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04 北山弘治

 アカリが弘治の家に帰宅したのは、日付が変わった頃だった。もう寝ていればいいのに、と彼女は思ったが、あいにく彼はまだ起きていた。


「おかえり。どこ行ってたの?」

「どこでもいいじゃない」


 口をついて出たのは、結局そんな言葉だった。愚痴ってスッキリしたとはいえ、まだ弘治を許す気にはならなかったのだ。


「どうせシュウさんの店だろ?」

「……そうだけど」


 弘治は店の存在だけはアカリから聞いて知っていた。自分以外の血をアカリが飲んできたことに、多少の苛立ちを感じながらも、彼は仲直りに向けて言葉を紡ぎ始めた。


「とりあえず、座りなよ。水でも飲む?」

「要らない」


 ワンルームマンションに無理やり押し込んだ、二人掛けのソファにアカリは座った。その隣に弘治が腰を下ろしたが、彼女はそちらを見ようともしなかった。


「女の人と二人で飲んできて悪かったって」

「あたしはそこにこだわってるんじゃないの」


 修斗と達己に言った通り、アカリは「約束を破ったこと」について怒っていた。弘治は二十八歳の会社員。職場の先輩に誘われて、仕事帰りに一杯やったのだが、それがまずかった。一緒に酒を飲んだ以上のことはしなかったのだが、「女性と二人で会うときは前もって教えること」という約束をうっかり破ってしまったのだった。


「それは本当にごめん。うっかりしていたというか、何というか……」

「それで? これからはもうしない?」


 ようやくアカリも仲直りの方向へ感情が向いてきた。酔血をたっぷり飲んで、多少は気を良くしたせいもある。しかし、自分からは絶対に謝らない、ということは一貫していた。


「うん。もうしない。今度からは、きちんとアカリに報告してからにする」


 弘治の宣言に、やっとアカリは彼の顔を見た。芯の通った、真っ直ぐな瞳をしていた。そろそろ許すべきか、と彼女は深いため息をついた。


「次は無いからね?」

「うん」


 アカリは身をよじり、ことんと弘治の太ももに頭を乗せた。撫でてくれ、そういう態度である。彼はもちろんそうした。


「おれの血、飲む?」

「今日は散々酔血飲んできたからいい」

「そっかぁ。美味しかった?」

「まあね。シュウさんのはふんわり甘いし、達己のはハーブみたいにキリっとしてるし」

「おれの血は?」

「例えるならビールかな。タバコ吸う人のやつは炭酸みたいな感覚なんだよ」

「へえ、そうなんだ」


 アカリの肩をさすり続けながら、弘治は心底胸を撫でおろしていた。まさか今回の約束破りが、こんなにも尾を引くとは思っていなかったのだ。彼女が約束事に異常に厳しいということを、彼は初めて知った。

 弘治がアカリのパートナーとなったのは、半年前である。修斗のところとはまた別のバーでアカリに声をかけられ、一緒に飲んだ。それからホテルへ誘われ、男なら当然の期待をしていたところに、吸血鬼であることを明かされたのである。

 今にして思うと、一目惚れだった、と弘治は感じていた。自分が酔血持ちという特殊な体質であることはそれまで知らなかったが、そのおかげでアカリと巡り会えたのは、何か運命的な力が働いていたのではないかとさえ彼は考えていた。


「明日は飲んでよ。おれ、アカリに血ぃ吸われるの、好きだからさ」

「わかったよ」


 本当は、アカリのことが好きだ、と弘治は言いたかった。しかし、機嫌が治りかけたばかりの彼女にそれを言えば、また逆戻りしてしまうかもしれないと思い彼は耐えた。

 アカリの方はというと、弘治のことはもちろん嫌いでは無かったが、恋愛的な意味で言えば微妙なところであった。ただ、猛烈な独占欲だけがあった。それであんな約束事を交わさせたのである。


「おれ、そろそろ寝るよ。アカリもお風呂入ってきたら?」

「そうする」


 アカリが来てから、弘治の寝床はソファになった。シングルベッドを彼女に明け渡したのである。シャワーの音を聞いている内に、彼はすっかり眠りこけてしまった。

 風呂場から出てきたアカリは、バスタオルで長い髪を拭きながら、寝てしまった自分のパートナーの顔を見下ろしていた。目鼻立ちがくっきりしており、女性からはよくモテる顔立ちだ。


「弘治のバカ」


 裸のまま、アカリはそう呟いた。もちろん弘治の耳にその言葉は届いていなかった。

 下着をつけ、ドライヤーで髪を乾かし、スウェットに着替えたアカリは、ベッドに寝転がってスマホを操作した。ゲームの続きだった。

 吸血鬼は夜型だ。朝日が昇る頃になってようやく、眠気がやってくる。しかし、散々酔血を飲んだのが影響したのか、夜中の三時頃にはアカリは眠くなってきた。

 毛布にくるまり、アカリは目を閉じた。今夜は何とかなったが、次に弘治とこじれたら――。その時はまた、あの店に飛び込むんだろうな。そう思うと何だか可笑しくなり、幸せな気分のまま、アカリは意識を手放した。


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