表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/58

01 酷い雨の日

 夕方から降り始めた雨のせいで、女の歩く地面はぬかるんでいた。

 丈の長いトレンチコートを着ていた女は、泥が跳ねないよう慎重に歩を進めていた。

 女の目的の店は、大通りから一つ外れたところにあった。女は吸い込まれるように、階段を二階まで上って行った。

 ネオンが輝く夜の歓楽街で、看板ひとつさえないその店は、積極的に客寄せをする気がないように女には思われた。

 もし、女が多少注意を払っていたら、店の扉の横に控えめな文字で「Raining(レイニング)」と書かれた名刺が貼られていたことに気付いていただろう。しかし、その店の名は、女はおろか店員さえも滅多に口に出すことは無く、単に「シュウさんの店」と呼ばれていた。

 傘立てにビニール傘を立ててから、女は扉を開けた。いつもと変わらない、バニラの香りが場を満たしていた。壁面に、ずらりと並ぶボトル。真っ直ぐなカウンターに、背もたれのある椅子が十脚。それがこの店だ。


「いらっしゃいませ、アカリさん」

「どうも、シュウさん」


 店には店主、永沢修斗(えいざわしゅうと)以外の誰も居なかった。まだ時刻が七時を指したばかり、開店したてのせいもあるが、そもそもこの店は客を選んでいた。フラリと立ち寄る者はまずおらず、大体が紹介でやってくるのだ。


「雨、まだ酷いですか?」

「うん。今夜はしばらく居させてもらうね」


 コートを脱ぎ、脩斗に預かってもらったアカリは、真ん中辺りの席に座った。それから、ショルダーバッグからタバコの入ったポーチを取り出した。それに呼応するかのように、修斗は彼女の前に灰皿を差し出した。それから、暖かいおしぼりも。


「特別な一杯を」

「かしこまりました。僕のでいいですか?」

「うん」


 修斗は赤ワインのボトルを取り出し、グラスに注いだ。それから、冷蔵庫に入れておいた、手に収まるサイズの小瓶を取り出した。中は赤い液体で満たされていた。彼は液体を二、三滴ワインに入れた。


「お待たせいたしました」


 アカリはまずじっくりと、赤い液体の入ったワインの香りを楽しんだ。それから、くっと飲み込む。彼女にとっては久しぶりの、まろやかな感触。これは、修斗の血が入ったワインだった。


「やっぱり美味しい……」


 アカリのその言葉を聞いて、脩斗は満足そうに微笑んだ。そう、これは、吸血鬼専用の「特別な一杯」なのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ