を一人置き去りにした。父さんがお昼に帰ってきてくれるからと、様子を見に帰ることもしなかった。きっと心細かったろうに、ごめんなさい。有給休暇はそのためにあるのに使わなかった。ひどい母親です。

 この前、君に学校に行かなくなった理由を聞いたら、「みんなで一斉に同じことを勉強する意味が分からなくなったからだ」と言っていたよね。母さんは、初め、それはただの怠けだと思ったけれど、考えているうちに気が付いた。母さんはなぜ学校へ行くのか、学校とは熱のある子どもを置いてきぼりにしてまで行かなくてはいけない場所なのかと、そんな考えが君の心の底にあったのだろうと。』


 自然に声が出た。

「そんなことない」

 そう、そんな深いところまで、俺は考えたことがない。


『もっと早くに、君が熱を出した時に、いや、お義母さんが亡くなったときに、仕事を辞めるべきだった。君の人生を台無しにしてしまった。未来の芽を摘んでしまって本当に申し訳ない。』


 だから、軌道修正するために、俺の中に潜り込んだ?


『一度ダメだと言ったことは絶対にダメと言い続けることで、わがままを言わない子どもを育てたかった。けれど、実際は諦めの早い子になってしまった。粘り強さを奪ってしまった。

 そんな積み重ねが信頼を失って、相談できない親にしかなれなかった。

 謝ってすむことではないけれど、人生を諦めないで欲しい。夢を持って欲しい。そして、学校でなくてもどこでもいい、君が本音を出せる場所を見つけて欲しい。そのために一歩を踏み出して欲しい。楽しいことは、外にあるから。

 本当に、ごめんなさい。

                                       母より 』


 読み終えて、思わず床に座り込んだ。

 母さんは誤解している。

 俺には、本当に、なぜ、学校に行けなくなったのか、今でも分からないのだ。

 おばあちゃんが死んだことも、友達がいじめられていたことも、プールの事件も、熱が出て休んだ時のことも、すべてが理由であり、理由ではない。どれとも決められない。では、どれか一つでも欠けていたら学校へ行けていたのかというと、そうとも思えない。

 同じような境遇の子どもはきっと大勢いるはずで、でも、彼らがみんな学校に行けなくなるとは限らない。きっと、学校に行っている子もいる。行ける彼らと行けない俺とは何が違ったのか。今まで考えたことも無かった。考えて答えが出るようにも思えない。もっと大人になれば分かるのだろうか。

 母さんは大人で、一生懸命考えて思ったことを手紙に残してくれた。でも、正解とは思えない。大人だって分からないことはたくさんあるのだ。

 それに、今更どうでも良いことだった。

 投げやりな気持ちではなく、過ぎてしまったことをあれこれ考えても仕方がないということ。それよりも、これからどうするのか、だ。

 これって、前向き?

 そう、前向きだ。

 いつの間に、俺は前向きに考えるようになったのだろう。

 答えるように、シューが俺の足に頭を擦り付ける。それから座り直す。母さんが良い子座りと名付けた、前足をぴったりそろえ、まっすぐ座る姿勢。エサを待つ時のポーズだ。

 シューはほとんど鳴かない。ただ、訴えるように、丸い大きな目で見上げるだけだ。それだけで、俺たちは負ける。

 ミルクをあげた後、そっと猫トイレの砂の上においてやった。

 シューは砂の上に座り込むと、小さく体を震わせた。それから、後足でシャシャッと砂をかいた。誰に教えられたわけでもなく、ちゃんと知っている。


 その日から、シューは、おしっこウンチを砂の上でするようになった。

 そして知る限り、一度の失敗もない。


『ネコって奴は、人間よりずっと賢い。あんたなんか、どれだけおもらししたことか』

 母さんの声が聞こえてきそうで、思わず苦笑した。


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