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同居人  作者: 不動坊多喜
19/25

同居人(19)五七日②

   五七日(いつなのか)


 五時間目、俺は脳内で母さんと会話した。正確に言うと、苦言を呈した。

『何で、いつもいつも、トラブルになるようなことばかり言うんだ』

『トラブル? 何か変なこと言ったっけ?』

『真里菜のことだよ。あんな言い方したら誤解されるだろう』

『そう、かな?』

『この体を使うのなら、男だってこと自覚してくれよ。第一、男になってみたかったんだろ』

「坂下君、聞こえてますか」

 いきなり大きな声で呼ばれて、背筋を伸ばす。

「は、は、はい」

「次のところ、読んで下さい」

 クスクス笑いの中、渋々立つ。

 どこを読むのか、俺には全く分からない。が、母さんは読み始めた。どうやらそこで合っているようで、笑い声は収まった。俺と会話していたのに、彼女は先生の声も聞いていたらしい。聖徳太子か?

 読み終えて席に着くなり、母さんの反撃が始まった。

『でも、真里菜ちゃんの髪がふわふわして天使みたいだ、て言ったのは、キミだよ』

『はあ?』

『幼稚園のとき』

『覚えてねーよ』

『覚えてるよ、ちゃんと。あのね、言っとくけど、母さん、真里菜ちゃんに会ったのは今日が初めてだよ』

『嘘だろ』

『本当。だって、うちには男子しか遊びに来なかったよ。だから、男の子は結構知ってるけど、女の子は近所の子しか知らないよ』

『じゃあ、さっきは何で』

『キミがそう思ってたから、代弁してあげたんだよ』

『いらねーよ。第一、かわいいなんて言ってない』

『言ったよ。幼稚園の時。一番かわいい子は誰って聞いたら、まりなちゃんって』

『それ、川口真梨奈だろ。さっきのは川内真里菜』

『えっ。別人?』

『名前は似てるしどっちも天パーだ。けど、全く別!』

 川口真梨奈は、私立に行った。顔も良かったけど、頭も良かった。高嶺の花だ。男はみんな彼女に恋していた。

 川内真里菜は、どちらかというと目立たない存在だった。身長も小さくて、いつもおどおどしていて、肉食獣を恐れて草の陰に潜んでいる小動物(あえて言うなら齧歯類かな)、そんな雰囲気だった。それはそれでかわいらしかったけど、俺の好みではなかった。

 どっちにせよ釘を刺しておこうと、俺は強気に出た。

『大体、母さんは思ったことを口にしすぎだ。昔はそれでも良かったかも知れないけど、現代っ子はストレス抱えてるんだ。トラブルの元だよ』

『そんな、大げさな』

『いーや。分かってない』

 ここぞとばかりにたたみかける。

『俺も舞も父さんに似て、中途半端な天パーだろ。だから分かるけど、これって結構コンプレックスだよ。特に女子は。最近はストレートが流行ってるから、それだけで美人の枠から外れる。真里菜だって、きっと、ストパーをかけて変わりたかったんだよ。それなのに、すごく失礼だろ』

 ちょっと落ち込むのが見えた気がした。いい気味だ。



 真里菜事件は、さほどインパクトがなかったらしく、特に噂にならなかった。

 俺はほっと胸をなで下ろした。

 ただ次の日からシューに会いに来なくなって、それがなんだか申し訳なかった。

 ところが、話は終わったわけではなかった。

 放課後、玄関を出た途端、「お前が坂下か」と、知らない男子に呼び止められた。

「ちょっと、顔貸せや」

 嫌な予感しかないが、一緒にいた二人にはさまれて、体育館の陰にある自転車置き場に連れてこられた。なにしろ、三人とも俺よりずっと背が高くて筋肉質だ。逃げられそうにない。

 中で一番ガタイがでかい、一見ゴリラ風の(顔はそうでもない)男が口火を切った。

「お前、真里菜にちょっかい出したそうだけど、どういうつもりだ」

 どう切り返そうか、迷っているうちに母さんが答えた。

「その前に、君は誰? 名前を名乗るのが礼儀だろう」

 毅然とした口調に、相手は少したじろいだ。が、すぐ胸を反らせた。

「名前なんてどうでも良いだろう」

「良いことはないが、知りたいわけでもないから良いか」

 良いのか悪いのか、どっちだよ。と、突っ込みたくなる。が、我慢。

「もしかして、川内さんの彼氏?」

 そいつは、ちょっと照れたような素振りで、格好つけて髪をかき上げた。

「分かってるなら話は早い。はっきり言っとくけど、あいつに手を出すとどうなるか」

 言いながら、ぐいぐい、ごりごり、体を寄せてくる。後ずさって壁に追い詰められて、泣きたい気分なのに、母さんときたら『体育会系の男はやっぱり臭いなあ』なんて緊張感のない。

『母さんのまいた種だからね』

『君はどうしたいの』

『逃げたいに決まってるだろ』

 俺が母さんと話してる間、当然のことながら筋肉質の相手はできなかった。

「お前なあ、話聞いてんのか」

 火に油を注いでしまったようだ。

 それなのに、胸ぐらを捕まれた母さんの答えは、

「君は、真里菜ちゃんがかわいいとは思わないのか?」

だった。

「思ってるに決まってるだろう」

「僕もそう思ったから言っただけだ。別に好きとか、そんなことは思ってないし言ってもない。第一、自分の彼女がかわいいと褒められたんだから喜ぶべきだよ」

「はあ? 何、訳の分からないことを」

 筋肉質は、目をむいた。しかし、母さんは冷静だ。

「君たちの仲がしっかりしているなら、僕の存在なんて気にする必要も無いと思うけど」

 どうやら地雷を踏んだようだ。

「なめてんじゃねーぞ」と腕を振り上げた。

 突然、猫が鳴き出した。しかも、火の付いたように激しく。

 筋肉質は、ちょっとひるんだ。首が少し楽になる。

 母さんは、バスケットを持っていない方の手で彼の手首を握ると、そっと自分のシャツから離した。そのまま静かに手を下ろす。抵抗はなかった。

「真里菜ちゃんは、この猫に会いに来てるだけだ。僕とは無関係だよ」

 体を離し、壁際からするりと抜ける。後ろは振り向かず、しかし背後に意識を集中したまま歩き出す。歩き、歩き、校門を出た途端、走り出した。

 桜並木を駆け抜け、横断歩道を点滅信号で渡り、ようやく息をついた。

『怖かった』

 母さんの言葉に、思わず吹き出す。

『なんだ、母さんもビビってたんだ。めっちゃ強がってたくせに』

『だって、あいつゴリゴリ押してきて……。そうだ。「ごり押しゴリラ」と命名しよう』

『それ、絶対口にするなよ。ていうか、教師がそんなあだ名つけていいのか?』

『もう教師じゃないからいいのだ』

『ったく。シューに助けられたから良かったものの……』

 二人で笑いながら歩く。傍目には、絶対変人だ。



 木曜の夜、いつものように仏壇の前に勢揃いする。ろうそくに火をつけて、線香を供えて、リンを鳴らして、お経を唱える。終わったらお寺さんにお茶を出して、まんじゅうを食べて、終わる。

 しかし、その夜はちょっと違った。お寺さんがシューを見たいと言ったのだ。

 リビングに置いてあった段ボールを持ってくる。持ち上げるとき、何か違和感を感じて中をのぞき込む。が、正体が分からず仏間に運ぶ。

「やあ、この子がシューちゃんですか」

 お寺さんの細い目が更に細くなり、丸い頬は一層親しみを増した。

「かわいいでしょう」

 舞が声を上げたそのとき、シューが起き上がって動き出した。

「歩いた!」

 一斉に声が上がった。

 そうか。俺の感じた違和感、シューの位置だ。お勤めの前には箱の真ん中に居たはずが、今、箱の角に身を潜めている。これまでも寝返りを打ったり這いずったりすることはあったが、こんな長い距離の移動は初めてだった。

 小さな頭を重そうに持ち上げて、小刻みに震えるように足を運ぶ。二、三歩歩いて、へたる。頑張れ、思わず声が出る。

 八つの温かい眼差しを受け、シューはよろよろと歩む。

 お寺さんがうれしそうに手を叩いた。

「お母さんが亡くなって大変ですが、この猫が良い風を運んできてくれたみたいですね」

 唐突に、舞が言った。

「ねえねえ、シューってさあ、お母さんの生まれ変わりだったりして」

 俺と母さんは、同時に即答した。

「違います」

 お寺さんは、声を上げて笑った。

 父さんも舞も、俺も笑った。母さんも密かに笑った。

 生まれ変わりだったら、どんなにうれしいか。

 そしたら、俺の脳は、俺だけのものだ。




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