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同居人  作者: 不動坊多喜


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同居人(23)七七日②

  七七日(なななぬか)



 そして日曜。仕上げの法事だ。

 家でお経を唱え、お墓に行ってまたお参りする。終わったら、お寺さんに大きなお弁当包みを渡し、そこでさようならした。

 その後、親戚一同、ぞろぞろと料亭に移動。

 おばあちゃんの時は母さんがいたので料理を取って家で食べたけど、今は女手もないし掃除も大変だし、ということだ。お座敷料理は俺も舞も初めてで、ちょっとテンションが上がった。もちろん、母さんは一応大人なので落ち着いたものだ。

 七日毎の法要を七回行って四十九日。それが仕上げの法要で、満中陰とも言うらしい。昔から三ヶ月に渡ると良くないと言われ、本当は九月のうちにしなくてはいけなかったそうだ。けれど、亡くなったのが八月末なので、それではあまりにも早すぎる。ということで今日になった、と説明を受けた。

「まあ、彼女はそんなこと気にしない人だし、良いでしょう」

 父さんがビールをつぎながら笑う。

「確かに。あいつは万事大雑把だった」

 伯父さんが笑いながらそれを受ける。母さんが聞き流そうとしながら不満を感じているのが伝わってくる。相変わらず子どもっぽい人だ。

 横から、舞が口をはさむ。

「どうして三ヶ月に渡るといけないの?」

「語呂合わせだよ。『四十九(しじゅうく)日が三月(みつき)』、つまり『始終苦が身につく』ってね」

「何、それ。ダジャレじゃん」

「そう。日本人は駄洒落が好きなんだよ」

 お酒に弱いのか、伯父さんが顔を真っ赤にして笑う。やっぱり母さんに似ている。

 母さんはお酒を飲まなかった。ビールは苦いし日本酒は辛いしと嫌っていた。時折、クリスマスや誕生日などにワインを飲んだり、夏バテ防止に自家製梅酒(おばあちゃんが毎年作っていたのがまだ残っている)を飲んだりしたが、コップに半分も飲めば真っ赤になって、一杯飲むとすぐ寝ていた。それ以上飲むと吐くらしい。

 まあ、それで良かったに違いない。

 もし酒豪だったら、今頃酒を飲ませろと大変だったろう。

 なにしろ、こうしている今も頭の中で、『父さんの膳からメロンを取るんだ』とか『舞は貝が嫌いだからアワビを食べよう』とか、うるさいうるさい。人の食べ物狙うなよ。この強突く張りめが。



 法事が済んだら中間テストだ。

 母さんは、毎日机に向かってワークを埋める。数学はとうに一、二年の分をやり終えて三年に突入、範囲に追いついていた。しかし、他の教科はそうはいかず、今習っているところをやりつつ昔のワークを埋めていく。

『こんなに勉強したら、俺は死にます』

『大丈夫。勉強しすぎて死んだ人はいない』

『母さんはもう死んでるから平気なんだよ。俺、まだ死にたくないし』

 応えは無い。

『もしかして、俺を殺して体乗っ取ろうと思ってる?』

 ほんの冗談のつもりだったけど、母さんが本気で怒ったのが分かった。ものすごい怒りが脳を締め付ける。

『い、痛い、て。ちょ、ちょっと、止めてくれ』

 三蔵法師に叱られる孫悟空の気持ちがよく分かる。

『無駄口を叩かず勉強する。第一、この身体好きに使っていいんでしょ』

 はい、そうでした。ご勝手に。俺は寝る。

 表層意識には出さないように心の奥底でつぶやき、意識を閉じた。



 木曜からテストが始まった。

 一時間目は数学だった。

 母さんが勝手に勉強していたことを、俺も少しは覚えていた。簡単な二次方程式の解き方や、放物線のグラフのかき方。でも、応用問題はさっぱりだ。

 テスト返却で、また一悶着起こりそうな予感。

 白地の多い答案用紙に、俺はため息。

(頼むから、助けてくれよ……)

 いつもはうるさいくせに。今日はどうしたんだ、全く。

 二時間目の英語も、三時間目の社会も、母さんは出現しなかった。

 俺の体を奪うという野望を諦めたのだろうか。

 それとも俺を見限って、他の人に乗り移ったのだろうか。たとえば、舞とか……。

 とにかく、母さんは頭の中のどこを探してもいなかった。


 その夜も、家族一同仏壇の前に正座した。

 お寺さんも伯父さんも来なかったけど、父さんがろうそくに火を灯してお線香を立てて、三人で両手を合わせた。

 お勤めが終わったとき、父さんがポツリとつぶやいた。

「四十九日か」

「どうしたの? 急に」

 舞が父さんの顔をのぞきこむ。

「前に、お寺さんに聞いただろう。亡くなった人は、七日ごとに七回裁きを受けるって。四十九日は、その最後の裁きだよ」

「じゃあ、今頃お母さん、裁きを受けてるの?」

「きっとね」

「誰が、裁くの?」

「そりゃ、閻魔大王様とか……」

「お母さん、嘘とか冗談とか好きだったから、絶対、舌抜かれるね」

「あ、俺もそう思う」

 その言葉に、母さんのツッコミは無かった。代わりに父さんが弁護した。

「うーん。そんなことは無いと思うけど」

 今日は優しい。

「そのあと、どうなるの?」

「どうなるんだろうねぇ」

「お寺さんはさ、その結果で死後の行き先が決まるって、言ってたよね」

「あ、そうだ。ポイントの話」

「追善供養だよ」

 そうだ、確かにそう言っていた。俺たちが供養することで、母さんが生前積み重ねた善に善がプラスされるって。

「四十九日が過ぎたら、あの世へ旅立つ。だから、満中蔭の追善供養で、極楽に行けるよう亡くなった人のために拝むんだよ」

「満中陰って、この間したよね」

「うん。本当は今日なんだけど、伯父さんも伯母さんも仕事があるだろう。だから、早くしたんだ。四十九日を過ぎるとポイントを積んでも意味ないだろう」

「もう、裁判終わっちゃうもんね」

「でも、母さん、生きてるときに善を積んでたのかなあ? 結構あくどかったよなぁ」

「そうか。だから嘘ついちゃいけないんだね。善ポイントが減るから」

 舞はちょっと不安そうな顔になった。

「その分、拝んどこう」

 そう言って座り直すと、また手を合わせた。

 父さんは目を細めてその様子を見つめている。

 突然、仏壇の前でかしこまっていた舞が声を上げた。

「今までどこにいたの?」

「誰が?」

「だから、母さん。今日、あの世に旅立ったんでしょう? じゃあ、今までどこにいたの?」

 父さんは笑った。

「さあ、この辺りにいたのかなあ」

「みんなのこと見てたのかな」

「はは、母さんだったら口出ししに来るかな」

 大当たりです。さすが父さん。


 俺は、布団の中で考えた。

『あの世』『旅立つ』

 ああ、そうか。

 俺のことを見捨てたわけでも乗っ取りを諦めたわけでもない。単に、契約期間が切れただけなんだ。

 余りにも馬鹿々々しくて、体の力が抜けていくのが分かる。

『この身体を乗っ取る』

 あれは、単なる脅しだった。四十九日しか、現世に留まることはできなかったんだ。

(そうだよなあ。人間の体、乗っ取るなんて……)

 有り得ない。

 何だかおかしくなって「ふへっ」と変な笑いが漏れた。

 そしたら、笑いが止まらなくなって、頭が変になったと思われたくない俺は、布団を引っ被って声が漏れないようにして笑い続けた。



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