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11 身の上

 泣き止んだヒカルは、まずはこう話し始めた。


「ヒロコさんとは、最初は恋人だったんです。アタシが血を分けていた方でした」


 よくある話だ、とハノンは思いながらも、黙って続きを聞いた。


「それで、ある日、娘にならないかって持ちかけられて……。アタシ、ヒロコさんのこと本気で愛していましたから。彼女の血を吸ったんです」


 ヒカルはスン、と鼻をすすった。

 ヒロコという吸血鬼は、相当な美貌の持ち主だったらしい。彼女に血を与えるパトロンは大勢いて、その中のおこぼれをヒカルは貰っていたとのこと。それが、仲違いしてしまい、彼女の家を飛び出して新幹線に乗り、この街まで来たと。


「吸血鬼として一人で生きていく方法、これしか思いつかなくて。お金も稼げるし、これしか方法は無いんだって思っていました。ハノンさんに出会えて本当に良かったです」

「そうだね、ヒカル。これから、他の吸血鬼も紹介してあげる。彼らがどんな風に暮らしているか聞かせてもらいなよ」


 二人のワイングラスは空になっていた。修斗は二人に聞いた。


「もう一杯、いかがです? 今度は達己のにしましょうか?」


 脩斗は達己の酔血が入った小瓶を取り出して二人に見せた。


「ああ、ヒカル。もう一人、この店には酔血持ちが居るんだ。そいつの血も、修斗のとはまた違って美味しいよ?」

「ぜひ、お願いします!」


 ちょうどそのとき、扉が開き、達己が浮かれた様子でお客として入ってきた。


「よっ、シュウさん。なんだか眠れなくて……ってハノンさん!?」


 達己は一歩、足をしりぞけた。


「やっほー達己。ボクが居て嬉しいでしょ? ささっ、この子の隣にかけなよ」

「お邪魔します……」


 達己はすごすごとヒカルの右隣の席に座った。


「ヒカルさん、彼がもう一人の酔血持ち、達己です。達己、彼女はヒカルさん。まだお若い吸血鬼ですよ」

「ども。初めまして」


 達己はぺこりと頭を下げた。


「初めまして、達己さん」

「達己でいいよ。で、俺の血はもう飲んだ?」

「いえ、まだ」


 ヒカルは手を左右に振った。


「今から注ぐところだったんですよ。さあ、達己は何にします?」

「俺はハイボールで」


 修斗は三人分の酒を作り始めた。途中でハノンが叫んだ。


「っていうか、修斗も飲みなよ!」

「ありがとうございます。では、僕もハイボールを頂きます」


 グラスをもう一つ追加して、修斗は手慣れた様子で複数の酒を一気に作り上げた。


「かんぱーい!」


 ハノンが明るく声を上げた。達己は、こう短いサイクルでハノンが来るとは思っていなかったので、今夜は油断していたな、などと思いながら乾杯に応じた。


「わぁっ、こっちも美味しい!」

「ありがとう、ヒカルちゃん。俺の血も、なかなかのもんだろう?」


 カウンター越しではなく、同じ客席で自分の血を味わってもらったのは、達己にとってはこれが初めてだった。なので、どこかむず痒い気分だった。


「それで? ヒカルちゃんは、吸血鬼になってまだそんなに経ってないってわけ?」

「うん、達己。まだ五年ってとこです」

「そんな若いのに一人で放り出すだなんて、ヒロコって奴はなってないなぁ」


 ハノンは頬を膨らませた。自分の血を極限まで吸わせて吸血鬼にさせたのだ。一人立ちさせるには、それ相応の覚悟と責任を持って送り出すべきだというのが彼の考えだった。


「まだ、人間だった頃の身分証も使えるので、それでデリヘルに登録したんです」

「えっ!? ヒカルちゃん、風俗嬢なの!?」


 達己は目を見開いた。それからハノンは、先ほどヒカルが言った内容をかいつまんで達己に教えた。


「そいつは大変だったな」

「でも、ハノンさんが世話をしてくれるから、なんとかなりそうです」


 ヒカルはハノンに視線を向けた。ハノンは口角を上げ、頷いた。


「あ、俺に敬語使わなくていいぞ、ヒカルちゃん。俺も今日は客だけど、普段はあっちに立ってるからな」


 達己はカウンターの向こう側を指差した。


「わかった。これからよろしくね、達己」

「おう。金は何とかなるんだろう? どんどん俺の血飲んでいけよ」


 ヒカルは達己の言葉とハノンに甘え、今度はブレンドを注文した。


「ふわっ……これはちょっと、刺激が強いっす」

「でしょう? それが良いんだよねぇ」


 ハノンは白い歯を見せて笑った。彼も今夜はどんどん飲む気だ。


「ヒロコって奴のことは、もう忘れな。ボクが何とかしてあげる。それに、身分証がまだ使えるんだったら、色々とやりようはあるしね」

「何から何まで、本当に済みません」


 ヒカルは何度もハノンに頭を下げた。


「いいってことよ。ボクは、若い吸血鬼を放っておけないだけ。それに、この店にも貢献したいしね?」

「有難いことです」


 修斗も顔をほころばせ、ハイボールを一口含んだ。大抵の吸血鬼は、こうしてハノンの紹介でこの店にやって来る。それが一人増えたのだから、経営者としては本当に有難かったのだ。

 結局、この日ヒカルは四杯飲んで、冬馬の待つ家へ連れられて行った。

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