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16 話し合い

 約束の時間より早く、ヒカルは修斗の店に着いていた。水を一杯、貰っていた。店の扉には「closed」の札がかけられており、ヒカルと修斗は時計の針が午後七時を指すのを、今か今かと待っていた。


「こんばんは」


 やってきた烏原と羽坂は、相変わらずの黒いスーツ姿だった。彼らの物々しい様子にヒカルは委縮した。いくら今は討伐を積極的にはしていないとはいえ、そう「できる」機関の人間たちだからだ。


「こんばんは。アタシがヒカルです」


 ためらいがちに、二人を見上げながら、ヒカルは名乗った。


「どうも。オレは烏原でこっちが羽坂。笠松研究所については、ある程度話は聞いているかい?」

「はい。ハノンさんから」

「オレの方も、シュウさんから大体のことは聞いている。ただ、確認のため、もう一度、吸血鬼になったきっかけから話してくれるかな?」


 そういった質問を予測していた修斗は、予めヒカルと打合せをしていた。なので、ヒカルも淀みなく烏原の質問に答えることができた。羽坂はノートパソコンを持ち込んでおり、二人のやり取りを入力していった。修斗はカウンターに突っ立っていただけだったが、彼の存在自体がヒカルには心強かった。


「で? 今後は、スナックで働くと?」

「はい。一軒、面接が決まっていて。明日受けに行くんです」

「そうか。上手くいくといいね」


 ようやく笑みを見せた烏原の表情に、ヒカルはホッとした。しかし、次に烏原が放った言葉は厳しいものであった。


「もう二度と、無差別に人間を襲わないこと。それから、居場所が変わったときは我々に連絡すること。あと、子を作らないこと。これだけ守ってくれるね? でないと、次は無いよ」

「……はい」


 烏原が最後に言った、「子を作らない」という条件を、その時のヒカルは上手く飲み込めないでいた。自分自身が吸血鬼として生きていくのに精一杯なのだ。子を作るということなど、彼女は考えもしていなかった。

 笠松研究所は、吸血鬼との共存を掲げているものの、実質的には吸血鬼を管理し、数を増やさないようにする方針を取っている。そのことを、ヒカルはよく理解できていなかったが、とりあえずは見逃してもらえたのだと胸がすく思いだった。


「おい、羽坂。ある程度のメモは取れたか?」

「はい、烏原さん」


 羽坂がノートパソコンから顔を上げた。


「じゃあ我々も一杯頂くとしよう。ヒカルさん、君も飲んでいいんだよ? 今回はオレが奢るさ」

「ありがとうございます」


 烏原と羽坂はビールを、ヒカルは特別な一杯を注文した。どこか居心地の悪さを感じながらも、ヒカルはその一杯を堪能した。


「ところで、シュウさん。このところ、顔ぶれに変わりは無いかい?」


 ビールを味わいながら、烏原が聞いた。


「ええ。大体が、あなた方がすでに把握していらっしゃる吸血鬼の方ばかりです」

「そうか。新顔が現れたら、できるだけ連絡して欲しい」

「分かっています。そういう取り決めですからね」


 疑問が出てきたヒカルは、彼らに口を挟んだ。


「あのう、取り決めっていうのは?」

「ああ。いくら我々でも、ショットバーの経営を差し止めることなんてできないからね。シュウさんとは何回か話し合って、情報の共有をすることに決めたんだよ」


 烏原が言うと、羽坂が補足した。


「吸血鬼相手に営業しているバーがあると知ったときは、ぼくらの間でも物議をかもしたんですけどね。結局、それもまた共存のための手段として、落ち着いたんです」

「そうなんですね」


 ヒカルはぱちぱちと目をまばたかせた。自分の知らない世界がある。そして、その中に自分も取り込まれていく。そのことを知った彼女は、より一層気を引き締めることにした。いつまでも、ハノンと冬馬の世話になっているわけにはいかない、という思いもあった。


「さて、重要なお話は済んだようですし、開店してしまってもいいですよね?」

「いいよ、シュウさん」


 修斗は一度扉から出て札を外し、戻ってきた。彼もまた、今回の話し合いには多少の緊張感があった。貸し切り状態にしたままというのは、落ち着かなかったのだ。


「ところで、ハノンさんはまだ我々のことを毛嫌いしているのかい?」

「そうですよ、烏原さん」


 烏原は分かりやすく肩をすくめた。


「オレにとっちゃあ、生まれる前の話だからね。ハノンさんが我々と打ち解けてくれない理由は知っているけど、実感というものは無いもので」

「ですよね。烏原さんと羽坂さんって、おいくつなんですか?」


 修斗が彼らに歳を尋ねたのは初めてのことだった。答えたのは烏原だった。


「二人とも三十五歳だ」

「おや、僕と同じですよ」


 それから、同い年の三人の話が盛り上がり始めた。ヒカルは少しずつ赤ワインを飲みながら、彼らの会話をただ黙って聞いていた。先ほどまでの張りつめた空気とは打って変わって、和やかな雰囲気が流れ始めていた。これも、修斗のなせる技であった。

 一杯だけ、烏原に奢ってもらったヒカルは、彼らより先に店を出た。明日は面接だ。しっかりしないと。そう自分を奮い立たせながら、階段を降りて行った。

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