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同居人  作者: 不動坊多喜
17/25

同居人(17)四七日⑥

 四七日(よなぬか)


 そして、去年の夏、北海道に旅行した時のことを思い出した。

 俺が引きこもっているのを恐れたのだろう、出不精の父さんがどこかに行こうと言いだした。どこに行きたいと問われ、北海道と答えた。毎日せまい家の中ばかりで、だから広い場所に行きたかった。

 どこまでも続くような広い畑を、見たこともない大きな、大きなトラクターが耕していた。車から降りて見つめていると、近づいてきたトラクターも止まって写真を撮らせてくれた

 札幌ではバスに乗った。京都のように一条、二条と街が区画されているのを初めて知った。けれど、それが四十条を超えたとき、どこまで続くのかと恐ろしくもあり、うんざりもした。母さんと舞は、素直に喜んでいたが……。

 でも、一番記憶に残っているのは、熱気球に乗ったこと。乗ってどこかへ移動したわけじゃない。上がって降りる、それだけだ。けれど、そこから見た広い大地は、こんな世界もあるのだと、俺の知らない世界はまだまだ広いのだと、はっきり教えてくれた。

 あの三日間は、確かに幸せだった。

 けれど、今年の五月、俺は修学旅行に行かなかった。母さんはがっかりしていた。不登校の子でも、修学旅行だけは参加する生徒が多いそうだ。

 もしかしたら、仕事を辞めようと決めたのは、あれが原因かも知れない。


 夏の初め、いきなり母さんが「仕事辞めるわ」と言い出した。

「歩夢も中三だし、進路を考えなきゃいけないでしょ」と。

 父さんは、「これからお金がかかるから」と反対した。

 俺がニートの引きこもりになったら、どれだけお金がかかるか分からないと。

 引きこもりは、高校や大学へ進学するより金がかかるのだろうか。入学金やら授業料やら、塾の費用だってバカにならないはずだ。

 でも、働かなければ入るものもない。出るばかりでは困るだろう。

 仕事を辞めたからって、俺が学校へ行くわけじゃないのに。

 そして、仕事を辞める前に、人生を止めてしまう羽目になった。

 ホントに、バカな母さんだ。俺なんかのために。


 俺なんかのため……。


 胸がむかむかしてきた。

 ずっと、つっかえてきた思い。聞くなら今かもしれない。


『母さんさ、どうして死んだの?』

『どうしてって、自動車事故だよ。知ってるでしょ』

『そうじゃなくて』

 俺の心臓は、かなり速くなっていた。

 俺の知っている限り、母さんはかなりの安全運転だ。まあ、単にスピードが出せないだけだけど。それなのに、事故ったとき、ガードレールを突き破るくらいスピードを出していたのだ。

『事故の原因だよ』

『あーあ、それ。鹿だよ』

『はっ? 鹿?』

『うん。カーブ曲がってアクセルに踏み直した直後だよ。鹿が飛び出してきて、ハンドル切り損なうわ、アクセル踏み込んでしまうわ、散々だったよ』

『な、何だよ。それ』

『自分でもヘマしたなあって、呆れるよ。全く』

『鹿なんか轢いちまえばよかったのに』

『あー、無理無理。知ってる? 鹿にぶつかったら軽自動車なんかぺちゃんこだって。でも、当てられた鹿は平気で逃げて行くって。ぶつかった人はみんな言うよ』

『だからって』

『鹿って、でっかいよぉ』

 胸の奥でつっかえていた塊がすとんと落ちて、体の力が抜けていく。


 あの日、俺たちはケンカした。

「帰って来るな」と言ってしまった。

 そして、スピードの出しすぎ。


 俺は、ずっと、自分のせいだと思っていた。


『ごめん……』

『何が?』

『いろいろ』

『何か分かんないけど、今、体使わせてもらってるし、帳消しにしておくわ』

『うん。ありがとう』


 家について、まず、シューの様子を見た。

 こちらの心配をよそに、よく眠っていた。

 指先で、背中をなでる。小さな耳が震える。

『ネコは良いなあ』

『全く』

『こいつ、育つかな』

『育つでしょ』

『病院代、高かったね』

『全く。生きるためには金も必要だ』

『ないと、やっぱり不幸かな』

『そうだねぇ……』

『旅行も行けないしね』

『そうだねぇ……。九州に行きたかったなあ』

『いつでもいけるだろう』

『そうだねぇ……。この身体、自由に使ってよい約束だし』

『そう言えば、そんなこと言ったかな……』

『えー。忘れたのぉ?』

『えーっと。まあ……』

 シューが来てからというもの、毎日が目まぐるしく変化して、すっかり忘れていた。

 母さんはちょっと笑った後、しみじみと言った。

『そのためには、たっきの道を見つけなきゃね』

 聞いたことのない言葉に、戸惑う。

『「たっき」って、何さ』

『自分で調べよう』

『じゃあ、もういい』

『ったく』

 母さんは、めんどうくさそうに立ち上がった。

 学校用の小さい国語辞典には載っていなくて、おばあちゃんが使っていた、重くて分厚い辞書を引っ張り出す。

『たつき』は、ひらがなだった。

 意味は、

  ①たより、よるべ

  ②手段、てだて

  ③生活の手段、生計

『「たっき」じゃないよ』

『小さいことは気にしない』

『要するに、生きていくための手段か。仕事って言えよ』

 かすかな笑い声が響く。

『そう言えば、母さんはどうして教師になったの』

『あー、生徒によく聞かれるね。新学年の自己紹介とかで、質問ありませんかって聞くと必ず出るよね』

『あ、そう。答えたくないならいいです』

 真面目に聞いているのにすぐ茶化す。

『本当のこと言うと、教師になる気はさらさらなかった。子供なんて好きじゃなかったしね』

『好きじゃないのになったの? それって、子供が可哀そうじゃない?』

 母さんは『嫌いなままならね』と笑った。

『大学生の時、ボランティアで小学校に行ったらめっちゃ可愛いくて。で、気づいた。好きじゃなかったのは自分が子供だったからだ、て』

『ふーん。結構、文句言ってたように記憶してるけどな』

『そうだね。忙しかったし、しんどかったし、超ブラックだったし。まあ、教師の仕事って終わりがないからね』

『どういうこと?』

『子供は一人ひとり違うから、より良い方法を探していたらきりがないってこと。人はどこまでも未完だし、夢なんて変わるものだし、やりたいことがあればいくつになっても始められるし。そのための力をつけるのが学校の役割かなー、なんて』

 真面目に終わるのが恥ずかしいのか、最後は茶化したように笑う。

『君が学校という道を選べないなら仕方ない。でも、一人で食べていくためのたっきの道を探しなさい』

 一年生の頃は考えられなかった、将来。今なら、考えてみても良いかもしれない。

 今からでもなれる何かがあるのか、本当に遅くないのか。


 父さんと舞が帰ってきた。

「お帰り」

 声に出して、初めて気づいた。

 俺は今日、声に出さずに母さんと会話した。

 これで、電波系卒業だ。

 うれしくて、ひとりでに笑いがこぼれる。

『何もないのに笑ってたら、やっぱり変な人だぞ』

 母さんがささやいたけど、気にならなかった。





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