同居人(22)七七日①
七七日①
次の日の昼休み、俺は意を決して増田君に聞いた。
「松ちゃんは、どうしてるの?」
松ちゃんこと松島君は、小学校時代のゲーム仲間だ。彼の姿が見えないのは、どうも寂しい。ただ、今までは自分のことで手一杯、彼のことを気にする余裕がなかった。
増田君は、困ったように顔をゆがめた。
「う……ん。まぁ、今でも一緒にゲームするけどねぇ……」
語尾を濁す。
じっと見つめると、はあっと大きくため息をついた。
「最近、学校に来てないんだ」
「えっ」
人ごとに思えなくて、問いただす。
「何時から?」
「うーん。歩夢が来なくなってしばらくしてからかなぁ」
「それ、最近じゃないだろ」
「うぅん。そだね」
母さんが口をはさんだ。
「もしかして、高山にいじめられたからかい」
増田君は、首を傾げた。
「多分……。いや、でもぉ、分からない」
「分からないって?」
「だってぇ、歩夢はいじめのせいじゃないんだろう? 松ちゃんだって、どうだかぁ」
増田君の話では、行事の時は学校に来るらしい。修学旅行は参加したし、体育祭も来ていたという。
「それにぃ、いじめを苦にしてたら、もっと、こう、思い悩んで暗いと思うんだけどぉ」
「落ち込んでないの?」
「そうは見えない」
埒が明かないと思った俺は、放課後、増田君と一緒に尋ねる約束をした。
自転車の荷台に括りつけられた段ボール箱を見て、増田君は笑った。
「シューを連れてくのぉ?」
「舞がいなかったんだよ」
母さんが付け足した。
「それに、シューに会った人はみんな幸せになってるからね」
「確かにぃ」
増田君は、また笑った。俺も笑った。
松島君は、笑顔で俺たちを迎えてくれた。
「お久」
「ぶり」
合言葉みたいで可笑しい。三人で笑いあうと、昔を思い出す。
松島君も、やっぱりシューを見て喜んだ。
掌に乗せ、さかんに指先で耳元や喉元をかいてやっている。
それから、静かに話し始めた。
「学校へ行かなきゃって思って、夜、準備するんだ。でも、朝起きたらおなかが痛くて、トイレに入ったら動けなくって……」
「あ、俺も同じだった」
思わず目が合う。松島君は笑っているのに、目は泣きそうだった。
「行くのやめようって決めたら、痛くなくなって。これって、やっぱり怠けかなあ」
『どうなんだ』と、母さんに問いかける。が、返事はない。
そのあとはゲーム三昧で昼夜逆転(これも、俺と同じだ)、今は、学習支援センターという所へ通っているらしい。
「勉強してるんだぁ」
「してないよ。卓球したりドラム教えてもらったり。まあ、朝、起きてどこかへ出かける練習だよ」
ちくっと、言葉が胸を刺す。
俺は、毎朝無理やり起こされて学校に引っ張り出されているうちに、だんだんリズムが正しくなって、今は日中起きていることも平気になった。
そうか、練習なんだ。
答えるように、母さんがささやく。
『起立性調節障害とか、本当に起きられない人もいるけど、たいていは習慣だよ』
「今も行きたい気持ちはあるんだよ。でも、勉強はさっぱり分からないし、それなのに、もう残り半年ないし、……」
ずん、と言葉が胸に沈む。
「高校は、行くのぉ?」
「行きたいなあ。でも、行けないだろうなあ」
いきなり、母さんがしゃべり始める。
「少子化で定員割れする学校もあるから、全日制でも入れるところはあると思う。もっとも、そういう学校は荒れていることが多いから、あまりお勧めはできない。
でも、通信高校とか定時制とか私立のサポート校とか、他にも道はたくさんある。
ただ、私立はこの辺りにないし、お金もかかるし。
通信高校はスクーリングの日だけ登校すればいいから楽だけど、レポートが大変だって言う人もいる。家で一人で勉強しなきゃならないから、勉強のできない人にはしんどいのかもしれない。
定時制は地域にもよるけど、このあたりの学校は個別に対応してくれるし、頑張れば三年で卒業できるコースもあるし。ただ、昼間働くことを奨励されるから、それができるなら一番いいと思うよ」
二人は、ポカンとした表情で俺を見ている。そりゃそうだ。俺も驚いている。
「歩夢、すごい、よく知ってる」
「先生みたいだぁ」
「ま、まあ、母さんが先生だったから……」
これで誤魔化せるのが不思議だけど、二人は母さんの存在を知らないから仕方ない。
松島君はちょっと笑って、それから言った。
「それで、歩夢はどうするの?」
「えっ? 何が?」
「高校。どの道を選ぶか、もう決めてるの?」
「いや……。まだ、何も」
そうだ。他人事じゃないんだ。
言葉が重みを増してのしかかってくる。
土曜日、俺は自転車で走る。が、今日の行き先は病院ではない。
目的は、トイレ。「三週目頃、子猫用のトイレを用意する」と本にあったのだ。
近所の量販店も、すっかり常連、顔なじみだ。バイトのお姉さんが微笑んで迎えてくれる。
ペットコーナーにはいろいろな商品が並んでいる。
CMでよく見るキャットフードや猫用おやつはもちろん、首輪、爪とぎのような実用品から猫じゃらしのおもちゃ、猫用のファニチャーまで。ネコブームは本当らしい。
トイレだが、それもピンからキリまであった。蓋の付いた個室になったものが目を引いたが、高い。砂も買わなくてはいけないから、持ち合わせでは足りない。
所詮トイレと割り切り、一番安い、平たいものを選ぶ。
砂もいろいろあったが、おしっこで固まる消臭タイプのもので一番安いのを買った。
段ボール箱に商品を詰め、自転車の荷台にくくりつける。
そういえば、相談室の榎本先生と、シューが動き回るようになったらキャリーバッグを買って学校に行くと約束したはずだ。母さんもすっかり忘れていたようだ。
『ごめんなさい。バッグを買うお金がありません。て、素直に言えば許してくれるんじゃないかな』
珍しく母さんが下手に出るので、俺は強気に出た。
『どうかなあ。できない約束はしちゃいけません、て母さんいつも言ってたよね』
怒ったようにグルグルうなり声を立てる。獣かよ。
『まあ、まだそんなに活発じゃないから、段ボール箱でも大丈夫なんじゃない』
言いつつ、箱から脱出する日は近いと確信していた。それまでに、買わねば。




